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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第2章「青春を知らなかった少女」
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第1話「少女マンガ的なシチュエーション」

『ずっと前から、橋本さんのことを想っていました』


 同級生が暮らす家を訪れて、彼が生活をしている部屋で告白。

 なんて夢みたいな、少女マンガ的なシチュエーションだって思った。


『好きです』


 けど、そういうのが起きてもいいのは、少女マンガの世界だけ。

 現実を生きる私を喜ばせる言葉なんて、彼には知らないままでいてほしかった。


「はぁ」


 空き教室で、お昼ご飯。

 ほとんどの人たちは自分のクラスでご飯を食べるのに、私は毎日場所を変えてお昼を食べる場所を探している。


(同じ学年でも、みんなは年下……)


 空き教室には私だけでなく、何人かの知らない生徒たちが集まって、それぞれのお昼休みを過ごしている。

 そこには学年問わず、同じ教室でご飯を食べるっていう光景が広がっている。

 年齢で線引きをしている自分が、馬鹿みたいに思えてくる。


(この世界には、日向で生きていく人と)


 コンビニで買ってきたサンドイッチを口に運ぶ。

 でも、その味を共有し合う友達は向かい側にも隣にも座っていない。


(日陰で生きていく人がいる……はずだった)


 机の上には、書店で購入した七春(ななは)ちゃんが表紙の雑誌が置いてある。

 昼休みに読もうと思って学校へ持ってきたけれど、その雑誌を捲る手は完全に活動停止中。


(モブキャラクターみたいな私の……)


 うるさすぎず、静かすぎることもない。

 ちょうどいい空気感の空き教室では、私のように俯きがちの人もいる。

 私とは正反対に、楽しそうにお昼休みの時間を楽しんでいる人たちもいる。


(どこを好きになってくれたんだろう……)


 告白されたあとの流れが、また微妙なものだった。


『一方的に告白しておいてあれですけど……返事はいらないです』


 そう彼は言葉にしたけど、返事がいらない自己満足な告白に私は聞こえなかった。


『俺たちの共通って言ったら、同業者ってことと、通っている学校が同じことと……』


 泉くんが、自己満足で告白してくるような人に思えなかった。


『名前に季節が入っていることくらいですよね……』


 泉くんの何を知っているわけでもないけど、泉くんが告白を投げっぱなしするような人には見えない。


『これから橋本さんに好きになってもらえるように努力するので、そのときに返事をください』


 そのときって、いつですか。

 そのときって、本当に来ますか。

 そのときが訪れる頃には、私以外の人を好きになっていませんか。


(泉くんのことは知ってた)


 サンドイッチが包装されていたビニールなどのゴミをまとめていく。

 手を動かす。

 指を曲げて、伸ばしてを繰り返す。


(苗字だけじゃなくて名前も……)


 とあるアニメを観ていたときに、エンディング画面に表示された出演者の名前に私は注目した。


『あ……』


 学生三役を務めていた泉夏都という名前に、惹かれた。


(夏って漢字が名前にある声優さん……けど読めない……)


 観ていたアニメ画面を閉じて、泉夏都の読み方を検索した。


(いずみなつ……夏都(なつ)くん……)


 そんな過去があるからこそ、私は泉くんのことを認識していた。

 収録スタジオで、出入り口の扉を押さえるのに手を貸してくれたのが泉くんだってことは、ちゃんと認識してた。


(でも、言えなかった……)


 鞄から、服用しているカプセルタイプの薬を二錠取り出す。

 ふと廊下に目を向けると、泉くんとクラスメイトの男の子が空き教室を訪れているのが目に入った。


(逃げる必要はないけど……)


 急いで空き教室を去ろうとした私は、飲もうとしていた薬を床に落としてしまう。

 薬を拾おうとしたところを、私は泉くんに見つかってしまう。


「橋本さん」

「おはようございます……」


 薬を拾うことができず、私は薬を拾うことを一旦諦めて平生を装った。


「橋本さん、今、お昼だよ」

「あ……仕事の癖で……」


 収録スタジオで会う彼も、高校の校舎で会う彼も制服姿で、出会う場所は違っているはずなのに、彼はいつだって高校の制服を通して新鮮な輝きを与えてくれる。


「えっと……あれですよね? 同じクラスの留年してる……」


 夏都くんの隣にいる一度も喋ったことのないクラスメイトが、私の名前を思い出そうと頭を捻る。

「|KUGA promotionクガプロモーション所属の橋本冬優(はしもとふゆ)さん」

「っ、すみません! 同業者の方にめっちゃ失礼な……」


 クラスメイトを助けるために、私の名前を紹介してくれた泉くんに感謝。

 私の名前を思い出す時間すらもったいないと思っていたから、凄く助かった。


「同業者ってことは……」

LRighets(エルライツ)所属の小木下拓未(おぎしたたくみ)です」


 夏都くんは爽やかな印象を与える黒髪が印象に残るけど、小木下くんは正反対の自分を着飾るための茶色に染めた髪色が特徴だった。


「橋本冬優です、よろしくお願いいたします」

「声優って、意外とメジャーな職業だったんですね」


 この高校に、三人もの現役声優がいたことに驚かされた。

 驚いているのは私だけでなく、小木下くんも一緒になって驚いた。


「芸能活動が許可されている学校だからかもしれませんね」

「ああ、いろんな職業の人がいるんですね」


 芸能界で仕事をすることが許可されている高校ということもあって、声優って職業だけでなく、アイドル活動をやっている人や唄やダンスを中心に活動している人。

 俳優さんも見かけることがあって、芸能職をやっている高校生が特別珍しい高校というわけではない。

 それでも、声優として仕事をしている三人が同時に集ったことに驚きは隠せない。


「今日は教室以外の場所で、昼飯食おうって話になって……」


 これといって関わりのなかった小木下くんとの会話に戸惑っていることに気づいたのか、夏都くんは私たちの間に言葉を挟んでくれた。


「私は、もう食べ終わったので良かったら使ってください」


 足元に落ちている薬を、どうやって回収しようか。

 いい案が何も浮かばないけど、場所を探している泉くんたちに席を譲らないわけにもいかない。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 コンビニで買ってきた食べ物の類を、机の上に置く小木下くん。


「飲み物買ってくるわ」

「俺も……」

「新入生じゃないんだから一人で十分」


 泉くんを私の元に残して、小木下くんは飲み物を買うために空き教室を出て行った。

 小木下くんの姿が見えなくなって、私は椅子に座るように泉くんを促した。


「めちゃくちゃ気まずいですよね……」


 泉くんの口から、ぽろりと寂しそうな言葉が零れる。


「ね、驚きました。同じ職業の人に会えるなんて……」

「告白したあとに、橋本さんと二人きりになるとは思ってもみなくて……」


 気まずいという言葉の意味を勘違いした私。

 私は、同業者が集って気まずい。

 泉くんは、告白をしたあとの気まずさを感じていた。


「あの……泉くんに、お願いがあって……」


 泉くんに告白されたんだってことを思い出す。

 あのときの声と言葉が、本物だと信じたかったのかもしれない。

 頼りたいと思った。

 彼を、頼ってもいいのかなって甘えが生まれた。

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