第31話 急行列車
古物市から戻った翌日、私達4人は学生食堂の喫茶室へ集まった。
推薦状を頼んだ相手から返事があったか、順番に報告するためだ。
私の脚本は古書貸本屋の店長が確認している最中。カレフィーネは家庭教師先の商会長と面会する日が決まり、ルッシェリーナも新聞社の支部長へ話を通していた。
最後に、セルヴィンが机の上で両手を組んだ。
「実家から返事が来た。推薦状を出す事自体には前向きだが、父から直接説明に来るよう言われたよ。商会の印章を押す以上、手紙や電話だけでは決められないそうだ」
「ご実家は東の港都でしたね」
「ああ。だから、明日の講義が終わったら準備をして、土曜の急行で帰るつもりだ」
セルヴィンも今週末に里帰りをするらしい。港都は私の故郷よりずっと先にあるものの、皇都から向かう方角は同じだ。
「それなら、ミリアナも途中までセルヴィン先輩と一緒に行けば良いんじゃない?一人より安心だし、道中で商会の話もできるでしょう?」
カレフィーネの提案に、私は慌てて首を横へ振った。
「私は泡内港駅までだから、普通列車で十分だよ。急行なんて使ったらもったいないし」
しかし、ルッシェリーナが念を押すように言った。
「故郷の神殿へ戻るのは、里帰りだけが目的ではありませんよね。あの人形劇のように、参拝客から伝わった物語がほかにも残っていないか、書庫や記録を調べてくるのでしょう?」
それを受けてセルヴィンも同調する。
「そうか。それなら、里帰りの間に動ける時間は少しでも長い方が良いな。俺の乗る急行なら昼前に泡内港駅へ着く。普通列車との差額は商会の設立準備費として扱えば良い。切符は一緒に手配しておくよ」
「うーん、まあ、差額だけなら……」
結局、私はセルヴィンと同じ急行に乗る事になってしまった。
――道中で車両が空いていたら、耳当て式受話器で物語を聴こうと思っていたのになぁ……。
急行列車は混むし、さすがに同行者の隣では使えない。せっかく長い移動時間を丸ごと使えると思っていたのに、当てが外れてしまった。
そんなつもりだったので、経費を使うのは少し後ろめたいのだが、ルッシェリーナとしては、隠蔽工作の意味でも業務を兼ねた行動にしてほしいのだろう。
――せっかく時間を貰えるなら、ちょっと寄り道してみようかな?
◇ ◇ ◇
土曜の早朝、私達は学園の門で待ち合わせた。
私は動きやすい上着と長衣を選び、強い日差しに備えて、つばの広い帽子も用意した。着替えや洗面道具は背負い鞄へ詰め、耳当て式受話器も荷物の底へ忍ばせてある。
一方のセルヴィンは、普段の通学時より落ち着いた色の上着を着込み、きちんと磨かれた革靴を履いていた。手には、金具の付いた角張った革鞄を提げている。どこから見ても商談へ向かう若い商売人だ。
「おはよう、ミリアナさん。切符は預かっているよ」
「おはよう。手配してくれて、ありがとう」
挨拶を済ませた私達は、最寄りの停留所まで歩き、都電で中央駅前へ向かった。
中央駅前で都電を降り、そこから少し歩いて駅舎へ入ると、中は朝早くから大勢の旅行客で賑わっていた。行き先を告げる案内係の声、荷車の車輪が床を転がる音、発車を知らせる鐘の音が、高い天井の下で幾重にも反響している。
私達が乗る急行は、8両の客車を電気機関車が引く列車だった。黒く大きな機関車は架線から電気を受け、煙も蒸気も吐かずに先頭で待っている。客車へ乗り込むと、セルヴィンが確保してくれた席は、向かい合わせの長椅子が並ぶ区画にあった。
荷物を網棚へ載せ、窓側の席へ腰を下ろす。セルヴィンも革鞄を網棚へ載せると、私の隣に座った。急行は以前より本数が増え、混雑もましになったらしい。それでも週末の車内は人が多く、発車時刻が近づく頃には、向かいの席まで一つ残らず埋まっていた。
やがて短い警笛が鳴り、床の下からわずかな振動が伝わってきた。列車は引かれているとは思えないほど滑らかに動き出し、長い屋根に覆われた乗降場を抜けていく。
皇都の中心部では、窓の外を混凝土造りの建物や、鉄骨と金属板で組まれた工場が次々と流れていった。運河を渡り、倉庫や住宅がまばらになる丘陵地を抜けると、やがて視界が開けた。
中豊平原は、皇都が中央に位置する広大な平野だ。農業が盛んで、皇都の食を支える穀倉地帯でもある。
窓から見える景色には、水を張った田と、芽吹いたばかりの畑がどこまでも続いていた。水面が朝日を反射して白く光り、その間を真っ直ぐな農道と用水路が走っている。
けれど駅が近づくたび、田畑の中から町が姿を現した。瓦屋根の家々の向こうに製糸工場の煙突が立ち、駅前には旅館や商店の看板が連なる。自転車と荷車が踏切の前に並び、客を降ろした乗合自動車が土煙を上げて走り去っていく。
駅を過ぎると、また田畑ばかりの景色へ戻る。その繰り返しを眺めていると、セルヴィンが声を落として話しかけてきた。
「実家の件で、一つ先に伝えておきたい事があるんだ」
「なあに?」
「父には電話で一通り事業の説明をしたのだけれど、一緒に商会を作る3人が信用できるかも気にしていてね。申し訳ないが、もしかすると簡単な信用調査が入るかもしれない」
信用調査。
その言葉を聞いただけで、服の下にある賢者の石が急に重くなった気がした。
「えっと……どこまで調べられるのかな?」
「身元や借金の有無、過去に商売上の問題を起こしていないか、その程度だと思う。さすがに学生を相手に大掛かりな調査をする事はないはずだよ」
私の身元保証人は皇都の神殿で、学園へ入るまで山の上の神殿で暮らしていた。借金もなければ、犯罪に関わった事もない。普通に調べられる範囲なら、困るような事は何もないはずだ。
――あくまでも、普通に調べられる範囲なら、だけどね。
「それと、皇都支店の商印章を烏に取られた件も、父には話す事になると思う」
「あれも?」
「10札幣をカレフィーネさんに貸した件が父にも伝わっていてね、呆れられると思うけど、正直に話してしまったほうが変な誤解を避けられると思う」
セルヴィンは私の不安を察したのか、安心させるように笑った。
「商印章の件を話すのは父にだけだし、ミリアナさんが悪く思われるような事はないよ。むしろ、父も感謝すると思う」
「……わかった。教えてくれて、ありがとう」
商売を行うための信用を得るには、自分達が調査対象になるのは当然なのだろう。間違っても調査が賢者の石にたどり着かないように、これからは一層の注意が必要になりそうだ。
私は服の上から、石がいつもの場所に収まっているのを確かめた。
窓の外では、田植え前の水田が途切れなく流れている。
カタンコトン、カタンコトン。
車輪が継ぎ目を越える音は規則正しく、揺れも心地良い。朝が早かったせいもあり、いつの間にか瞼が重くなっている。
眠気に誘われて、少しだけのつもりで目を閉じた――
はっと目を覚ますと、すぐ横に濃い色の布地が見えた。どうやら私は、セルヴィンの肩へ頭を預けたまま、思い切り眠っていたらしい。
反射的に胸元へ手をやり、賢者の石の感触を確かめると、慌てて体を起こし口元を手で拭う。幸い、よだれは垂らしていなかったようだ。
私が離れた途端に、セルヴィンが申し訳なさそうに尋ねる。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
私は、それまでもたれていたセルヴィンの肩を確かめるように軽く叩き、何事もなかったような顔を作った。
「いや、ありがとう。ちょうど良い弾力で、よく眠れたよ」
「ははは、それなら良かったよ」
セルヴィンは笑ったものの、耳が少し赤くなっている。
こうして隣に座ると、セルヴィンは思っていたより体格が良い。肩幅があり、上着の下にはきちんと筋肉も付いているらしい。大袈裟な身振りにばかり目を取られて、今まで気にした事がなかった。
しばらくして、セルヴィンが首を左右へ傾け、そっと肩を回し始めた。私を起こさないよう、長い間じっとしてくれていたのだろう。
私の視線に気づくと、セルヴィンは動きを止めた。
「いやいや、これは当てつけじゃないから!」
「わかってるよ」
すぐに言い訳をするところにも、真面目な人柄が表れている。
学園に最終学年まで残っているのだから、頭の出来も申し分ない。順調に商売を広げている商会の「若旦那」で、将来性もある。友人や仕事仲間としてとても頼もしい良いやつだ。
つくづく、人目を気にせず発揮される熱血ぶりが惜しい。
とはいえ、これまで聴いた物語をもとに自分の傾向を分析すると、どうやら知的で落ち着いた男性に惹かれるらしい。セルヴィンとはかなり方向が違い、知っている人の中では、外見と雰囲気だけならフェルディオが近い……かもしれない。
――いや、でもあれはないね。有名人というだけで遠慮したいし、妹大好きというのも、どうなんだろう?
どちらかというと、セルヴィンはエリが好む物語の登場人物に近いのではないだろうか。でも、エリの推し要素は「ちょい悪」だったので、純情で熱血な正統派だと少しずれるかもしれない。
そんな風に考えているうちに、窓の外へ広がる景色が変わった。
遠くまで続いていた田畑が途切れ、ちょっとした丘陵地を抜けると、建物の間から陽光を反射する水面が見える。あれは中豊平原の南に位置する半島に囲まれた内海だ。
ほどなくして、車内に泡内港駅への到着を告げる声が響いた。
セルヴィンが網棚から私の背負い鞄を下ろし、渡してくれる。
「じゃあ、道中に気をつけて。また学園で会おう」
「セルヴィン先輩も気をつけて。無事に推薦状がもらえるように応援してるよ」
列車を降りて乗降場から手を振ると、セルヴィンも窓越しに片手を上げた。
発車の鐘が鳴り、急行は港都へ向かって走り去っていく。
山の上の神殿へ行くなら、ここから乗合自動車へ乗り換える。けれど、私は駅舎を出ずに普通列車の乗降場へ向かった。
せっかく急行を使って移動時間を短縮できたので、少し寄り道をして、行ってみたい場所があった。神殿には日没までに着けば良い。古い物語を探しているように見せるため、書庫を覗いたり、母の遺品を整理したりするのは明日の予定だ。
普通列車で一駅進むと、進行方向の左手に大きな湖が見えてくる。湖の水面は波も穏やかで、漁船が静かに浮かんでいた。
次の駅で降り、帽子を被って湖とは反対側へ歩く。大きな砂地の丘を、足を取られながら登り、潮を含んだ強い風に押されるように頂上へ立つ。
その向こうには、果ての見えない大洋が広がっていた。
悪魔: 訂正を要求。私の嗜好は「ちょい悪」ではなく「硬派」「男気」。




