第49話 動き出す商会
継譚商会の商籍が登録された翌日、私達は放課後の小会議室に集まり、今後の運営について相談していた。
真新しい帳簿や申請書を前に、商会長代理となったセルヴィンが最初の議題を切り出した。
「商会の登録住所は学園だから、郵便物は事務局で受け取ってもらえる。だけど、商会専用の部屋はどうする?有償なら学園内に借りる事もできるけど」
「打ち合わせにしか使わないのであれば、今は不要でしょう。普段の作業は、それぞれ寮の自室で行う方が効率的です」
ルッシェリーナは卓上の紙へ、担当ごとの保管場所を書き足していく。
「財務関係の書類はセルヴィンの部屋に、出版や契約に関する書類は、わたくしの部屋で管理すれば良いでしょう」
「うんうん。この小会議室なら、放課後のこの時間はいつも空いているし、必要な時は私が予約するよ。急に集まりたい時も、お昼に学生食堂で声を掛け合えば良いよね」
「それとは別に、週に1度は定例の打ち合わせを設けておこう」
「でしたら、火曜日か水曜日でお願いします。物語の掲載予定日は日曜日ですから、新聞社で読者の反応を聞いてから報告できます。次の掲載へ向けた対応を決める時間にも余裕が持てます」
セルヴィンが頷き、帳簿の隅へ候補日を書き込む。その間にも、書類の保管方法、連絡手段、会議の日取りが次々と決まっていった。
私は同じ卓を囲んでいるだけで、ほとんど口を挟んでいない。
――いやあ、楽で良いなぁ。
3人とも、得意な仕事を見つけて自分から引き受けてくれる。私は皆の話に合わせて頷きながら、商会を作るというのは、案外こういうものなのかもしれないと思い始めていた。
「商会の銀行口座も、今日から使えるはずだ。規定額までは融資を受けられるから、何か必要な費用があれば申請するよ」
「そうですね。新聞に掲載された後、すぐに物語の知産登録を申請できるよう、費用が必要です」
継譚商会の設立と同時に効力を持つ、作品の登録資格の譲渡と権利管理に関する合意書には、他のみんなと共に私も署名している。私は代理人として作者さんの登録資格と、翻案者として私自身が持つ登録資格を、どちらも継譚商会へ譲る事になっている。
最初の掲載後、『風渡りの行商人』を連載作品として申請する。公開登録簿に載るのは、作品名、作者名表示の『星乃とどき』、正式な掲載媒体、そして単独の登録権利者である継譚商会だ。私の名前は表に出ない。
知産登録が認められれば、その効力は皇国内だけでなく、登録制度を相互承認している南方自治邦にも及ぶ。この皇国協約圏全域で、物語の掲載や複製を許可し、無断利用を止める権利が継譚商会に生じ、作品とその利益を守れるようになる。
「えっとぉ、新聞掲載の許諾契約も、締結した後に公証登録するなら費用が必要じゃなかったっけ?」
「はい。ただし、公証登録を申請できるのは契約締結から3か月以内です。急ぐ必要はありません」
「それでも、半年間は収入がなくても事業を続けられるだけの資金を確保しておいた方が良いね。申請費用も含めて、融資を申し込んでおくよ」
学生新興商会制度では、学生商会員へ支払う給与の基準が決められている。学業の合間に行う事業なので金額は控えめだが、それでも下手な手伝い作業をするより、ずっと良い収入になる。
――皆は頼りになるし、給料までもらえる。私、この3人と商会を作って大正解だったかも。
すっかり得をした気分で皆の話を聞いていると、ルッシェリーナから不意に名前を呼ばれた。
「ミリアナ。新聞社は物語の掲載に合わせて、挿絵も載せる予定です。事前にこちらで確認しますか?」
「そっか。挿絵があった方が、読者も場面を想像しやすいもんね」
異世界で出版されている物語にも、挿絵が添えられていると聞いている。エリの説明を頼りに、登場人物の姿を思い浮かべた事もあった。
――といっても、実際の絵は私も見た事がないんだよね。
原作と同じ絵にしてほしいとは言えない。けれど、あまりにかけ離れた絵が載るのも困る。
「うーん。たぶん大丈夫だとは思うけど、あまりにも物語の世界を壊すような絵は嫌かな」
「では、掲載前に挿絵を確認し、合わないものは拒否できる権利を契約へ加えておきます」
作者さんからは、こちらの世界で必要になる対応を全て任されている。だから、挿絵について私達が判断しても問題はない。
――でも一応、作者さんにも、エリを通して感想を聞いてみようっと。
これで自分の役目も果たせた気になり、私は密かに安堵した。ところが、ルッシェリーナは手元の紙をめくり、次の確認事項へ進む。
「では、もう一つ。急ぎではありませんが、第二部をいつ頃完成できるのか、早めに教えてください」
「えっ、もう第二部が必要なの?」
「いいえ。まず必要なのは今後の計画です。新聞社と協議を進める上で、物語の続きをいつ頃提供できるのかは重要な情報になります」
「うぅ……はい。じゃあ、確認しておくよ」
どうやら、さすがに楽をしてばかりとはいかないらしい。
第二部はまだ手つかずだ。皇国の読者に合わせて、どれほど設定や描写を変える必要があるのかも全く読めない。完成時期を簡単に約束するわけにはいかなかった。
問題となる部分を把握するためにも、原文の文字起こしは早めに始めた方が良さそうだ。
――第一部が完成したから、しばらくは物語をゆっくり聴けると思っていたけど、そこまで甘くはなかったよ。
悪魔: 「公証登録」は、公証人が確認した契約内容を公的に記録する制度。「知産登録」の詳細は、今後の本文で解説。
悪魔の眷属: 作者は評価や本栞、共感に深く感謝しています。今後も応援をよろしくお願いします。




