第58話 派生創作
ルッシェリーナは、机上に広げた紙を見渡した。権利の扱いについては、ひとまず方針が立った。けれど、新聞社へ持ち込むには、まだ詰めなければならない事がある。
――面白そうだというだけでは、毎日の紙面は埋められませんからね。
「この技法を使って『風渡りの行商人』を紹介するという提案は、日刊連載として新聞社に採用される可能性は高いと思います。校正や検閲をどうするのかなど、制作体制についての協議が必要ですが、それよりも、まずはこの技法を身に付けた絵師を確保する必要があります」
ルッシェリーナが再び画枠付き脚本へ視線を落とすと、隣で黙って話を聞いていたカレフィーネが、指先を頬に当てた。
「うーんとねぇ。それなら、『風渡りの行商人』を題材にした漫画を公募するのはどうかなぁ?」
「公募?」
「そう。漫画の技法を見せて、短い作品を作ってもらうの」
カレフィーネは画枠付き脚本を持ち上げると、楽しそうに目を細めた。
「この画枠付き脚本を見ただけで、すぐに上手く描ける人がいるかもしれないでしょう?たくさんの作品を見比べれば、日刊連載を任せられる絵師さんを見つけられると思うんだ」
ルッシェリーナは、適切な絵師を探して技法を教え、漫画を描けるようになってもらう手順を考えていた。カレフィーネの案なら、技法を広く示し、集まった作品から任せられる者を探せる。
――なるほど。こちらで一人ずつ当たるより、可能性が広がりそうですね。
ルッシェリーナは、先用登録と公開の順序を書いた紙を裏返し、今度は公募に必要な条件を書き出していく。
「先に産業日報社から、企画と公募について内諾を得ておけば、優秀な応募者には、条件が整った場合に日刊紙面での連載を依頼する可能性があると示せます。先用登録でも掲載事業者として指定し、新聞掲載でこの技法を利用できるようにしておきましょう。採用者との契約は継譚商会が結び、完成した作品の権利も、作者達から預かって管理します」
「でも、連載の仕事につながるかもしれない、というだけで応募してもらえるかな?」
ミリアナはカレフィーネの提案に期待に満ちた顔を見せるが、すぐに心配そうな表情へ変わった。
「絵師さんにだって生活があるでしょう?せめて賞金を用意しないと、人が集まらないんじゃない?」
「うふふ。先日、ルッシェリーナと一緒に『風渡りの行商人』の挿絵をお願いしている絵師さんに会ったのだけど、絵師さん達の間ではもうこの物語が凄く流行っているって聞いたよ」
カレフィーネは、いつもより少しいたずらっぽい笑顔を見せた。
「だからね、応募すると、新聞掲載よりも先に物語を読めるって聞いたら、多くの絵師さんが集まってくれるんじゃないかなぁ」
「確かに!私だったら絶対応募しちゃうよ。それに、『風渡りの行商人』を題材に作品を作るなら、どのみち物語を良く知っておく必要があるしね」
「そうですね、閲覧方法や守秘誓約の提出などの検討は必要ですが、新聞社と合意できれば対応可能でしょう」
ルッシェリーナは、応募者向けの特典として『物語原稿の先行閲覧』を書き足し、その利用条件となる『守秘誓約』と線で結んだ。その下へ、見本となる画枠付き脚本の配布、応募作品の長さ、賞金、採用後の連載契約と、決めるべき項目を順に並べていく。
「では、セルヴィンにも確認した上で、わたくしは新聞社との調整を進めます。応募者をどう募るかは、『風渡りの行商人』の挿絵をお願いしているプリガネト先生にも相談しましょう。それから、ミリアナは原作者の気持ちも確かめておきたいのでしょう?」
「うん。漫画で派生作品を作る事や、継譚商会が管理する事は、もう全部許可をもらっているよ。でも、公募については確認しておくね」
ミリアナの返事を聞き、ルッシェリーナは、公募要項の欄外に『作者への確認』と書き込んだ。それは、皇国において権利を管理する上で必要な手続きではない。それでも、作者の心情を尊重したいというミリアナの思いまで、制度を理由に切り捨てるつもりはなかった。
◇ ◇ ◇
夜になり、私は昨日に続いて耳当て式受話器を頭にかけ、左側の穴へ指を差し入れた。
「エリ、『風渡りの行商人』を題材にして、漫画を公募したいと考えているんだけど、星乃とどき先生に許可はとれるかな?」
『先生への確認は実施済み。公募を了承する返事を受領』
「えっ、もう聞いてくれたの?」
『〈電子メール〉で確認済み』
相変わらず、確認が早い。作者さんがどんな返事をしたのか尋ねると、そのままの文面が読み上げられた。
『返信は「りょ。楽しそう!」』
「そ、それだけ?」
『全文は以上。先生の〈メール〉返信は常時短文』
どうやら〈メール〉と口頭での伝言では、別人のように対応が違うらしい。
――前にエリがわざわざ面会に行ったのも、もしかして作者さんの性格が関係しているのかな?
それでも、短い言葉の中から、先生が面白がってくれている事は十分に伝わってきた。
「自分の物語を、会った事もない人達に使われるのは、嫌じゃないのかな?」
『先生は今回の公募に好意的。こちらの世界では、愛好する作品を基に、読者が絵や漫画、小説などを作る派生創作が、一つの文化として定着。多くの作家がその創作を許容、あるいは推奨』
「それは、昨日聞いた〈メディアミックス〉とは別なんだよね。素人の読者が作った派生創作なのに、みんなでそれを楽しむって事?」
『その理解は妥当。通信網で一般向けに公開された制作物は、誰でも閲覧可能。催事で冊子としても販売され、同じ作品を好む者に1万部以上発行されるものも存在』
悪魔達の世界の物語文化は、やっぱり皇国とは規模が違うようだ。それだけ派生創作が当たり前なので、今回の公募も好意的に受け止めて貰えるのだろう。
「楽しそう!原作を読んで終わりじゃなくて、好きになった人がまた新しいものを作って、それをみんなで楽しむなんて、素敵な習慣だよ。でも、そんなにみんなから派生創作の許可を求められていたら、原作者の人は大変じゃない?」
『通常、このような派生創作は、作者の包括的な許可や黙認の下、個別の許可を求めずに実施』
「あれっ?そうなの!?じゃあ、知産登録していない作品だと、粗悪な派生作品が原作を台無しにしちゃう事もあるんじゃない?」
『粗悪な派生作品が、原作の評価を損なう事例は存在。ただし、作者は〈著作権〉に基づき、派生創作を差し止める事が可能』
悪魔の世界には、皇国の知産登録とは異なる〈著作権〉という制度があり、作者の権利を保護しているらしい。
「その〈著作権〉って、どんな制度なの?」
『〈著作権〉とは、小説、絵、音楽などを創作した時点で、自動的に発生する権利。登録を必要とせず、複製、翻訳、派生作品の制作などを許可する権限は、原則として作者が持つ。そのため作者の意思で派生創作の差し止めが可能』
皇国では、作品を作っただけでは知産権を得られない。人々へ公開し、官署へ申請し、登録されて初めて、他人の無断利用を止められる。
けれど、悪魔の世界では、物語を書き上げた時から既に作者の権利があるらしい。
そこまで思いを巡らせて、ふと気づいてしまった。
「そういえば、もしかしてだけど……私を主人公にしたというあの物語も、もう派生創作されていたりするのかな?」
作者さんの新作は、恥ずかしくて、まだ原作も聴く事ができていない。
『多数の派生作品の存在を確認。……内容については、尋ねない事を推奨』
――ちょっ!めちゃくちゃ気になるけど、これ、絶対に聞かない方が良いやつだ!
悪魔: 一部〈同人誌〉は、ミリアナには刺激が強すぎ。
悪魔の眷属: 怖がらせなくても、未成年なので、R18を除外して紹介するだけで良かったのでは?




