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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第2章「青春を知らなかった少女」
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第5話「想い」

「俺も人気声優同士の熱愛って騒がれてみたいです……」

「騒がれたいんですか?」

「騒がれたいっていうか……ファンから祝福される結婚がしたいなーとは思います」


 小木下くんは思考を切り替えるために、無理に元気な声を出す。

 無理に元気を出すことで、小木下くんの声には本来の明るさが戻ってくる。


「女子高生たちには無視されちゃいましたけどねー」


 自虐的でありながら、そこまで悲観的な様子でもない。

 自然な笑みを浮かべられるようになった小木下くんを見て、ほっとした気持ちが生まれる。


「夏都と凄く仲のいい同期の子がいて……」

「仲のいい……」

「はい」


 仲のいい同期の話をするだけで、照れたような表情を小木下くんは見せてくれた。


「……小木下くんは、その方が好きなんですね」

「はい」


 すぐ、小木下くんの気持ちを察することができた。

 その子のことを考えるだけで、あまりにも幸せそうな顔を浮かべる小木下くんはとても幸せそうに映る。


「でも俺が彼女の隣に並ぶより、夏都が彼女の傍にいた方がお似合いなところが」


 それなのに、また無理をしている小木下くんが戻ってきた。


「ね」


 諦めてはいないけれど、諦めてしまっているような、そんな複雑な笑みを浮かべる小木下くん。


(仕事と恋と学業……)


 それぞれの昼休みを過ごすため、私たちは適当なところで会話を終わらせて別れた。


(泉くんにちゃんと話そう)


 お付き合いはできませんってことを伝えるために。


(泉くんには、私よりも大事にしなきゃいけないものがある……)


 私は留年していることもあって、既に成人年齢は迎えている。

 それでも制服姿で収録スタジオに向かうため、周囲に気を遣わせないために帰宅時間は未成年に合わせる。

 夜が深まらないうちに、私は急いで収録スタジオがあるビルを飛び出す。


「橋本さん」


 同じビルに、収録スタジオが二部屋ある。

 制服姿で収録現場に来る人は限られているため、私の姿は深まる前の夜に隠れることはできない。

 泉くん見つかったと焦りが生まれる私に対して、泉くんはみるみるうちに表情が和らいでいく。


「最近、橋本さんとすれ違う機会が多いですね。嬉しいです」

「今のスケジュールは、会う機会が多いのかもしれないですね」

「よしっ、橋本さんとすれ違うのを楽しみに頑張ります」


 私に笑顔を向けてくれる夏都くんに対して、心臓のあたりが痛みを感じ始める。


「すれ違ったときに、ほんの少しでも話ができたら嬉しいので」

「あの……泉くん」


 声優らしくない小さな声は、周囲を行き交う人や店の賑わいにかき消されてしまう。


「橋本さんと接点のない期間が長かったので、こういう些細な時間を大切にしたいなーなんて」


 私は、過去にベッドの上で寝たきりになったことがある。


「付き合う前に気持ち悪い発言なのはわかってますけどね」

「そんなことない……」

「橋本さんへの片想い歴、意外と長いんですよ」


 私は、日陰を生きる側。


「だから、気持ち悪い発言は控えようって思うんですけど……」


 泉くんは、日向を生きていく人。


「気にしすぎだと思いますよ」

「今の世の中、発言に気を遣わなきゃ炎上ですよ? 橋本さんにストーカーした若手声優だって叩かれても可笑しくない……」

「ふふっ、ごめんなさい」


 日向があるから、日陰は生きていくことができる。

 そんな言葉が頭を過る頃、私は自然と笑みを零していた。


「まったくストーカーらしさがないのに、凄く真剣な顔をされるので……」


 笑うところではない。

 だから、私はすぐに笑みを引っ込める。


「その真剣さが面白くなってしまいました、ごめんなさい」

「……前から可愛い人だとは思ってましたけど」


 さっきから、私たちは声優らしくないかもしれない。

 時折、小さな声になるところがプロらしくない。


「笑うと、めちゃくちゃ可愛いです」


 照れた泉くんの表情を見て、自分の顔も熱を帯び始めるのが分かる。

 何かを言葉にしなきゃいけないと分かっていても、何も言葉が出てこなくなる。


「夏都さんっ、お疲れ様です」


 さっきまで私と共演していた遊川穂乃花(ゆかわほのか)さんがビルから出てきて、私たちの元へと辿り着いたらしい。

 私と遊川さんは挨拶をし合ったばかりだったため、互いに会釈することで挨拶を済ませた。


「めちゃくちゃ怒られちゃった……」

「怒られた割に元気すぎです」

「怒られて伸びるタイプだからね!」

「その前向きさ、譲ってください」


 二人の親しそうな様子を見て、小木下くんが話しをしてくれた泉くんの同期は遊川さんのことなのかなと悟る。


「私、そろそろ行きますね」

「橋本さ……」

「お疲れ様でした」


 遊川さんは積極的に泉くんに話しかけて、泉くんに話す隙を与えない。

 おかげで抜け出すことができたけど、それはそれで振り返ってしまう理由にもなる。


(人を好きになるって、ただ幸せって感情で終わらない……)


 振り返ったところで、もう泉くんの姿も遊川さんの姿も見当たらない。

 それだけ収録スタジオがある通りから印象の変わる、多くのビルが立ち並ぶ大通りへとやって来た。


(私は、泉くんを幸せにできない……)


 両手の指を、伸ばして、曲げてを繰り返す。

 何度も同じ動作を繰り返して、体に異常がないかを確かめる。


(でも、遊川さんなら……)


 遊川さんが、泉くんにとってのお似合いの子なのかは分からない。

 遊川さんに、泉くんへの好意があるかも分からない。

 それでも、考える。

 それでも、比較してしまう。


(病気になんて、なりたくなかった……)


 風邪もインフルエンザも無縁と言ってもいいくらいの健康体だった。

 それなのに、病は私の体を蝕んでいった。


「クリスマスだ」

「まだ十一月なのにね」


 大型ビジョンに映し出される映像が目に入る。

 去年の映像が使われているのか、恋人や家族連れが公園でのイルミネーションを楽しんでいる。


(病気になってから、どこにも出かけてなかった……)


 イルミネーションスポットを宣伝するための映像なだけあって、とても煌びやかな世界に一瞬で心を引き寄せられた。


(行ってみたいけど……)


 周囲に気づかれないように頭を振って、否定的な考えを打ち消す。


(少し、頑張ってみたい)


 頑張ってみたいと口にしたはずなのに、私の指は曲げて伸ばしてを繰り返す。

 自分の体が正常に働くことを、何度も何度も確認してしまう。

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