第52話 物語をつなぐ者たち
私はいったん受話器から手を離し、校正刷の横へ、セルヴィンから渡された入金報告の紙を並べた。それから、再び耳当て式受話器の穴へ指を入れる。
「エリ、ほら見てよ。原稿料までいただいたんだよ。私も翻案を頑張ったし、商会の皆が奮闘してくれた成果ではあるけど、元は星乃とどき先生が創った作品でしょう?」
以前の私なら、必要な費用だけを引いて、残りは全て神殿へ寄付すれば良いと考えていた。
今は、このお金が次の原稿を印刷し、作品を登録して権利を守り、物語を遠くまで届けるために必要なのだとわかっている。だから、皇国で得た利益を商会で預かる事に迷いはない。
それでも、作品を生み出した本人へ何も返せない事だけは、やはり心に引っ掛かった。
「皇国のお金をそちらへ届けるわけにはいかないけど、何か先生のためにできる事はないかな?」
『報酬についてミリアナから質問があった場合に伝えるよう、星乃とどき先生から伝言を受領済み』
「うそっ、また伝言を預かっているの!?なになに、聞かせて!」
思わず身を乗り出し、校正刷へ肘を突きかける。慌てて紙面をさらに遠くへ逃がした直後、聞き覚えのある若い女性の声が耳へ届いた。
『こんにちは、ミリアナさん。
私は「風渡りの行商人」を書いております、星乃とどきです。
この伝言を聞いてくださっているという事は、私の物語が無事にあなたの世界へ届く事になったのですね。
本当におめでとうございます。そして、長い時間とたくさんの力を注いで、私の物語をつないでくださった事に、心から感謝いたします。
もし、ミリアナさんが私への報酬を考えてくださっているのであれば、私からも一つ、お願いがあります。
エリさんから、あなたと仲間の皆さんが『風渡りの行商人』を皇国へ届けるまでの道のりを伺いました。
一人で物語を聴いていた女の子が、友人達と出会い、力を借り、作者の名前と作品を守る方法を考え、別の世界へ物語を届けようとしている。
そのお話を聞くうちに、今度は私が、あなた達の物語を誰かへ届けたいと思うようになりました。
実は、既に手元には、その道のりを一つの物語としてまとめた原稿があります。
今は、登場人物にはそれぞれ別の名前を付けてあります。
ミリアナさん。
あなたは、私の物語を受け取るだけの読者ではなく、異なる世界へ届けてくださる仲間になってくれました。
そして、あなた達が物語をつなごうとした日々は、それ自体が、誰かの心を動かす物語になると私は思っています。
世界は違っても、物語に明日を楽しみにする力があると信じる気持ちは同じです。
今度は私も、あなた達の物語をつなぐ仲間として、共に歩んでいきたいのです。
そして、ミリアナさんがよろしければ、主人公にはあなたの本当の名前を使って、この物語を公表したいと思っています。
どうか、お許しいただけないでしょうか』
声が途切れた後も、私はしばらく動けなかった。
初めて伝言を聞いた時、先生は私を「物語をつなぐ仲間」と呼んでくれた。あの言葉に泣いて、書き上げたばかりの原稿を駄目にした。
今度は、先生が私達の物語をつなぎたいと言っている。
先生のお願いを断るなんて選択肢はない。報酬の代わりと思って貰えるなら喜んで承諾しよう。
――でもちょっと待って。私達の物語って、私を原型にした主人公が出てくるの?
先生の物語なら絶対に面白い。新作を聴きたくないはずがない。
けど、自分の活躍を物語として聴くなんて、あまりにも恥ずかしい。とてもじゃないが、真顔では聴けそうにない。
戸惑う私をよそに、伝言は続く。
『追伸です。
この新作をミリアナさんが気に入ってくださり、そちらの世界にも届けたいと思っていただけたなら、もちろん自由に翻訳し、公表していただいてかまいません。
ぜひ、ご自分と仲間の皆さんの活躍も、たくさんの人へ広めてくださいね』
――さらに私が翻訳して、皇国へ広める?
先生が物語を作って、それを私が翻訳して届けて、その私達を先生が物語にして、それをまた私が翻訳して……。
机の上では、日曜日を待つ『風渡りの行商人』の第1話が、何も知らない顔で静かに横たわっている。
――混乱してきたぞ……あまり深く考えるのはやめよう。それより今は、この物語がもうすぐ誰かの手へ届く事を、素直に喜ぼう!
私は校正刷をそっと手に取った。
物語を受け取るだけだった私が、今は2つの世界をつないでいる――その事が、少しだけ誇らしかった。
先生の「お願い」は快く引き受け、エリに返事を届けてもらった。
少しして気持ちが落ち着くと、ふと気がついた。
――あれ?そんな物語をそのままこっちで広めたら、賢者の石を持っているのがばれちゃうじゃん!
後で確認してもらったら、『追伸』の部分は先生の冗談だったそうだ。
悪魔: この話で第2章完結。閑話を挟み第3章に継続。
悪魔の眷属: 第2章までお読みいただき、ありがとうございます。作者は評価や本栞、共感に深く感謝しています。まだまだ続きますので、今後も応援をよろしくお願いします。




