第48話 商会設立
産業日報社から戻ったルッシェリーナは、預かっていた原稿を返すため、私の部屋へ立ち寄った。
封筒から取り出した原稿を机へ置くと、続けて鞄からもう一通、産業日報社の名が入った封筒を取り出す。中には彼女の名前と担当業務が記され、商印章の押された推薦状が収められていた。
「おめでとう、ルッシェリーナ!」
思わず声を弾ませると、ルッシェリーナは少し照れたように微笑んだ。
「ありがとうございます。兼業について確認はされましたが、無事に推薦していただけました」
これはすぐにカレフィーネにも知らせなくてはならない。私は部屋を飛び出し、隣室の扉を叩いた。
事情を聞いたカレフィーネは、そのまま一緒に私の部屋へやってきた。机の上の推薦状を見て、いつもの柔らかな笑みを深める。
「おめでとう、ルッシェリーナ。さっき銀行口座の件でセルヴィンさんに会ったんだけど、セルヴィンさんの推薦状も今日、郵便で届いたそうだよ」
「おおっ!これで全員揃ったんだね」
私とカレフィーネの推薦状は既に手元にある。セルヴィンの分まで届いたのなら、ディアネリス先生から出された条件を、全員が達成した事になる。
「銀行の手続きは大丈夫だったの?襲撃されたばかりでしょう?」
「うん、でも今日から営業を再開したみたいだよ。まだ立ち入りを制限されている場所はあるけど、窓口の業務は普段どおりになったんだって」
武装した犯人達の潜伏先はいまだに見つかっておらず、銀行周辺では治安局の警戒が続いているというが、事前審査を進めていた継譚商会の法人口座の手続きに遅れは出ていないらしい。正式な商籍登録と教授の承認が済めば、予定どおり開設できる見込みだ。
これなら、新聞社との契約締結が、口座開設のために遅れる心配もないだろう。
話がセルヴィンへ移ったところで、私は以前から気になっていた事を、それとなく尋ねてみた。
「そういえば、2人もセルヴィン先輩のご実家の調査って、何か聞かれたりした?」
「いいえ。わたくしは、特に何もありませんでした」
「うーん、私も同じだよ。調査って言っていたけど、書類上の記録を確認しただけなんじゃないかなぁ」
やはり、面談までする事になったのは、私だけだったらしい。
――これはやっぱり、探偵さんが報告した『不審な隠密行動』のせいだよね……。
郵便局へ変装して出かけた事情を深く追及されれば、匿名電報や賢者の石へ話が近づきかねない。人事役員と食事をした件は、黙っておく方が良さそうだ。幸い、料亭の料理を持ち帰った経緯についても、二人からは聞かれていない。
「では、セルヴィンさんに相談しましょう。ディアネリス先生から面会のお時間をいただけるなら、明日にでも報告へ伺いませんか?」
ルッシェリーナの提案に、私達は揃って頷いた。
◇ ◇ ◇
翌日の放課後、セルヴィンは継譚商会の仲間達とともに、再びディアネリス教授の執務室を訪れていた。
大きな執務机の前に並べられた椅子へ4人が横一列に並んで座り、その机上へ各自の推薦状を封筒のまま差し出した。
教授が順番に封筒から推薦状を取り出し、目を通していくのを待ちながら、セルヴィンは自分の推薦状の内容を思い浮かべる。
発行者として記されているのは『東浩木業商社』で、商会長である父の名が署名されていたが、その横に、人事役員として母の名前も後から追記されていた。
実家で学生新興商会の計画を説明した時、父は良い経験になるだろうと好意的に受け止めた。一方、共同設立者が全員女性だと知った母は、商会を立ち上げるに至った経緯を詳しく尋ね、セルヴィンが彼女達に都合よく利用されているのではないかと心配していた。
その後、セルヴィンは烏に持ち去られた商印章を、ミリアナの助けで取り戻した件も父へ打ち明けた。すると父は叱るより先に、実家の商いに代々受け継がれてきた家訓を口にした。
『商売で窮地を救ってくれた相手には、一生を掛けて恩を返し続けよ』
そして、継譚商会へしっかり貢献し、ミリアナへ恩を返すよう言い渡された。また、この恩義については自分から母へも話しておくとも言っていた。
先日、皇都中央駅から東の港都へ帰る母を見送りに行った時には、反対していたはずの母から「応援するから、頑張りなさい」と励まされた。
――うまく母さんを説得してくれたみたいだ。父さんには感謝だな。
ディアネリス教授は4通の推薦状を順番に読み終えると、鼻先へ掛けていた老眼鏡を少し下げ、並んだ学生達を見渡した。
「よし、合格」
短い一言が耳へ届いた瞬間、4人の間から安堵の息が漏れた。ミリアナは両手を胸元で握り、カレフィーネとルッシェリーナは顔を見合わせて笑っている。セルヴィンも、張り詰めていた肩から力が抜けるのを感じた。
「継譚商会の代表として、あたしの名前を使う事を認めるよ。あたしが欲しいのは、商会運営の生情報だ。全ての財務情報を正確にまとめて報告するなら、商会が儲かろうが赤字になろうが、経営には一切口を出さない」
ディアネリス教授は推薦状を揃え、机へ置いた。
「だから、セルヴィン」
「はいっ」
「お前は商会長代理だ。実質的な代表として、ちゃんとやりな」
「わかりました。精一杯やらせてもらいます!」
セルヴィンは勢いよく立ち上がり、こぶしで胸を叩く軍隊式の敬礼をした。
その大袈裟な振る舞いに、ディアネリス教授が声を上げて笑う。横に並ぶ3人は呆れたような目を向けていたが、興奮しているセルヴィンは全く気づかなかった。
笑いを収めた教授は椅子へ深く座り直し、先ほどまでより表情を和らげた。
「あんたら、大したもんだ。高等部の学生だけで学生新興商会制度を使い、商会を立ち上げた例は、これでまだ3件目だ。知っていたかい?」
「はい。設立例のほとんどは、専門部の研究士が主導していると聞いていました」
制度について調べる中で確認していたため、セルヴィンは迷わず答えた。その横で、ミリアナが小さくつぶやく。
「えっ、そうだったの……」
事業のきっかけを作った本人は、今まで知らなかったらしい。教授は気にした様子もなく話を続けた。
「この短期間で全員分の推薦状を集めた事も珍しい。だが、それ以上に、高等部の学生が含まれているのに、推薦者から学園へ一度も照会が来なかった例なんて、これまでなかったよ」
推薦した法人は、学園の信用へ頼らず、4人それぞれの働きや人柄を認めたという事だろう。
ディアネリス教授は笑みを深め、4人を順番に見た。
「だから、自信を持ってやるがいいさ」
セルヴィン達は互いに頷き合い、声を揃えた。
「はい!」
ディアネリス教授へ礼を述べた4人は、執務室を退出し、そのまま専門棟の階段を下りた。
玄関から外へ出ると、傾き始めた日が構内の木々を照らしていた。講義を終えた学生達が行き交う中、セルヴィンは足を止める。
教授から受け取った署名済みの承認書と、今後の手続きに必要な書類は、頁が揃っている事を確認して革鞄へ収めてある。
「それじゃあ、今から商務局へ行って、正式な商籍登録を済ませてくるよ」
「お願いね。でも、手伝わなくて良いの?」
カレフィーネが気遣うように尋ねてくる。
最終学年は就職準備に時間を割けるよう、必要となる履修単位が少ない。その分、3人より講義の少ないセルヴィンが、こうした手続きを引き受ける方が良いだろう。
「大丈夫。審査はもう済んでいるから、今回は書類を提出するだけのはずだよ」
「そうですか。ですが、セルヴィンさん一人で無理はせず、今後の仕事は皆で分担してください」
「そうそう。全員で立ち上げる商会だからね」
ルッシェリーナに続いて、ミリアナも何度も頷く。
仲間から向けられる気遣いを嬉しく思いながら、セルヴィンはふと、ある事を思い付いた。
「じゃあ、手伝いではないけど、一つお願いがある」
「あら、お願いってなぁに?」
「これからは同じ商会で働く仲間なんだし、名前に『さん』や『先輩』を付けるのを、やめてくれないかな?」
3人が揃って瞬きをする。少し意外な頼みだったのか、すぐには返事がなかった。
やがて、カレフィーネが小首を傾げ、にっこりと笑う。
「そうねぇ。わかったよ。これからもよろしくね、商会長代理」
その呼び方を聞いたミリアナとルッシェリーナも、楽しそうに笑った。
「よろしく、商会長代理!」
「よろしくお願いします、商会長代理」
「いやいや、それはもう虐めだから!」
セルヴィンの叫びが、夕方の専門棟前へ響いた。
悪魔: 「研究士」は、令和時代の日本の教育制度では大学生・大学院生に該当。ミリアナ達「高等部」が中学生・高校生。
悪魔の眷属: 作者は評価や本栞、共感に深く感謝しています。今後も応援をよろしくお願いします。




