第14話 匿名脚本家
「――こうして、競争には亀くんが勝ちましたが、うさぎくんは大好物をたくさん食べて大満足。『負けてもお腹いっぱいになったから、いっかー!』と、二人はニコニコ笑顔で仲良くおうちに帰りました。ごちそういっぱいの、めでたし、めでたし!」
私が腹話術人形と一緒にぴしりと敬礼すると、礼拝堂の一角に敷かれた敷物の上で、子ども達が一斉に歓声を上げた。
「うさぎくん、また食べすぎー!」
「亀くんかしこい!」
「もう一回!もう一回やって!」
前の方に座っていた幼い子がキャッキャと立ち上がりかけて、隣の年長の子にそっと袖を引かれて座り直す。
それでも目はきらきらしていて、舞台代わりに置いた低い台と、私の膝に乗る布製のうさぎ人形から離れない。
――おお、予想以上の大喝采!
私は人形の耳を片手で揺らし、もう一度だけうさぎくんの声で答えた。
「みんな、ありがとう!でも、今日はここまで。続きはまた今度だよー」
「えーっ!」
不満の声が上がったが、それすら楽しそうだった。
子ども達の後ろに控えていた神殿の世話係達が笑いながら「席に戻りましょうね」と声をかけると、場はようやく落ち着いていく。
火事から続いた『凄腕さん』にまつわる騒動から数日が過ぎ、今日は奉仕活動で神殿の孤児院に腹話術を披露している。
私は不信心者だ。聖典の教えを信じていないし、そもそも悪魔と友誼を結んでいる時点で背徳者と言われても反論できない。それでも神殿に育てられた恩義は十分に感じている。
山頂の神殿で暮らしていた頃、神官のじいちゃんは不器用ながらも私の面倒をみてくれたし、神殿に出入りする人達も、身寄りのない私を気にかけてくれた。今も私の身元保証は神殿がしてくれている。
だから学園に入ってからも、こうして定期的に神殿の奉仕活動には参加している。
もちろん、そこには別の理由もある。
賢者の石を隠すために身に付けた腹話術を、周囲から怪しまれないようにするには、普段から「ミリアナは腹話術をする人」と認識されている方が都合が良い。
人前で少し披露しておけば、エリの声が漏れた時にもごまかしやすいし。
とはいえ、目立つのは避けたい。
顔見知りの子ども達に劇を見せるくらいなら問題につながる恐れは少ないが、調子に乗って大勢の前に出るのは危険だ。賢者の石の秘密を隠し続けるには、臆病なくらいでちょうど良いのだ。
神殿で子ども達が聞かされる物語は、宗教色が強く説教じみたものが多い。そのため、今回の演目は異世界の物語を題材にした。あちらの世界では有名な話らしい。
ただ元の物語も多少教訓臭い内容だったので、結末だけは穏やかな形に変えておいた。
――子ども達があれだけ喜んでくれたんだから、大正解だったね!
劇を終えて人形を箱にしまっていると、今回の慰問会を取り仕切っている年配の穏やかな男性神官が近づいてきた。
「いやぁ、すばらしい劇でした。子ども達も大喜びです」
「いえ、拙い芸でお恥ずかしい限りです」
私は照れながら謙遜した。
実際、腹話術としては素人芸の域を出ていないと思う。エリの声真似をするために鍛えたとはいえ、専門の芸人とは比べものにならない。
「そんな事はありません。街角で公演しても、十分通用するだけの実力をお持ちですよ」
「それは、さすがに褒めすぎです」
街角公演なんて絶対にしませんよ、人目に晒されたくはないので……。
「特に劇に使われたお話が面白い。今まで聞いた事がない物語ですが、あなたが考えられたのですか?」
その問いに、私はほんの少しだけ返事を遅らせてしまった。
私が考えた話ではない。ただ、それを正直に説明するわけにはいかない。
「いえ、幼い頃に神殿へ来た参拝客から聞いた話です。細かいところは、子ども向けに少し変えましたけれど」
私のとっさのごまかしに、神官は納得したようにうなずいた。
「なるほど。口伝の物語でしたか。だからでしょうか、耳に残りやすい筋立てですね。小さな子どもでもすぐに覚えられる」
「そう言っていただけると嬉しいです」
そこで神官は一度、礼拝堂の方へ視線を向けた。子ども達は世話係に連れられて別室へ移動している。まだ、うさぎくんの真似をして跳ねる子がいて、私はちょっと笑ってしまった。
神官はその様子を見てから、少しだけ改まった声で言った。
「実は、折り入ってご相談があります」
私は身構えた。こういう時の「相談」は、たいてい断りにくいお願いだ。
「来月、神殿で慈善の劇を行う予定があります。孤児院の運営費を集めるため、近隣の方々を招いて小さな公演を開くのです。よろしければ、あなたにも出演していただけませんか」
「申し訳ありません。学業もあり、練習の時間を十分に取れませんので……」
私は即座に断った。もちろん学業があるのは事実だが、本音は……
――そんな目立つ事、絶対に嫌!
神殿の孤児院で子ども達相手に腹話術をするのと、不特定の人を集めた公演に出演するのは危険度が違う。
観客の中にどんな危険人物が交じるのかわからない。それこそあの『凄腕さん』のような……。
神官は残念そうにしながらも、すぐには引き下がらなかった。
「では、出演ではなく、子ども達が演じる人形劇の脚本を作っていただく事はできませんか」
「脚本、ですか?」
「はい。先ほどのお話のようなものを、劇にできる形で。舞台の台詞まで完成させていただかなくても構いません。あらすじと場面の流れを考えてくだされば、台詞への落とし込みはこちらでもできます」
私は返事に詰まった。
出演しないなら目立つ危険は少ない。それに、脚本という言葉は少しだけ心をくすぐった。
私の夢は、異世界みたいに大人が一人でも夢中になって追いかけられる長編物語の文化を根付かせる事だ。本でも連続放送劇でもいい。
具体的な道筋はたてられていないけれど、ひとつの手段として、異世界の洗練された物語を皇国で慣れ親しまれている演劇の形で広める事は考えていた。
けれど、安易に引き受けるわけにはいかない。
「匿名で、という形でもよろしいでしょうか」
「もちろんです。神殿としては、子ども達が演じられる良い物語をいただければ十分です」
神官は胸の前で手を組みまっすぐこちらを見る。
その目は強引ではなかったが、期待は隠れていなかった。
「一度、考えさせてください」
「ええ。急ぎません。ですが、あなたの物語ならきっと子ども達も楽しんでくれるでしょう」
「私の物語というわけではないのですが……」
小さくつぶやいた言葉は、神官には聞こえなかったようだ。
私は人形箱の留め具をかけながら、少しだけ気持ちがそわそわするのを感じていた。
寮に戻る頃には、夕方の光が廊下の窓から斜めに差し込んでいた。
部屋の扉を開けると、中は静かだった。机の上はカレフィーネらしくきれいに整えられているが、本人の姿はない。
そういえば今日は、ちょうどフェルディオと会う約束があると言って出かけていた。あの兄妹は、例の成績不正の件以来少しずつ話をする機会を増やしているらしい。
新聞社からの取材請求を受けて、学園側も試験での不正を公表する決断をしたようなので、もしかするとその件でもなにか話があるのかもしれない。
――よし、今なら部屋でエリと相談できる。
私は鞄を置き、服の上から賢者の石をそっと押さえた。
「エリ、脚本づくりをお願いされたんだけど、具体的にどんなものをつくればいいのかな?」
『脚本とは、演劇などで、登場人物の台詞、場面、動作、演出の流れを記述した文章。作品の上演時間、出演人数、舞台装置、観客層などを考慮して、筋立てや台詞を整えたものにする必要がある』
私は椅子の座面にもたれかけ、頭の後ろで手を組んだ。
自分の腹話術の劇では、脚本という形にきちんとまとめた事はない。だいたいの流れだけを決めて、あとはその場の子ども達の反応に合わせて、人形の掛け合いを少し変えている。
でも、子ども達が演じる人形劇となれば話は別だ。台詞などの詳細は考えてもらえると聞いたが、あらすじを立てるにしても、全体の構成は考慮しておくべきだろう。
「エリ、そちらの世界の脚本ってどうやってつくられるの?」
『作品の規模や制作体制により異なる。一般的には専門の脚本家が、原作や企画の確認、登場人物と場面構成の整理、筋書きの作成、台詞と動作の執筆、関係者との修正作業を行う』
「うわ、思ったより大変そうなんだね。じゃあ、私がそちらの物語を子ども達が演じる人形劇のための脚本としてまとめるには、どうすればいいかな?」
『原作を劇の脚本にする場合は、まず原作の読み込みが重要。その上で、物語の主題、人物関係、見せ場を把握し、劇に合うように構成』
「原作の読み込みか……」
私が異世界の物語を腹話術に使う時は、頭の中に残っている印象を頼りにしている。何度も聴いたお気に入りの話なら大筋は覚えているし、面白かった場面も好きな台詞もそれなりに思い出せる。
でも、脚本を書き起こすためには、もっと正確に確認しなければならない。
「エリの朗読を聴くだけだと細部の確認が大変だよね。場面を行ったり来たりしたいし、台詞も見比べたいし……」
私は机の上の紙を見つめた。
「文字起こしが必要か……」
この世界で異世界の物語を楽しめるようにしようと思えば、いつか必ず誰かに渡せる形にしなければならない。自分だけで聴いて楽しむのではなく、他の人に知ってもらうには文字として紙の上に物語を置く必要がある。
――だって、電波放送で直接エリの声を放送するわけにはいかないもんね。
でもそれは、ちょっと考えただけでも面倒で労力が必要な作業だ。
「ねえエリ。文字をすばやく書く方法って何があるかな?」
『議会や法廷などでは速記師が担当。魔署紋と同系統の錬金魔術を応用し、特殊な文字と魔力紋により発話内容を高速に記述』
「速記師かぁ」
聞いた事はある。
記号のように崩した文字をものすごい速さで書き取り、あとから普通の文章に戻すらしい。
「でも、すぐに習得できるような技術じゃないよね?」
『実用水準まで習得するには長期間の訓練が必要』
「だよね。それに、書けたとしてもあとから読み取るのが大変そう」
うん、速く書くのは諦めた方が良さそうだ。でも、私にはとっても便利な石がある。
「じゃあ、私の書く速度に合わせて、エリに文章を読んでもらう事はできるかな?」
『ミリアナの筆記速度を見ながら、読み上げる間合いの調整は可能』
エリがこちらの手の動きに合わせて朗読速度を調整してくれるなら、文字起こしそのものは不可能ではない。
私は部屋を見まわした。
二段寝台をはさんだ向こう側には、持ち主不在のカレフィーネの机がある。
「一番の問題は、どこで作業するかだね……」
文字起こしをするにはエリに朗読してもらう必要がある。それをこの相部屋でやるのは無理がある。
カレフィーネ不在の時間だけでは、作業はなかなか進まないだろう。
でも――
「……やりたいな」
自分でつぶやいてから、私は驚いた。
まだ引き受けると決めたわけではない。でも心はもうかなり傾いているようだ。
文字起こし。
夢を実現するためには、避けては通れない作業だ。
もちろん、長い物語を丸ごと書き写すとなればとんでもない量になる。でも、子ども向けの物語ならば、最初の一歩として妥当な規模になるだろう。
「……よし、決めた!」
作業場所の問題はあるが、今回の脚本づくりは引き受けよう。
いざとなれば、文字起こしはなしで、あらすじだけ書き起こしてもなんとかなりそうだし。
「エリ、他に脚本家が注意している事って何がある?」
『まず劇に合わせた登場人物と場面の削減、それから各種の制約に適合させるための調整』
「制約事項ってなにがあるの?」
『原作の権利関係、文化差、宗教観、政治制度、年齢層に応じた表現調整、上演時間、出演人数、舞台装置、小道具、衣装、役者の技量、稽古期間、予算、主催者の意向、観客の反応、苦情対応――』
「――ちょっ、ちょっと待って、多い、多いよ、一体どれだけあるの!」
私の決心は一瞬で挫折しそうになった……。
悪魔: この話から火・木・土の週三回の投稿に移行。




