第56話 物語の楽しみ方
〈4コマ漫画〉がどんなものか、ようやくわかったところで、ふと気がついた。
――あれ、でもこれをそのまま提案したら、私が考案した方法になっちゃうのでは?
美術や意匠の知識もない私が、こんな表現手法を思いつくのは不自然だろう。どうやって考えたのかと聞かれても、答えようがない。
「エリ、この表現手法は、誰かが発明したものなの?権利とかどうなっているのかな?」
『〈4コマ漫画〉は自然発生的に発展した表現手法。特定人物に帰属する知財権発生の事実は皆無』
自然に発展した手法なら、皇国にある表現を工夫したものとして紹介できないだろうか。それなら、賢者の石の存在を隠したまま提案できるかもしれない。
私は素直にエリに尋ねてみた。
「これを新聞社に提案したいんだけど、私が考えたと思われても困るし、異世界から仕入れたとも言えないでしょう?うまく説明する方法はないかな?」
『継譚商会の提案として個人名を伏せる事は可能。ただし、商会として知識の入手経路を問われる可能性は残る。既存の風刺画や挿絵から発展させた表現手法として提案する事を推奨』
「うーん、うまくごまかせるかな?……なんにしても、カレフィーネやルッシェリーナの手助けなしで実現できる気がしないよ」
この話をすれば、また一歩、二人を賢者の石に近づける事になるだろう。
それでも、〈漫画〉について知るほど、物語を広めるために使ってみたくなっていた。
――もう今更だし、どうやって知ったのかだけは伏せて、二人にはそのまま相談してみよう!
◇ ◇ ◇
翌日の放課後、私はカレフィーネと一緒にルッシェリーナの部屋を訪れた。
机の上に、昨夜書いた〈コマ割りネーム〉――図入りの脚本を広げる。二人がのぞき込むのを待って、縦に並んだ4つの枠を上から順に指差した。
「一枚の絵で場面を見せる風刺画を、こんな風に幾つか並べるの。絵の中に人物の台詞を書いて、順番に読めば短い物語になるんだよ」
説明に使う呼び名も、皇国で意味の通じそうな言葉に直しておいた。〈漫画〉には同じ意味の帝国文字を当てて『漫画』、〈コマ〉は『画枠』、〈吹き出し〉は『台詞枠』。そして、〈コマ割りネーム〉は『画枠付き脚本』と名付けた。
ちなみに、文章で楽しむ物語を指す『小説』という言葉は、こちらの世界にもある。統一帝国時代には普通に使われていたけれど、今ではすっかり廃れて、古語扱いだ。
「画枠の大きさや並べ方で大事な場面を目立たせたり、台詞枠の形で大声と心の声を描き分けたりもできるんだ。ただ、今回は新聞向けだから、読みやすいように同じ大きさの画枠を縦に4つ並べているの。『風渡りの行商人』の登場人物を使って、この漫画を描いてもらうのはどうかなって?」
ルッシェリーナは紙面へ目を落としたまま、しばらく動かなかった。
「つまり、毎日の紙面へこの形式の作品を載せて、『風渡りの行商人』の登場人物を読者に覚えてもらう。それが今回の提案ですか?」
「うん。小さな枠でも短い物語を届けられるし、面白そうでしょう?漫画で登場人物を好きになってもらえたら、日曜版の物語も読んでみたくなると思うんだ」
「そうだねぇ。絵を追うだけでも楽しめそうだし、これなら女性や子どもにも物語へ興味を持ってもらえそうだよ」
カレフィーネが紙面をのぞき込みながら笑う。その隣で、ルッシェリーナが小さく頷いた。
「平日の新聞しか読まない方に知ってもらうだけでなく、文章よりも絵を好む方にも、同じ物語を楽しんでもらおうというわけですね」
「そう!日曜版を読んでいる人だって、好きな登場人物が漫画に出てきたら、読んでみたくなると思うんだ」
二人に伝わったのが嬉しくて、つい、その先の夢まで口にしてしまう。
「いずれは『風渡りの行商人』を劇場で上演したいね!劇を見て好きになった人が、登場人物の気持ちをもっと知りたくて物語を読む。物語を読んだ人は、好きな場面が舞台でどう演じられるのか見に行くの」
「そっかぁ。同じお話でも、楽しみ方が違えば、両方見たくなるんだねぇ」
「うん!だからこの漫画も、日曜版を読んでねって呼びかけるだけじゃなくて、それだけで楽しめるものにしたいんだ」
カレフィーネは楽しそうに頷き、ルッシェリーナはもう一度、4つの画枠を見比べた。
「確かに、面白い表現です。風刺画を描ける絵師ならば、この技法を使った作品も作れるでしょう」
その言葉に、私は胸を撫で下ろした。
「良かった。それなら、この表現手法を使いこなせる絵師さんを見つけて、『風渡りの行商人』の漫画を描いてもらいたいんだ。私は絵を描けないから」
そこで一度、言葉を切った。話を進める前に、どうしても伝えておかなければならない事がある。私は二人の顔を見て、少し声を落とした。
「でもね、申し訳ないけど、この表現手法をどこで知ったのかは話せないんだ」
ルッシェリーナが、ゆっくりと顔を上げる。
「あなたは、出所を明かせない新しい表現手法を絵師に習得させた上で、新聞社の日刊企画に採用させたいと?」
「うん!」
無茶なお願いだという自覚はある。だからこそ、私は勢いで押し切るように明るく答えた。
すると、ルッシェリーナはもう一度紙へ目を落とした。それから両肘を机につき、両手で頭を抱えたまま俯いてしまう。
――あれ?少し無茶振りしすぎたかな。ルッシェリーナが動かなくなっちゃった!
悪魔: 〈小説〉は、古代中国で、くだらない世間話を指した言葉が語源。立派な論説・学説を意味する〈大説〉と対になる呼び名。統一帝国にも同様の用語が存在。
悪魔の眷属: その説明、私がマスターに教えた話の受け売りですね。




