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石と悪魔と平凡な私 〜世界を越えてカタチを変えて少女は〈物語〉を届ける〜  作者: 銀天儀
第2章

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第38話 匿名電報

 電報の文面が決まっても、安心するにはまだ早い。次は、どうやって電報を打つかだ。


 実際に強盗事件が起きれば、具体的な計画を記した電報は治安局の捜査対象になる。窓口の職員に「学園の制服を着た若い女だった」と証言されれば、一気に私へ近づかれてしまう。後から調べられても、私へたどり着けないようにしなければならなかった。


 まず、電報を打つ場所。


 寮から近い学園内郵便局は避けた方が良い。顔見知りに会う可能性があり、営業時間も残りわずかだ。代わりに、これから手土産を買いに向かうつもりだった商業街の郵便局を使おう。あそこには電報の時間外窓口があったはずだ。


 電報の文面と宛先は、申し込み用紙へ書いて提出する。基本的には声を出さずに済むし、もし職員から何か尋ねられても、声帯操作魔術で普段と違う声を出せば多少はごまかせる。


 それでも、変装は必要だ。


 腹話術の劇で使った道具の中に、硝子(レンズ)の入っていない安物の眼鏡がある。風邪をひいた時に使う口覆い(マスク)も残っていた。どちらも珍しい物ではないので、後から持ち主を探される心配は少ないだろう。


 学生服のままでは、学園生だと名乗って歩いているようなものだ。早朝散歩用の運動着なら、町中でも普段着としてよく見かける流行品だし、頭巾(フード)を深く被れば髪型も隠せる。


 問題は、どこで着替えるか。


 寮から運動着で出れば、私が普段から同じ服を着ていると知る人に見られるかもしれない。学園を出てから着替えられて、荷物を安全に置いておける場所が必要だ。


――そうだ。銭湯ならどうだろう?


 混み始める時間なら顔を覚えられにくく、脱衣所へ学生服と荷物を置いておける。


 必要な物を机へ並べ、計画に見落としがないかエリへ確認した。


「これだけ慎重にすれば、ばれる可能性は低いと思うけど、どうかな?何か見落としはない?」

『荷物も目立ちにくくして、記入時の指紋と筆跡に注意。その他は基本的な行動計画として妥当。ただし、寮の出入りは探偵が監視中。尾行を避ける事を推奨』

「えっ!ああ、そうか。探偵さんに見張られているんだったね」


 強盗の事で頭がいっぱいになり、すっかり忘れていた。


 正面玄関から出れば、探偵に尾行される可能性がある。眼鏡や口覆い(マスク)で顔を隠しても、寮からついて来られたのでは何の意味もない。


「それなら、寮の裏口から出れば、探偵さんに気づかれずに出かけられるかな?」

『探偵は正面玄関のみを監視。裏口の監視要員はいない』


 裏口は外から開けられないため、帰りは正面玄関を使うしかない。けれど、尾行さえ避けられれば、戻るところを見られるのは仕方ない。


 私は眼鏡と口覆い(マスク)に加えて木綿の手袋を小さな巾着袋へ入れ、その上から着替えを詰めた。目立つ鞄を持つのは避けたいので、残りはいつも使っている背負い鞄(リュックサック)へ入れる。


 準備を終えると、廊下に人がいないのを確かめ、靴箱から持ってきた外出用の靴へ履き替えた。


 裏口の扉を細く開ける。夕暮れの冷え始めた空気が隙間から入り込み、頬をなでた。


 誰もいない。


 身体を滑り込ませるように外へ出て、扉が音を立てないよう、最後まで取っ手を握ったままゆっくり閉める。小さく錠の掛かる音がして、もう寮内へは戻れなくなった。


 後ろめたい事はしていないはずなのに、胸の鼓動が速くなる。


 建物の陰を抜け、振り返りたい衝動を抑えながら寮を離れる。通用路の角を二つ曲がったところで、胸元の石へ触れた。


「探偵さんに気づかれていない?」

『探偵は正面玄関の監視を継続。ミリアナの外出を見過ごした』

「ふぅ……とりあえず、尾行は避けられたかな」


 息を吐いても、肩に入った力は抜け切らなかった。



 商業街へ向かう途中、知った顔とすれ違うたびに心臓が跳ねた。今はまだ見られても問題ない。そう言い聞かせ、人の流れに混じって歩く。


 まずは当初の予定通り、老婦人へ渡す手土産を買った。日持ちのする焼き菓子の包みを背負い鞄へしまう。これで、少なくとも銭湯へ入るまでは、私は買い物に来た普通の学園生だ。


 目的の銭湯は、賑わいの中でもよく目立つ建物だった。見覚えのある制服姿もいたが、混雑している分、受付の人はこちらの顔をほとんど見ていない。


――同じ学園の人が多いのは、良い事なのか、悪い事なのか……。


 脱衣所へ入ると、湯上がりの客と、これから服を脱ぐ客とが行き交っていた。濡れた髪から立つ石鹸の匂いに、浴室から漏れる湯気が混じっている。


 そのまま着替えて出ても良かったが、学生服についた普段の匂いまで覚えられるのではないかと、急に気になった。

 考えすぎだとは思いながらも、先に身体を洗って湯船へ入った。


 湯へ肩まで沈めても、気持ちは少しもくつろがない。私は頭の中で今からの行動を繰り返した。


――眼鏡。口覆い(マスク)。手袋。頭巾(フード)。申し込み用紙には普段とも作者用とも違う筆跡。宛先は二つ。差出人と依頼人は――。


 一度もつかえず、最後まで手順をたどり終えると――


「よしっ」


 小さく気合を入れ、湯船から立ち上がった。


 脱衣所の衣物櫃(ロッカー)へ学生服と背負い鞄を残し、必要な物だけ巾着袋へ移した。鍵は閉店まで持っていて良いので、途中で外へ出れば入浴料は払い直しになるが、荷物を置いたままでも問題ない。


 銭湯を出た後、人通りのない路地へ入る。眼鏡と口覆い(マスク)、手袋を着け、最後に頭巾(フード)を深く被った。


 建物の暗い窓へ映った自分を見て、思わず足が止まる。


――どう見ても怪しい。


 けれど、今さら引き返せない。顔を伏せすぎないよう気を付けながら、郵便局へ向かった。



 時間外窓口には、私の前に何人か客が並んでいた。


 並んでいる客は、誰もこちらへ関心を示さない。それでも、列が一人分進むたび、胸の奥が締め付けられた。


 壁際の記入台へ移り、電報の申し込み用紙を広げる。


 鉛筆を持つ手に身体魔術を使い、腕と指の動かし方を変えた。最初の一文字は不格好に歪んだが、力加減を整えると、普段とも作者用とも異なる筆跡で書けるようになった。


 文面には、列島通商銀行皇都東支店を襲う事とその日時、都電を脱線させて注意をそらす事、元軍人の集団が手弩(ハンドボウガン)で武装している事を記す。


 一文字書くたびに、自分がひどく危険な秘密を紙の上へ残しているのだと実感した。


 宛先は、持ってきた覚え書き(メモ)を見ながら、同報送付で治安局の皇都東部保安署と列島通商銀行の皇都東支店を指定する。


 差出人名は「トクメイ」。依頼人の欄には、犯人達を裏で支援しているとエリから聞いた人物の住所と名前を書く。


 貴族の家名までは書いていない。これだけなら、窓口の職員には、どこにでもいる依頼人の名前にしか見えないはずだ。無関係な誰かを巻き込むより、犯人を助けている者に引き受けてもらう方がいい。治安局に少しくらい探られたところで、自業自得だ。


 書き間違いがないか、指先で一行ずつ追って確かめる。何度読んでも、用紙を記入台から持ち上げる決心がつかなかった。


――これを出したら、もう取り消せない。


 けれど、ここで逃げれば、銀行にいた学生達や都電の乗客が危険にさらされる。


 私は用紙を両手で持ち、窓口へ進んだ。


「お願いします」


 声帯操作魔術で少し低くした声が、思ったよりかすれて出た。


 職員は用紙を受け取り、上から順に目を通していく。都電の脱線という文字の辺りで、その指が一瞬止まった。


 心臓の音が、窓口の向こうまで聞こえそうだった。口覆い(マスク)の内側に汗がにじみ、湯上がりの身体が急に冷えていく。


――身分証明を求められる事はないと、エリには聞いたけど……。依頼人との関係を尋ねられたらどうしよう。治安局員を呼ばれたりしないよね。


 逃げ出したいのに、足が床へ貼り付いたように動かない。


 職員が用紙から顔を上げ、眼鏡の奥から私を見た。


 ほんの一瞬のはずなのに、いつまでも見つめられているように感じた。


 やがて職員は何も尋ねず、文面の文字数を数え、手元の計算機を動かした。


「4800銭幣になります」


 力が抜けそうになった。


 電報の内容に信憑性を持たせようと情報を詰め込んだため、かなりの金額になっている。正直、非常に痛い出費だ。先日の里帰りで、老婦人からいただいたお金を旅費と花代に充てられたからこそ、手持ちにこれだけの余裕が残っている。そうでなければ、支払いに困っていただろう。


 けれど今は、惜しんでいる場合ではない。


 震えそうになる指を押さえながら財布を開き、料金を支払った。受付済みである事を示す控えを受け取ると、早足にならないよう懸命にこらえながら郵便局を出た。


 扉が背後で閉じる。


 数歩進んだところで、ようやく肺にたまっていた息を吐き出した。


「はぁぁ……」


 風呂に入ったばかりのはずなのに、運動着の下は緊張の汗でびっしょりになっていた。


――私はやれるだけの事はやったぞ。あとは治安局と銀行で何とかしてくれ!


 郵便局から十分に離れた路地で、変装を全て外してから銭湯へ戻った。


 もう一度入浴料を払ったので、せめて料金の元は取ろうと、緊張でかいた汗をさっと洗い流してから、学生服へ着替える。その後は何食わぬ顔で寮へ戻った。



 部屋へ入った途端、全身から力が抜けた。


 背負い鞄を机の脇へ置くのもそこそこに、私は寝台(ベッド)へ倒れ込む。身体よりも、ずっと張り詰めていた気持ちの方が疲れていた。


 胸元の石を服の上から握り、天井を見上げたまま尋ねる。


「エリ、電報を打ったのが私だとばれるような失敗はしていないよね?」

『計画は完全に実行。電報の発信者をミリアナと結び付けるのは困難。一連の行動中に、変装した人物をミリアナと特定した者は皆無』

「はぁ〜、良かった。これで肩の荷が下りたよ」


 張り詰めていたものがほどけ、寝台(ベッド)へ深く沈み込む。


『ただし――』


――んっ?まだ続きがあるの?


『探偵はミリアナの行動報告に「不審な隠密行動」を追加』


 私はしばらく瞬(まばた)きをしてから、両手で顔を覆った。


悪魔(エリ): 探偵は、依頼人から自身の失態と判断されるのを避けるため、不審性を意図的に強調したと推定。

悪魔の眷属(エーアイ): 作者は評価や本栞(ブックマーク)、共感(リアクション)に深く感謝しています。今後も応援をよろしくお願いします。

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