第03話
何かを決めたら即行動。
無理だと言う周りの大人たちを振り切って、盛大にやらかしては責任ある大人たちに尻ぬぐいをさせる。
『専行の公爵令嬢』。
キャッスルテイン公爵家の御令嬢エステリーナ様が幼少の頃より貴族社会でそう呼ばれているのは存じておりました。
この呼び名、もちろんあまり良い意味ではありません。彼女に対して陰口を叩く者が使う呼び名でしたから。
そのエステリーナ様と、この学園の同じクラスになりまして。そこで初めて、わたくしは彼女を目にすることとなったのです。
入学して間もない頃、わたくしの彼女に対する印象は『噂通りの御令嬢』でした。加えて、『少し残念な御令嬢』とも。
それはわたくし以外のクラスメートも同じだったようで、入学後しばらくは『専行の公爵令嬢』として評価され、学園内ではその呼び名で噂話が囁かれておりました。
しかし、次第にその呼び名は使われなくなってしまいます。
なぜなら彼女に対する周りの評価が変化していったからです。
代わりに使われるようになったのが、
『即断即決の公爵令嬢』。
後に彼女の代名詞となる『即断即決』は、わたくしのクラスメートたちによって確たる評価となっていくのです。
エステリーナ様は感情豊かで、それを表に出す方でした。
よく笑い、たまに怒ったかと思うとまた笑う。
公爵令嬢という肩書きにそぐわぬ素直な人柄。そして言動が少し残念。
それがわたくしを含むクラスメートたちの典型的な評価でした。
わたくしも男爵家の娘でしたが、幼い頃から父にこう躾けられたものです。
貴族たるもの、安易に感情を表に出してはならぬ、と。
貴族にとって互いに手札を切り合うような駆け引きは日常茶飯事。相手も貴族ならば常に感情を読み取ろうとしてくるし、それに合わせて手札を切ろうとしてくるわけで。
もし感情を読み取られれば相手に主導権を握られる展開になりやすく、交渉事では不利にしかならないのだ、と。
ただ一方で、感情を出せる友人を作るのも大事だと教えられました。
貴族の子息令嬢が多く集まるこの学園。そんな友人を作るのはなかなかに難しいものだと考えていましたが、エステリーナ様を見ていると、案外できるものかも、という気にさせられました。
一年生のときのエステリーナ様のことを、エピソードを交えてお話ししましょう。
入学してしばらく経っても、わたくしはエステリーナ様と気軽にお話するような間柄ではありませんでしたが、講義と講義の合間の時間、教室の離れた位置から彼女の様子を見るのは好きでした。
彼女は女生徒たちに囲まれながら、いつも楽しそうに笑っていました。
ある日のこと。
講義の合間の時間に、別クラスの三人の女生徒がうちのクラスにやってきました。
一人はエステリーナ様に悩み相談をしたい者。あとの二人は相談者の付き添いでした。
へぇ・・・。相談事でわざわざ別クラスから訪ねていらっしゃるなんて。
人望があるということなのでしょうね。
聞き耳を立てるほどではありませんでしたが、わたくしはエステリーナ様と彼女らの様子をぼんやり眺めておりました。
「・・・というような事がありまして。これは流石にお相手の対応があんまりでしょう?わたくしがっかりしてしまいましたの」
「わかりますわ」「そうですわよね」
「そうなのよ。エステリーナ様もそう思われませんか」
相談者の女生徒が事の経緯を一通り話したところで、連れの友人らとエステリーナ様に賛同を求めてきました。
共感を得ようという女性たちの、いわば在り来たりな会話の流れであったのですが。
「んーーー。わからないわ!」
「「「えっ」」」
エステリーナ様は、そんな流れをぶった斬るのです。
「でも、安心なさい。よく聞く話ですもの。貴女のような人は沢山いるわ。だから元気出しなさいな!」
「は、はぁ・・・」
「そうだわ。わたくし、解決策は知っているのよ。聞きたいかしら?」
「え、ええ。是非伺いたいですわ」
「美味しい物を食べて、ぐっすり眠る。これよ!」
必ずしも共感はしないが、相手に寄り添うことはできる。
エステリーナ様はきっぷの良い女性でした。
「悲しい気持ちなんて、幸せな気持ちで上書きしてしまいなさい。明日の朝をスッキリ迎えられるわよ!」
満足げに語るエステリーナ様。
一方の相談に来ていた女生徒たちは揃って口を開け、ぽかーんとしてしまいます。
やがて相談者の女生徒が我に返り、自然と笑みを零しました。
「・・・ふ、ふくくっ。あははは。エステリーナ様、ありがとうございます。なんだか元気が出てきましたわ」
「あら、そう?立ち直りが早いわね!」
そうして周りの者も釣られて笑うのです。
そんなエステリーナ様を慕う女性は多かったのです。
彼女の周りには、いつも自然と女生徒たちの輪ができていました。
公爵令嬢という身分でありながら誰に対しても気安く、頼ってくる者には貴族平民の分け隔てなく手を差し伸べ、事あるごとに首を突っ込み、常に元気で楽しそうにして、行動的で華やかで。
そして、少し残念なところがある御令嬢でした。
ですが彼女のリーダーシップには特筆すべきものがありました。
気が付けば周りを引っ張って、というよりも周りを巻き込んで行動を起こしているのです。
あんなことからこんなことまで。その行動範囲は広く、誰もが舌を巻く程に。
本来ならば殿方が音頭を取るような肉体労働を伴う作業も、エステリーナ様は躊躇なく取り掛かるのです。
見せ場を奪われたと思う殿方も少なからずいらっしゃったのではないでしょうか。殿方からの評判はあまりよろしくありませんでしたね。
逆に、周りの女生徒に与えた影響は相当なものでした。
入学当初、学園内でよく目にした女生徒というのは、育ちの良さが見て取れるお淑やかな性格だったり、集団生活に馴染めず引っ込み思案で大人しい性格だったり。
ですがそういった女性たちがエステリーナ様と関わると、エステリーナ様の影響を受けてか、あるいはエステリーナ様に鍛えられてか。いつの間にやら、少々のことでは落ち込まない、気持ちの強い女性に変貌しているのでした。




