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石と悪魔と平凡な私 〜世界を越えてカタチを変えて少女は〈物語〉を届ける〜  作者: 銀天儀
第2章

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第30話 古物市

 古書貸本屋から寮へ戻って間もなく、カレフィーネが部屋を訪ねてきた。


「おかえり、ミリアナ。どうだった?」


 招き入れると、カレフィーネは椅子へ座るより先に結果を尋ねてきた。どうやら推薦状をもらえそうか心配してくれていたらしい。


 私は、おっちゃんが脚本を気に入ってくれた事と、それでも推薦を決めるのは店長である事を説明した。それから、預けた脚本の借用書を鞄から取り出して見せる。


「それで、結局は店長さんの判断待ち。次の月曜日にもう一度行って、場合によっては店長さんと面談する事になりそう」

「うんうん。でも、お店の人には脚本を認めてもらえたんでしょう?それなら、きっと大丈夫だよ」


 カレフィーネは借用書へ目を通し、いつものように穏やかな笑みを向けてくれた。


 おっちゃんが味方になってくれたのは心強い。それでも、店長に何を聞かれるのかと考えると、素直に大丈夫とは思えなかった。


「カレフィーネの方はどうだったの?」

「家庭教師先の子に事情を話して、お父様へ相談する時間を取ってもらえるようお願いしたところ」


 カレフィーネが教えているのは、今年学園へ入学した私達の後輩だ。皇都の自宅から通っており、その父親は高価な専門用品を輸入・販売する商会を営んでいるらしい。


 家庭教師を始める際には、フェルディオと一緒にその商会長に会ったらしい。それなら身元についての信用は、既に十分あるだろう。


「セルヴィン先輩のご実家や、ルッシェリーナの新聞社と違って、こじんまりとした商会みたいだからねぇ。商会長さんに気に入ってもらえれば、推薦状も出してもらいやすいと思うんだよね」

「まだ家庭教師を始めて、2か月も経っていないんでしょう?」

「そうねぇ。まあ、駄目なら別の所へお願いすれば良いしね」


 カレフィーネはあっさりと言う。まだ相手と会う約束すら決まっていないのに、さすがの余裕である。


「そういえば、今週は休みが多いでしょう?時間があるなら、休暇を利用して里帰りしておいてほしいって、ルッシェリーナが言っていたよ」

「里帰り?」

「うん。前に話した、古い物語を探しているように見せるための実績作りね。商会を立ち上げたら、すぐに『風渡りの行商人』を新聞社へ持ち込むことになるでしょう?あとで誰かに足取りを調べられても、収集担当として不自然に見えないよう、早めに行っておいてほしいって」


 確かに、次に古書貸本屋に行くのは来週の月曜日だ。明日の望月(もちづき)祭は学園も祝日休みなので、旅支度を整える時間もある。


「それなら、今度の週末に行ってこようかな」


 皇国では、月の満ち欠けに合わせて暦が決められている。月と季節のずれが大きくなれば閏月を入れて調整する、異世界の言葉で〈太陰太陽暦〉という仕組みだ。


 〈太陽暦〉を使うエリ達の世界では、祝日は決まった日付に置かれるらしい。一方、皇国では、春分や満月など、季節や月の巡りを基準に祭日を定めている。隔月で満月の日に行われる望月祭もその一つだ。


 こうした祭日とは別に、先代女皇の時代に制定された休日令によって、学園や役所は土曜と日曜が休みになっている。商店なども日曜に加え、業種ごとに別の曜日を休む事が多い。


 今週は水曜の望月祭に続いて週末もある。里帰りをするには、ちょうど良い日程だった。


 カレフィーネが部屋を出た後、私は学園内の郵便局へ向かい、故郷の神殿へ「母とじいちゃんの墓の掃除に行くので、土曜に一晩泊めてほしい」と電報を打った。



 翌朝、目を覚ますと、窓の外では細かい雨が降っていた。望月祭のため講義は休みだが、起きたのはいつもの時間だ。


 身支度を整えていると、寮母さんが神殿から返電が届いたと知らせに来てくれた。


 受け取った用紙には、土曜日は食事を用意して待っていると記されていた。短い文面だけれど、快く迎えてくれる事が伝わってくる。


 これで里帰りの予定は決まった。あとは鉄道と乗合自動車(バス)の時間を調べれば良い。


 ただし、問題は旅費だった。


 往復の運賃だけで3000銭幣ほどかかる。手土産や道中の食事、墓へ供える花の代金も考えれば、5000銭幣は用意しておきたい。


 財布に入っているお金を数え、銀行へ預けた分を思い浮かべる。払えない金額ではない。けれど商会を始めるなら、急な出費に備えて手元のお金は減らしたくなかった。


――ちょっと、懐(ふところ)が寂しいなぁ。


 幸い、今日は中央公園で望月祭の古物市が開かれる。


 雨が上がったら、久しぶりにエリの力を借りて、小遣いを稼ぎに行くとしよう。


 ◇ ◇ ◇ 


 朝方には残っていた雨も、中央公園へ向かう頃にはきれいに上がっていた。


 空には薄い雲が残っているものの、その隙間から差す日差しは明るい。湿った土と若葉の匂いを含んだ風が、中央公園の木々を揺らしていた。


『雨を降らせていた前線は南下した。しばらく晴天が続く見込み』


 服の下の首飾り(ペンダント)から、エリによる天気の予測が届く。


 雨の心配がなくなり出かけてきた人も多いのだろう。普段は市民の憩(いこ)いの場になっている広い公園が、今日は人と品物で埋め尽くされていた。


 隔月で行われる古物市では、商人だけでなく、役所へ届け出た個人も店を出せる。木箱へ乱雑に詰められた古着。錆(さび)の浮いた農具。片方だけの耳飾り。持ち主のわからない肖像画。古本、玩具、食器に家具まで、ありとあらゆる中古品が敷布(しきぬの)や即席の台へ並べられている。


 値段を呼ぶ声と客の笑い声が重なり、その間を焼き菓子の甘い匂いが流れていく。売り物なのか捨てる前のがらくたなのか、私には見分けもつかない品まであった。


 私の小遣い稼ぎは、ひどく地道だ。


 まず骨董品らしい物を扱う店を一通り回り、気になった品の値段を聞く。その場では買わず、人目のない場所でエリに価値を確かめてもらう。買値より高く売れそうな品があれば店へ戻り、値段を交渉して手に入れる。


 買った品を持ち込む先は、基本的に質屋である。


 骨董商ならもっと高く買ってくれるかもしれないが、素性もわからない女学生が突然持ち込んでも、まともに相手をしてくれない。その点、質屋なら多少は買い叩かれても、その場で現金に替えられる。


 もちろん、高価な物を売ったり、何度も利用したりすれば怪しまれる。だから、使えるのは本当にお金が必要な時だけだ。


――賢者の石を使う割には、ずいぶん効率の悪い稼ぎ方だよね。


 けれど、大金よりも平穏の方が大切だ。私のような学生が時々小銭を稼ぐだけなら、誰も気に留めない。



 人の流れに沿って広場を巡り、銀食器や古い置物の値段を尋ねていく。


 何軒目かの店を離れた時、大きな楠(くすのき)の下に並ぶ陶器が目に入った。


 白地に小さな青い花を散らした茶器や、鳥の形をした塩入れなど、他の店より可愛らしい品が多い。雨上がりの日差しを避けるように、枝葉が作る影の中へ敷物が広げられていた。


 店番をしているのは、銀色の髪を襟元でまとめた老婦人だった。淡い若草色の上着に濃紺の長衣を合わせ、古物を売るために来たというより、これからお茶会へ出てもおかしくない上品な装いをしている。


「こちら、手に取ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」


 断りを入れて、小ぶりな茶器(カップ)を持ち上げる。欠けがないか底まで確かめていると、妙に視線が気になった。


 顔を上げると、老婦人が目を見開いたまま、私をじっと見つめている。


「あの、何か?」


 声をかけると、老婦人ははっとして胸元へ手を添えた。


「ごめんなさい。不躾(ぶしつけ)でしたね。あなたのお顔が、私の知り合いにあまりにもよく似ていたものだから、つい……」


 その手の下で、感魔石を嵌(は)めた首飾り(ペンダント)が揺れた。


 私は思わず息を呑んだ。


 大きさも、飾り気のない銀色の台座も、私が服の下へ隠している首飾り(ペンダント)とそっくりだった。


 老婦人は私の視線に気づき、石を指先でそっと持ち上げた。


「これが気になるの?以前、皇城で侍女として働いていた時、長年の勤めをねぎらっていただいたものなの。今は小さな喫茶店を営んでいるけれど、昔は先代の女皇陛下にもお仕えしていたのよ」


 皇城の侍女。その言葉に背中を押され、私は胸元から自分の首飾り(ペンダント)を引き出した。


 二つの石が、木漏れ日の中で並ぶ。


 老婦人の目が石から私の顔へ戻った。唇がわずかに震え、目元に見る間に涙が浮かぶ。


「まさか……あなた、ミリアナちゃんなの?エーゼリナの娘の……」


 エーゼリナ。


 幼い頃に亡くなった、私の母の名前だ。


「母を、ご存じなんですか?」


 老婦人は何度も頷(うなず)き、目尻の涙を指で拭った。


「ええ。私とエーゼリナは、皇城で一緒に働いていたの。あの子は職場では一番若くて、ちょうど今のあなたくらいの年から働き始めたのよ。当時のあの子と、今のあなたは本当に瓜二つだわ」


 懐かしむような笑みを浮かべながら、老婦人は私の顔を見つめたあと、確かめるように学園の制服へと視線を落とす。


「あなたがまだ幼い頃にエーゼリナの訃報を聞いて……。残された娘さんの事を、ずっと気にかけていたの。こんなに立派になって、学園へ通っているのね」

「はい。今は皇都の寮で暮らしています」

「そう……。エーゼリナが見たら、きっと喜んだでしょうね」


 母の記憶は、私の中にほとんど残っていない。だから、今の私を見てどんな風に感じるのか、想像する事ができなかった。


 老婦人は敷物の端に置いた小さな鞄から、厚手の紙を1枚取り出した。喫茶店の名前と住所、それに簡単な地図が印刷されている。


「よろしければ、一度ゆっくりお話しできないかしら。お茶とお菓子はご馳走するから、今度の休日に私の店へ遊びに来てちょうだい」

「ぜひ伺いたいです。ただ、今度の週末は故郷へ帰って、母の墓を掃除する予定があって……」

「確か山嶺神殿の山頂殿だったわよね」


 私がまだ行き先を告げていないのに、老婦人は迷いなく口にした。


 驚く私の前で、彼女は財布から1札幣を取り出すと、両手で差し出した。


「それなら、墓前にお花を供えてくださらない?私はエーゼリナのお葬式へ行けなかった事を、ずっと気にしていたの。どうか受け取って」

「でも、お花には多すぎます」

「残りは旅費に使ってくれて良いのよ。あなたが会いに行ってくれるなら、その方が私も嬉しいから」


 受け取れないと返そうとしたけれど、老婦人は札を差し出したまま動かなかった。涙の跡が残る目に、静かな願いが浮かんでいる。


 これは私にくれるお金ではなく、母へ届けてほしい気持ちなのだろう。


「……わかりました。母にお花を供えてきます」


 受け取ると、こぶしを胸にあてて感謝を示す。


 小遣い稼ぎに来たはずが、これで旅費は十分すぎるほど賄えてしまった。けれど、不思議と得をした気分にはなれなかった。


 私はその次の土曜に店を訪ねる約束をして、老婦人と別れた。



 受け取ったお店の案内を確かめながら、人で賑(にぎ)わう古物市を歩く。


 次の土曜に訪ねるには、受け取った案内だけで困らない。けれど、何度見返しても、店を営んでいる人の名前はどこにも書かれていなかった。


――あれ?あの人の名前、聞いてない……。


 老婦人は私を知っていた。母の名前も墓がある神殿も知っていた。それなのに私は、名前さえ聞かないまま別れてしまった。


 母の話を聞く事に夢中で、そこまで気が回らなかったらしい。向こうも昔の同僚の娘に出会い、名乗ったつもりになっていたのかもしれない。


 エリに尋ねれば、名前はすぐにわかる。


 けれど、次に会った時、聞いてもいない名前を私が知っていたら、どう説明すれば良いのだろう。急いで知る必要があるわけでもないのに、余計なごまかしを増やすのは避けたかった。


 私は案内を鞄へしまい、自分の迂闊(うかつ)さに小さく息を吐いた。


 母の遺品に、あの人から届いた手紙が残っているかもしれない。


 今度の里帰りを良い機会に、神殿に置いたままの荷物を整理しよう。その中にある母の遺品も、あらためて確かめてみようと思った。


悪魔(エリ): 皇国の曜日は、悪魔の世界と同じ月曜から日曜の7日間。

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