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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第2章「青春を知らなかった少女」
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第4話「通院」

「数値は落ち着いているみたいだね」


 病気を患った当時は、自分が住んでいる地域のどこに大学病院があるのかすら分かっていなかった。

 それだけ病気とは無縁だった健康体の私は、ある日突然、病に日常を奪われた。


「今日が良くても、明日悪くなることがある病気だから」


 大学病院の受付は平日の午前しかやっていない。

 私は午後から授業に出るため、制服姿で診療を受けていた。


「体調管理には気をつけて」

「ありがとうございました」


 実際に大学病院に通ってみると、意外と制服姿の人がいないわけではないと気づかされる。


「橋本さんはもう仕事をされていましたよね」

「はい」


 それぞれに病を抱えながら、学校に通っているんだってことがわかって少しほっとする。

 病院に通うのは特別なことではないってことを、同じ大学病院に通う人たちから教えてもらう。


「早くに経済力を持つことになると思うので、赤ちゃんの予定がある場合は相談してください」

「……特に予定はないので大丈夫です」


 時計がお昼の時刻を目指している頃、薬局で薬の受け取りを完了する。

 エコバッグいっぱいに詰められた薬の重さに溜め息を吐く。


「…………」


 平日の午前中という時刻なのに、街は大学生や専門学生。社会人の人たちで溢れ返っている。その中に、たまに恋人同士っぽい二人が混ざっているのが視界に映る。


(あの人たちは、自由に恋ができる……)


 再び、エコバックいっぱいに詰め込まれた薬を見つめる。

 何度見つめ直したところで、薬の量は減っていかない。

 お医者さんは数値が落ち着いていると言ってくれても、薬の量にはほとんど変化がない。


「あっ! やばっ!」

「取ってこーい」


 大学病院から学校へと戻ってくると、午前の授業に出席してもいないのにお昼の時刻を迎えていた。

 部活をやっていたり、外でお昼を食べていたり、それぞれの昼休みを過ごしている。


(好きなことを楽しむ……か)


 玄関に向かう途中で、サッカーボールが足元へと転がってくる。


「橋本さん?」

「あ……」


 サッカーボールを拾いに来たのは泉くんのお友達の小木下くん。

 見た目でエコバッグの中身は分からないと判断して、私はエコバッグを隠すことなく平然と小木下くんと向き合った。


「この間は、大変失礼いたしました」


 通行人の邪魔にならないように校舎側へと身を寄せて、小木下くんは私に謝罪の言葉を述べた。


「そんな、私なんて、まだ無名ですから気にしなくても……」


 小木下くんは器用にグラウンドに向かって、サッカーボールを蹴り飛ばした。

 それを受け取った小木下くんのお友達も、また凄いと思う。


「凄いですね……」

「ボールを上手く蹴れても、声優業界で名前を覚えてはもらえませんけどね」


 苦笑いをしながらも、小木下くんは悲観することなく明るい声を私に向けてくれる。


「今日の知り合いは、明日の他人ですからね」

「その言い方うまいっ! 主役も脇役もモブキャラクターも、全員が揃わないと作品は成立しないはずなんですけどね」

「役名がない人にも優しくしてもらいたいですね」

「ですよねー」


 モブキャラクターの声を担当しているから、適当にあしらわれているわけではない。

 モブキャラクターの声を担当しているから、印象に残る云々の前に声の芝居(収録)は終わってしまう。


「モブキャラクターで印象を残してしまったら……」

「それはもうモブじゃない」

「それはもうモブじゃない」


 小木下くんの言葉に続く言葉。

 一言一句違えることなく、私たちの言葉は重なった。


「ははっ、声、重なった」


 声だけは前を向いているはずなのに、私たちが浮かべている笑顔だけは偽物。

 互いが作り笑いをしているってばれてしまっていて、どちらも役者失格って怒られてしまうかもしれない。


「夏都とは、養成所で同期だったんです」

「でも、所属している事務所が違いますよね……?」

「夏都と出会ったのが一つ目の養成所で、事務所に所属が決まったのは二つ目の養成所なんです」


 声優を育成するための養成機関は半年で課程を修了するところもあれば、年単位で終了するところもある。

 小木下くんは早めに結果がでる養成所に通って、声優として活躍するためのチャンスを掴んだということを知らされる。


「声変わり、大丈夫でした?」

「俺と夏都は声変わり早かったんで」


 小木下くんと泉くんの関係は、私と七春ちゃんとよく似ていた。

 声優を育成するための機関に通ったところで、誰もが声優になれるわけじゃない。 

 声優になることができるのは、同じ養成機関に通った人の中から数人程度。

 そこから声の仕事で食べていくことができる人は、一人いるかいないかってくらいのもの。


「運悪く巡り合ったっていうか……」


 小木下くんの思い出には、事務所に所属が決まった泉くんが祝福されたときのことが。

 私の思い出には、事務所に所属が決まった七春ちゃんが祝福されたときのことが映し出されている。

 素直に喜ぶことはできなくても、同い年の活躍には拍手を送ってしまう。


「もう言葉にできないくらい高みに行っちゃって……」

「同期の出世は、嬉しいですよね」


 小木下くんは、複雑そうな笑みを浮かべて肯定を示してくれる。


「……それなのに、なんでこんなに複雑な気持ちになっちゃうんでしょうね」


 そして、私の心に渦巻いていた感情を小木下くんが言葉にしてくれた。


友哉(ともや)様が熱愛かー……」

「ななちゃんと共演多かったもんねー」

「相手がななちゃんなら、ここは祝福しないと……!」

「推しの幸せはファンの幸せ」


 横を通り過ぎた女子高生たちが、週刊誌に掲載された七春ちゃんと南さんの話題をしているのが耳に入る。

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