幕間2 財務局調査室再び
少し時を遡り、6月に入ったばかりのある日。
財務局調査室の窓から差し込む昼下がりの光は、今日も積み上げられた書類を白く照らしていた。紙をめくる音と筆記具の走る音が、室内のあちこちから途切れる事なく聞こえてくる。
フェルディオも自分の机に向かい、古い人事記録と支出記録を照らし合わせていた。その手元にふと影が落ちる。
視線を上げると、先日抗議をしてきた同僚の女性が、机の向こうで腕を組んでいた。口元に笑みはなく、じっとフェルディオを見下ろしている。
「やあ、そんな怖い顔でにらんで、何か問題でも起きたのかな?」
フェルディオが笑いかけると、彼女は返事の代わりに両手を机へ叩きつけた。積んであった書類が一斉に揺れ、周囲の何人かがほんの一瞬だけ顔を上げる。
「あれだけ、あれだけ私が忠告したのに、なんであなたから事前報告がないのよ!」
「えっと、どの件の事かな?」
「あなた、まーた見知らぬ女性と二人で食事をしていたそうね。さっきも、その子は誰なのかって聞かれたわよ。し・か・も、初等学校を出たばかりか、それより幼いくらいの少女だっていうじゃないの」
彼女は机へ身を乗り出したまま、一語ずつ区切るように続けた。
「あなたが妹大好きといわれようが、少女趣味といわれようが、私の知ったこっちゃないけどね。いちいち、いちいち、問い合わせを受けるのは迷惑なの!いいかげんにしないと、次にあなたの事を聞かれた時は、話を適当にでっち上げて、超絶変態的な危ない人物だと回答してやるからね」
「いやいや、それは勘弁してくれよ。君に言われた事には、誠実に対応しているつもりだけどね。この間注意された妹の友人にも、あれから僕は接触していないよ」
女性は上体を起こし、フェルディオの鼻先へまっすぐ指を突きつけた。
「じゃあ、先週の土曜日、誰と一緒に昼食を取っていたのか言ってみなさいよ」
「土曜日……。ああ、それなら誤解だよ。別に二人きりで食事をしていたわけじゃない。妹と、その子のお父さんも一緒の4人での食事会だったんだ」
「ほーう。それなら、なんであなたの少女趣味が噂になるわけ?」
「その食事会は、妹がその子のお父さんの商会から推薦状をもらうための面接を兼ねていたからね。面接の間、僕がその子の話し相手になっていただけさ」
女性は突きつけていた指を下ろしたものの、疑うような半眼のままフェルディオを見つめた。
「ふーん。とっても優しーく対応してあげていたって聞いたけど?」
「いやいや、誰か知らないけど、そんなにずっと観察されていたのかな?」
フェルディオが眉をひそめると、女性は「当たり前でしょ」と言わんばかりに肩をすくめた。
「そりゃあね、大事な妹が家庭教師をしている子だし、推薦状をお願いしている相手だから、しっかり接待はしたけどね」
女性はしばらく黙ってフェルディオの顔を見やっていたが、やがて長い息を吐いた。それ以上追及する代わりに腕を組み直し、ようやく話題を切り替える。
「まあ、いいわ。それで、あの神殿への特別裁量費の件は、何かわかったの?」
「ああ、妹の友人のミリアナさんについて、それなりに興味深い事情があったよ」
フェルディオは机の端によけていた書類を手に取り、女性へ差し出した。長い年月を経た紙は新しい写しよりも黄ばみ、端が僅かに波打っている。
「17年前の軍事政変の際に、皇城でも事件があった事は知っているかな?」
「ええ、噂としてなら聞いた事があるわね。警備の不備をもみ消すために、あまり公にされていないってやつでしょ」
「そう。ミリアナさんのお母さんは、当時侍女として皇城に勤めていて、その事件の被害にあった一人だったみたいだね」
女性の眉間に深いしわが寄った。彼女は書類を持ち上げ、人事記録の日付と、その脇に書き添えられた注記を目で追っていく。続けて支出記録を確かめると、小さく息を吐いた。
「なるほど……。表に出せない見舞金か。そういう事情なら、例の御仁が先代女皇陛下の機密費を使って支援したのも、わからなくはないわね。裏の世界の密かな美談と結論づけても良いんじゃない」
「でも、僕の勘では、皇城の事件には『警備の不備』以外に、表に出せない大きな秘密が隠されていそうなんだけどね」
女性は記録を元の位置へ戻し、書類を揃えて机に置く。そしてフェルディオに顔を近づけて、念を押すように声を落とす。
「最初から、私達がこの程度の手掛かりだけで踏み込める話ではないと、わかっているんでしょ?これ以上はうちの部署の仕事ではないわ。あまりつつくと、怖いものが顔を出すかもしれない。ここでやめておきなさい」
窓から差し込む光が、机の上の書類を照らす。
フェルディオはしばらく書類を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、降参を示すように片手を上げた。
「わかったよ。これ以上は追わない。この件の調査は、ここでいったん打ち切りにしよう」
フェルディオは一連の書類を丁寧にまとめて、一つの書類箱へ収めて蓋を閉じた。
それを見届け、女性がようやく肩の力を抜く。だが、フェルディオは書類箱に片手を置いたまま、眉を寄せて考え込んでいた。
やがて顔を上げると、ひどく真剣な眼差しを女性へ向ける。
「それとは別に、一つ、どうしても確かめておいてほしい事がある」
「……なによ?」
「僕とあの少女が二人きりに見えたのなら、面接中のカレフィーネも、あの子のお父さんと二人きりに見えていたはずだろう?そちらには、妙な噂が立っていないのかな?」
女性は虚を突かれたように目を瞬かせ、次いで呆れたように額へ手を当てた。
「……あなたね。心配も度が過ぎると、妹さんに嫌われるわよ」
悪魔: 皇国の「初等学校」は、令和時代の日本の教育制度では小学校に相当。
悪魔の眷属: お読みいただき、ありがとうございます。作者は評価や本栞、共感に深く感謝しています。引き続き応援をよろしくお願いします。




