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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第2章「青春を知らなかった少女」
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第3話「二度目の告白」

「おーい、悪い、遅くなって」


 飲み物を買ってきた小木下くんが、空き教室へと戻ってきた。


「もっと遅くなっても良かったのに」

「さっきは失礼なこと言っちゃって、申し訳ございませんでした」


 お茶が入ったペットボトルを小木下くんから手渡される。


「おまえの分も」

「ありがと……」

「ありがとうございました!」


 泉くんからの、二度目の告白。

 恥ずかしさのあまり、私は泉くんの顔をほとんど見れずに空き教室から立ち去ってしまった。


「はぁー……」


 漏れ出る溜め息を拾ってくる人はいない。

 留年をしたという事情はクラスにも知れ渡っていて、年上の私に積極的に声をかけてくる人はほとんどいない。

 私が近づくなオーラを出していると言われればそれまでだけど、留年してからの交友関係に進捗というものはない。


(せっかくの高校生活なのに、高校生らしくない……)


 高校生としての経験を積んで芝居に活かすべきなのに、高校生らしい生活を送っていない自分に再び溜め息が溢れ出てくる。


(青春を送らなくても、仕事はできるけど……)


 何度溜め息を吐こうとも、仕事を終えた人間は早くスタジオを出なければいけない。

 次に控えている人たちにスタジオを譲らなければならず、次から次へと浮かび上がる思考を消し去りながら帰り支度を整える。


「橋本さん、甘い物好き? 嫌い?」


 私が吐き出した溜め息に気づいたのか、それとも偶然なのか。

 クラスメイトの女の子が声をかけてくれるという、待ち望んでいた展開を迎えることになった。


「好きです……」

「よし! 行こう、食べ放題」

「え……」


 私にケーキバイキングを勧めに現れたクラスメイトの苗字はなんだったっけと思い出す暇もなく、私は初めて年下のクラスメイトたちと一緒に放課後を過ごすことになった。


(夏都くん、今日はお仕事ないんだ)


 遠くから、夏都くんの綺麗な声が聞こえてくる。

 クラスメイトが私を誘ってくれた理由は、人数が多ければ多いほど値引き率が上がるというお店側のサービスを利用したいからということ。

 別のクラスの夏都くんも、たまたまお店に誘われることになったらしい。


(交友関係、広いな……)


 ケーキバイキングのお店に来たはいいけれど、私はみんなの会話に混ざることもなく聞き手に回る。

 聞く側になるのは意外と心地よくて、そのおかげ離れた席にいる夏都くんの声もよく聞こえてくる。


(これが、青春……)


 どんな理由があったにしても、ケーキバイキングに誘われたのは事実。

 これを青春の糧にしようと意気込みながら、初めて女子高生らしい放課後を満喫する。


(青春を、難しく考えすぎたのかも)


 夏都くんに目を向けると、いろんなクラスの人たちと楽しく会話をしている。

 これが芝居に繋がるかどうかは夏都くん次第だけど、今しか楽しむことができない一瞬一瞬を大切にしている様子が夏都くんから伝わってくる。


(思ってたより、簡単なことだったんだ……)


 高校生らしく青春を楽しむことの大切さに、ようやく気づく。


(この機会を、どう利用するべきなのか……)


 甘い物を食べ過ぎたのか、テーブルに突っ伏したままの泉くんに水を持ってこようと立ち上がる。

 その間に、このあと何から話をすればいいのか頭の中を整理する。


「橋本さん……」


 苦しい気持ちを吐露したい泉くんの気持ちが伝わってくるけど、同級生のみんなが楽しんでいる空気を彼は壊したくないのかもしれない。

 彼の気遣いに気づいたからこそ、私が心配している様子が大袈裟に伝わらないように気をつける。


「甘い物、結構、食べていたみたいなので……」

「好きです! 甘いものは好きなんですけど……」


 夏都くんの隣に座る男子高生が、おまえは食べすぎだというツッコミを入れる。


「お水、どうぞ」

「ありがとうございます」


 泉くんの甘ったるい声には聞き慣れているけれど、改めて意識すると泉くんの声の破壊力は半端ない。

 彼の声を聞くだけで、今までに感じたことのない緊張が体に襲いかかる。


「楽しすぎて、調子に乗っちゃいました……」

「分かります。私も、すっごく楽しいです」


 泉くんに水の入ったコップを差し出すけど、彼はその水を口にしてくれない。

 彼は、私と言葉を交わすことを選んでくれる。


「ちゃんと飲んでください」

「んー、やっぱりもっと食べたい……!」


 身を乗り出して、自分はまだまだ食べられるということをアピールしてくる泉くん。

 自分の苦しさよりも、周囲の空気をどうにかする方が彼にとっては優先事項ということらしい。


「とりあえず、お水を飲んで落ち着きましょう」


 同い年を演じるって、難しいなと思った。

 泉くんが素であることは間違いないけど、私は完全に泉くんのお母さんみたいになってしまっている。

 いくら私が普通に接したところで、彼の高校生らしさには敵わないということ。


「橋本さん、楽しんでくれてます?」


 自分の中にある気持ちを、どう言葉にすれば泉くんに伝わるのか。

 どんな言葉なら、泉くんに信じてもらえるのか。

 その答えは、泉くんしか知らないってことが凄く悔しい。


「楽しいです。高校生の放課後って感じで」


 悔しいって思うからこそ、泉くんのことをもっと知りたくなる。

 泉くんのことを知りたい。泉くんのことをもっと教えてほしい。

 生まれてくる本物の気持ちを、私は彼に伝えていく。


「よし、もっと食べましょう!」

「気持ちはありがたいですけど、泉くんは自重してください」

「ありがとうございます。橋本さんの気持ち、すっごく嬉しいから食べます」

「泉くん!」


 ありがとうという言葉をくれるのに。

 凄く嬉しいという言葉をくれたのに。

 夏都くんの言葉には敵わないって気持ちが働いてしまう。

 でも、その敵わないって感情に絶望感はない。むしろ、わくわくしてくる。

 その敵わないって感覚に、心臓がドキドキしているのがわかる。


「橋本さん」


 場の空気が変わった。

 泉くんの呼びかけが、場の空気を変えたのが分かる。


(……凄いな、本当に)


 泉くんと同じ収録スタジオで仕事をしたとき、私がどれだけ泉くんに苦しめられたことか。その苦しさを体感すると同時に、泉くんの生き方と表現力に私が惚れ惚れとしていたことを彼は知らない。


「橋本さんの気持ち、すっごく嬉しいです」


 ここで、私の気持ちを肯定してくれる夏都くん。

 なんてできた人なんだって、感嘆の声を上げたくなる。

 タイミングよく私の心を覗き込んでくれる夏都くんへの感謝の気持ちが高まりすぎて、早く、早く、自分の声で言葉を発したいと思ってしまった。

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