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石と悪魔と平凡な私  作者: 銀天儀


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第16話 遮音用耳覆い

 消音器具を作ると決めた翌日、私はさっそく材料を集めてきた。といっても、たいそうなものではない。

 食器棚の奥で余っていた木のお椀、古くなった布、綿を抜いた小さな詰め物、革紐、細工用の小刀。あとは、縫い針と糸。


 カレフィーネはフェルディオに紹介された家庭教師先の面接に出かけている。今なら多少音が漏れても隣の部屋に聞かれる心配は少ない。


 ちなみに部屋の反対側は階段だ。そちらの壁は隣室との壁より厚いらしく、壁に耳をあてても足音がかすかに響く程度で、声は全く聞こえない。問題となるのはカレフィーネの部屋との境目だ。


 私は机に材料を並べ、木のお椀を手に取った。


 耳を覆う形にするなら丸みのあるお椀は都合が良い。内側に布を詰めて音を吸わせ、賢者の石を入れる場所を作る。そして外側は木で音を遮る。


――よし、これなら昨日エリが説明してくれた、吸音材と遮音材の組み合わせになっているはず。


 まずは、お椀の内側に布を重ねて敷いた。その中央に賢者の石を収めるための小さな布袋を縫いつける。耳に当たる縁は固いと痛そうなので、細く折った布をぐるりと巻いて縫い留めた。


 出来上がった最初の試作品は、片耳だけを覆う奇妙な器具になった。控えめに言っても見た目はかなり怪しい。耳にお椀をくくりつける人である。


「いや、ちゃんと機能すれば、見た目なんていいのさ!」


 私は自分に言い聞かせるようにつぶやき、賢者の石を手のひらにのせて声をかける。


「音の大きさを確認したいから、しばらく何か適当な一定の声を聞かせて?」


 すると依頼通りに、賢者の石からは声が聞こえてきた。


『ガンジ〜ザイボ〜サツ〜ギョ〜ジンハンニャ〜ハ〜ラ〜――』


 低く単調な声が部屋に流れ始める。意味はよくわからない。歌のようでもあり、呪文のようでもある。


――この声はエーアイさんだね。単純作業だからかな?


 私は試作品の布袋に賢者の石を入れ、お椀の口を机に伏せた。


 声は確かに小さくなった。木と布を通したせいか、響きがこもり、机の上に置いた時より外へ広がりにくくなっている。


「おお、いけるかも」


 期待しながら、今度はそれを自分の耳に当てた。


『シキソクゼ〜クウ〜クウソク――』

「うわっ、耳元では大きい」


 耳に当てると、石の声は直接頭の中へ響くように聞こえてうるさい。しかも、外にどれくらい漏れているのかも、使っている本人には判断しづらい。


 おまけに少し重い。片手で押さえていなければずり落ちそうだし、革紐で固定しようとすると、今度は片側だけ頭を引っ張られる。


 これを物語を聴くあいだずっと続けるのは、かなりつらい。


「よし。これは失敗」


 私は潔く試作1号を机に置き、エーアイさんに声を掛けて呪文を止めた。



 失敗はしたが、収穫はあった。


 石を耳に直接触れさせる必要はない。こちらが質問する時だけ石に触れられればいいので、聴く時は少し離しておいても構わない。


 ならば、耳当ての内側に石を入れるより、石を入れた箱から耳へ音を運ぶ形の方が使いやすいかもしれない。


 そこから私は、いくつか試作品を作った。


 お椀の内側に布を増やしたもの。

 綿を厚く詰めたもの。

 石を入れる小箱を別に作り、そこから細い管で耳元へ音を導くもの。


 最後の試作は悪くない使い勝手だった。


 石を入れた小箱に小さな穴を開け、そこに紙を丸めて作った管をつなぐ。管の先を耳元へ持っていくと声はちゃんと聞こえる。しかも、石は机の上に置いたままなので質問する時にも触れやすい。


 私は思わず身を乗り出した。


「これは、いけるのでは?」


 そう思ったものの、ふと鏡に映る自分の姿を見て大きな問題に気がついた。


 机の上には、小箱と紙管と布が絡み合ったなんとも説明しがたい物体が鎮座し、そこから耳元に紙の管が伸びている。


 機能はともかく見た目がひどい。カレフィーネに見られたら絶対に聞かれる。


「ミリアナ、これなぁに?」


 そして私は、この器具についてのまともな説明を一つも思いつけなかった。



「よし、自作はあきらめよう」


 私は試作品の残骸を見下ろして深くうなずいた。


――やる気は十分だったけど、実用的な道具の作成はそんな簡単なものではなかったよ。


 となれば、頼るべき相手は決まっている。


 私は賢者の石を指先でつついた。


「エリ、そちらの世界に一人だけで音を聴くための道具ってないかな?」

『個人が周囲に音を出さずに音声を聴取するには、〈イヤホン〉または〈ヘッドホン〉を使用』

「なにそれ?」

『〈イヤホン〉は耳穴または耳の入口に装着する小型の音響機器。〈ヘッドホン〉は耳を覆う、または耳に当てる形の音響機器。どちらも電気信号を音へ変換し、使用者だけに音を届ける』

「それ、すごく良いね。こちらの世界でも作れるものかな?やっぱり例の〈コンピューター〉が中に入っていたりするの?」

『〈コンピューター〉の一種である〈マイコン〉の内蔵は必須ではない。しかし、同等の機能と小型化を実現するには精密な〈電子回路〉が必要』


 〈電子回路〉は以前にもエリに聞いた事がある言葉だ。たしか真空管と同じような効果を持つ〈半導体〉という部品を使い、電気的に様々な機能を実現する、異世界の魔法陣のようなものだったはず。


「精密っていうけど、具体的にはどのくらい小さく作ればいいのかな?」

『真空管を使った電気回路と比較した場合、配線の細さで数万分の1、体積は条件により兆分の1以下』

「兆!」


 思わず復唱してしまった。


――兆分の1ってなんだよ、全く想像できない大きさだよ〜。


 ちなみに材質としての半導体はこちらの世界にも存在する。エリに聞くと、賢者の石にそっくりで魔力に反応して光る感魔石も半導体の一種らしい。


 ただし、この魔力が問題で――


「でも〈電子回路〉って、魔力があるとまともに動作しないんだよね?」

『〈電子回路〉は漏洩魔力の影響を強く受ける。小さくなる程その影響を受けやすく動作が不安定になるため、耳元での正常動作は全く期待できない』

「やっぱり」


 この漏洩魔力問題があるため、私達の世界の電気回路では真空管が利用され続けている。真空管も年々高機能になっており、電気製品も少しずつ小型化してはいるものの、エリに聞く異世界の高度電気文明には遠く及ぶべくもない。


「知っていたけど、同じものは無理って事だね」


 ただ、私が欲しいのはそんな高機能な道具ではない。賢者の石の声を小さくできればそれで良いのだ。


「じゃあ、もっとこちらの世界で作れそうなものはないかな?音が外に漏れにくくて、耳に当てて使えて、両手が空くと嬉しい」

『ミリアナの世界でも、遮音用の耳覆い(イヤーマフ)が軍などで利用されている』

「軍用なんて売られていないし、手が出るような値段じゃないよね?」

『入手経路は限られ、高額』

「だよね。もっと安くて、私が入手できそうなちょうど良いものはないかな?」


 都合の良い要求をしているのはわかっているが、聞くだけなら無料(ただ)だと思って尋ねてみる。


『電話交換手が使用する耳当て式受話器(ヘッドホン)が利用可能。故障品や廃品なら安価に入手でき、頭部への固定と遮音の目的に適合』

「電話交換手の道具?」


 電話交換所の様子は新聞の写真で見た事がある。大きな盤の前に人が並び、線を差し替えながら遠くの相手へ声をつなぐ仕事だ。たしかに、頭から下げた受話器を両耳に当てていた。


 あれなら、耳に当てる形としては最初から完成している。しかも、仕事道具なら長時間使う事も想定されているだろう。


「それいいね!ちょうど良い大きさで、近くで手に入りそうなものはある?」

『皇都貨物駅の操車場南側、運河沿いの廃材(スクラップ)置き場に、交換手用受話器の故障品が廃品として保管』

「おー、それは確かに安く入手できそうだ。それでいいじゃん!」


 私は机の上に散らばった木椀をはじめとする残骸を眺めながら、なんとかなりそうだと安堵した。


 ただ、運河沿いはあまり治安の良い場所ではないので、一人で行く勇気は私にはない。とりあえず、先に買い取るためのお金を確保しておこう。一人部屋の寮費も必要だしね。



「でもさー、そんなちょうど良いものがあるのに、なんで最初から教えてくれないのかな?」

『既製品の利用や、入手方法について質問されていないため』

「それはそうなんだけど!」


――くそう、融通の利かない悪魔め!


悪魔エリ: 悪魔は融通が利かないもの。これでもミリアナは甘やかされていると気づくべき。

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