第29話 継譚商会
ディアネリス教授との面談を終えた私達は、そのまま学生食堂の喫茶室へ向かった。
昼食には遅く、夕食には早い時間だからか、店内に学生の姿はまばらだった。窓際の丸机を4人で囲み、教授から渡された推薦状を並べる。
「まずは担当業務ですね。推薦状にも記入する必要があります」
ルッシェリーナが欄を指すと、セルヴィンは迷わず筆を取った。
「俺は代表兼経理だな。帳簿と金の管理も引き受ける」
「では、わたくしは広報・渉外を。新聞社との交渉は任せてください」
「そうだねぇ。私は営業・総務かな。売り込みも書類仕事も、まとめて引き受けるよ」
3人の視線が私へ集まった。
「私は、物語の収集と編集だよね」
口にしてみると、これから私が果たす役目なのだと気が引き締まる。
セルヴィンが紙へ最後の一行を書き加えた。
「これで4人分だ。異論はないな?」
私達は顔を見合わせ、一緒に頷いた。
「それじゃあ、次は名前だねぇ」
カレフィーネが待っていましたとばかりに紙を裏返し、そこへ大きく4文字を書いた。
『継譚商会』
「けいたん、しょうかい?」
「そう。物語を意味する『譚』を、読者へ『継ぐ』商会。私達の仕事に合うと思わない?」
カレフィーネはいつもの笑顔で首を傾けた。
物語を読者へつなぐ。それは、作者からもらった言葉そのものだ。
それに、帝国時代から失われずに残っていた物語を、今の時代へ語り継ぐという意味にも取れる。誰かが商会の活動を調べたときに、古い物語を見つけて広める組織だと考える根拠にもなるだろう。
そして私にとっては、もう一つ。
異世界で生まれた物語を、この世界の読者へつなぐという意味にも思えた。
「私は、凄く好き」
「俺も賛成だ。『物語を世の中に広め、物語文化を育てる』という設立目的にも合っているよ。何をする商会なのか、名前だけでも想像できる」
「響きも品がありますし、新聞へ載せても見劣りしませんね」
全員の賛成を受け、私達の商会は『継譚商会』に決まった。
残る問題は、推薦状を誰に頼むかだ。
最初に口を開いたのはセルヴィンだった。
「俺は実家の商会へ頼んでみる。皇都支店ならすぐに話は通ると思うが、できれば本店から推薦をもらいたい。父へ相談してみるよ」
実家の本店から代表兼経理として推薦を受けられれば、商会の信用にもつながる。セルヴィンは既に、父親へどう説明するかまで考え始めているようだった。
「わたくしは新聞社へお願いします。まだ継譚商会と取引する相手ではありませんし、わたくし個人の広報・渉外の能力についてであれば、これまでの支部での働きを基に判断していただけるでしょう」
ルッシェリーナも迷いがない。
カレフィーネは頬へ指を当て、少しだけ考えてから答えた。
「私は、家庭教師をしている家のお父様に相談してみようかなぁ。経営されている商会から推薦をいただけるかもしれないし」
「フェルディオさんには頼まないのか?」
「うーん、兄さんに話すと、私が何もしないうちに、知らない商社から推薦状が届きそうで、ちょっとねぇ……」
遠くを見つめながら話すカレフィーネを否定できる者はいなかった。
3人の視線が、最後に私へ集まる。
「私は……知り合いの商会なんてないよ。お店なら、いつも本を買い取ってもらっている古書貸本屋くらいかな」
推薦状を見下ろす。
古書貸本屋のおっちゃんは、私の本の目利きについては褒めてくれる。けれど、物語を集めて編集する担当として推薦してほしいと言って、納得してもらえるだろうか。
「推薦者は商会に限られていません。法人であれば良いので、神殿へお願いする事もできますよ」
ルッシェリーナの言葉に、私は顔を上げた。
「そっか。神殿も法人なんだ」
皇都の神殿は、今も私の身元保証人になってくれている。おまけに、人形劇の脚本を作った事も知っている。
それなら、もしかすると推薦してもらえるかもしれない。
「頼めそうなところが決まったなら、あとは各自で動こう。期限は3週間だが、なるべく早く集めた方が良い」
セルヴィンの言葉に頷き、私達はそれぞれの推薦状を持って喫茶室を出た。
◇ ◇ ◇
翌日の講義を終えた後、私は神殿へ向かっていた。
昨晩エリに、神殿から推薦状がもらえそうかを聞いてみたが、『ミリアナの交渉次第』と冷たい回答しかもらえなかった。結局、自分で頼んでみるしかないのだ。
孤児院の事務室を訪ねると、以前と同じ年配の神官が対応してくれた。
私が学生だけで商会を作ろうとしている事、異世界の物語については伏せたまま、古い物語などを集めて出版する予定である事、商会員になるために法人からの推薦が必要である事を順番に説明する。
神官は途中で口を挟まず、何度も穏やかに頷きながら聞いてくれた。
「それは素晴らしい試みですね。あなたが作った人形劇のように、子どもも大人も楽しめる物語が増えるのであれば、神殿としても応援したいところです」
「では、推薦状をお願いできますか?」
期待を込めて推薦状を差し出すと、神官は困ったように眉を下げた。
「推薦する事自体は可能だと思います。しかし、日常業務以外の目的で神殿の印章を使用するには、大陸にある大聖宮の了承が必要となるかもしれません。その場合は返答まで、かなり時間がかかる可能性があります」
「大陸まで……」
教授から与えられた期限は3週間だ。大陸へ書類を送って審査を受けるのであれば、間に合わない可能性が高い。
「もし他に心当たりがあるのでしたら、先にそちらへ相談する方が良いでしょう。それでも推薦を得られなかった場合は、もう一度いらしてください」
「でも、期限が3週間しかないんです」
「その時は、オルネス元中央神殿副宮長のお名前を添えて、至急の審査をお願いしましょう。皇都の中央神殿単独の推薦であれば、何とかお出しできると思います」
思いがけない名前を聞き、私は瞬いた。
オルネスというのは、山の上の神殿で私を育ててくれた神官じいちゃんの事だ。
「じいちゃんって、そんなに影響力があるんですか?」
私の知っているじいちゃんは、耳が遠いのにおしゃべりが好きで、いつも穏やかに笑っている人だった。偉い神官だったと聞いた事はあるけれど、中央神殿を動かせるような人だとは知らなかった。
神官は目尻へ深いしわを寄せ、楽しそうに笑った。
「現在、中央神殿の上層部にいる者の多くは、オルネス様が副宮長を務めていた頃に、その下で厳しく指導された者達です。私も含め、皆、オルネス様には深い恩義がありますから。はっはっは」
――じいちゃん、昔は何をしていたの?
厳しく指導という言葉に、聞いてはいけない過去が隠れている気がする。
それでも、他で断られた時に頼れる場所があるのは心強い。
まずは古書貸本屋へ相談してみよう。そう決めて席を立つと、神官に呼び止められた。
「少しお待ちください」
神官は事務室の奥へ姿を消し、しばらくして1通の封書を手に戻ってきた。
「これは、以前あなたからいただいた人形劇の脚本です」
「えっ、でも、それは神殿で使うためにお渡ししたものですよね?」
差し出された封書を、すぐには受け取れなかった。
「写しは既に作ってあります。あなたが商会を立ち上げるのであれば、匿名の脚本として神殿だけに眠らせるのではなく、商会の発行物としてぜひ活用してください」
神官は封書を私の手へそっと載せた。
孤児院の子ども達が演じやすいよう、何度も書き直した脚本だ。思い入れがないはずもない。私が異世界の物語を初めて一つの原稿として形にしたものでもある。それを商会の最初の成果として世に出せるのなら、これ以上ない始まりになると思った。
「……ありがとうございます。それでは、お預かりします」
私は封書を受け取り、こぶしを胸にあてて感謝を示した。
◇ ◇ ◇
神殿を出た私は、その足で官庁街近くの古書貸本屋へ向かった。
3階の買取窓口へ上がると、おっちゃんは私の姿を見るなり、心配そうに眉をひそめた。
「おお、また来たのか。今度は何だ。もう金がなくなったのか?」
「違います。今日は売りに来たわけではなくて、お願いがあるんです」
私が鞄から推薦状を取り出すと、おっちゃんの表情が少し真面目になった。
学生だけで継譚商会という商会を作る事。古い物語などを集め、読者へ届けられるよう編集して発行する事。私は収集・編集を担当する事。そして、設立のためには、その仕事を任せるにふさわしいと法人から推薦してもらう必要がある事。
一通り説明すると、おっちゃんは感心したように腕を組んだ。
「ほう。学生のうちから、自分達で商会を立ち上げるのか。大したもんだな」
「それで、こちらのお店から推薦していただく事はできないでしょうか?」
「嬢ちゃんの本の目利きなら、よく知っている。うちとしても推薦できると思うぞ」
「本当ですか!」
思わず身を乗り出すと、おっちゃんは片手を上げて私を止めた。
「おう、任せておけ、と言いたいところだが、商会の印章を押すのは店長だ。説得するための材料が欲しいな」
喜びかけた気持ちを抑え、私はおっちゃんの次の言葉を待った。
「その商会で発行する予定の本か、原稿はないのか?嬢ちゃんの担当が収集と編集なら、どんな物を扱うつもりなのか見せた方が話は早い」
私が鞄の中へ視線を落とすと、神殿から返してもらったばかりの脚本がある。
「発行するかどうかは、まだ皆と相談していません。でも、これでも良いでしょうか?」
封書から人形劇の脚本を取り出し、買取台へ置く。
「どれどれ……」
おっちゃんは表紙をめくり、台詞や場面の指示を確かめながら黙々と脚本を読み進めた。
やがて最後まで読み終えると、原稿を台へ置いて顔を上げる。
「これは良いな。子ども向けだが、人数を変えて演じられるし、大掛かりな舞台もいらない。いろんな劇団で使えそうだ。ぜひ、うちにも置きたい脚本だな」
「本当ですか?」
「ああ。前に面白い脚本なら買い取ると言っただろう。この話を嬢ちゃんが見つけて、舞台で使える形に整えたっていうなら、俺は推薦してやりたいと思う」
「では、推薦状をいただけますか?」
期待を込めて尋ねたものの、おっちゃんはすぐには頷かなかった。
「さっきも言ったが、商会の印章を押すのは店長だ。俺は推薦してやりたいと思うが、店長がどう判断するかまでは何とも言えん」
「そうですか……」
脚本を気に入ってもらえれば、それで推薦してもらえると思っていた。けれど、そこまで上手くはいかないようだ。
「まあ、そう落ち込むな。俺からも、嬢ちゃんの本の目利きについては話しておく。この脚本と推薦状を預からせてくれ」
「わかりました。お願いします」
「次の月曜、講義が終わってからもう一度来られるか?それまでに店長へ確認しておく。場合によっては、店長が嬢ちゃんから直接話を聞きたいと言うかもしれん」
「夕方頃なら大丈夫です」
「よし。それなら17時に来てくれ」
おっちゃんは窓口の下から借用書を取り出し、日付と脚本の題名を記入した。
署名を終えた借用書を受け取り、私はこぶしを胸にあてる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
少なくとも、おっちゃんは私を推薦したいと言ってくれた。それは心強いけれど、店長が同じように認めてくれるとは限らない。
――面談になったら、何を聞かれるんだろう……。
新しい不安が浮かび、手にした借用書を見下ろしていると、おっちゃんがしみじみと頷いた。
「しかし、友人と商会を立ち上げるとはなぁ。嬢ちゃんにも、ちゃんと友人がいたんだな。よかった、よかった」
その目は、以前と同じようにひどく生温かい。
――それはもういいってば!
悪魔: 次回投稿からは、再び火・木・土の週三回投稿。




