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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第6章「私たちの未来に名前をつけるなら」
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第4話「過去があったから」

 大学病院は先生も看護師さんも薬剤師さんも受付の方も親切な方ばかりで、地獄の整形外科クリニックに通っていた私にとっては天国のような場所だった。


(ここに通えば、関節リウマチを治すことができる……)


 関節リウマチを患ってから、初めての希望が生まれた。

 でも、大学病院に通う大勢の患者さん。

 会社や学校に向かう街行く人々を目にして、私は何度も何度も思った。


(あ、変な歩き方をしているのは私だけだ)


 大学病院に通っているのなら、私より大きな病と戦っている方はいるはず。必ずいるはず。でも、どうしても自分の歩き方を比較してしまっていた。

 私だけが、足を引きずりながら歩いていることに。


「大丈夫ですか!」


 大学病院で診察を待っていると、高齢の方が転倒されたのを目撃した。

 周囲にいた人たちは真っ先に駆けつけることができたのに、私は全身に及ぶ痛みが酷くて手を差し伸べることすらできなかった。


「無事で良かったですね」

「良かった、よかった」


 体の関節すべてに痛みが及んでいるなら仕方がないよって言ってくれる人もいるかもしれないけど、私もみなさんと一緒に高齢者を助けたかった。

 目の前で転倒している人がいるのに、その人を無視しているかのようで辛かった。 

 人を助けることができなかったことが、凄く悔しかった。


(人を助けられるようになりたい……)


 私が特に悩んだ関節の痛みは膝。

 膝が腫れるという表現は伝わりづらいかもしれませんが、膝の腫れが引かないイコール痛みも引かない。

 ほかの関節は良くなっているのに、膝の痛みだけはしつこい。

 関節すべてが痛むということは、椅子に座るときも椅子から立ち上がるときも膝の関節が痛むということ。


(もう、立ちたくも座りたくもない……)


 すべてが、億劫。

 でも、椅子に座ってばかりはいられない。

 椅子から立ち上がろうとした、そのとき。

 待ち望んでいた展開が訪れた。

 立ち上がるときの痛みが軽減していると気づいた瞬間。

 喜んで、次の通院時に担当医に報告。


「そろそろ次の治療を考える時期に来ているので……」

「でも、確実に良くなっていますから!」


 本当にギリギリのところまで、高額な治療を引き延ばしてもらえた。

 ギリギリのラインを見極めてくださったおかげで、痛みの引いた私は引き続きメトトレキサートでの治療を継続することが決まった。

 なんとか自分の貯えだけで、治療を進めることができそうだった。


(ストレスは溜めない、ストレスになるようなことはしない)


 アルバイトと高校と、声優の仕事と養成所に通うというスケジュールが直接的なストレスだったのかは分からない。

 神様が休みなさい的な意味合いで、私に関節リウマチを授けたのかもしれない。


「ん……」


 そんな分からないと、かもしれないっていう言葉の狭間に囲まれている心地よさと心地悪さの両方を感じながら、私は目覚まし時計の音で目を覚ました。


「よしっ、指、ちゃんと曲がる」


 関節リウマチの症状が最も酷かったときは、指を曲げたくても関節が炎症を起こして曲げることができなかった。

 真っすぐなままの指に涙したこともあったけど、今は自分が思う通りに、願う通りに、指を曲げることができる。


(指が曲がることは、当たり前のことじゃない)


 自分の足に力を入れて、布団から抜け出す。

 この一連の動作だって、私には奇跡のようなもの。

 自分の足で、立つことができないときがあった。

 周囲に置かれている家具に縋っても、立つことが難しいときがあった。

 でも、症状が落ち着いた今なら立ち上がることができる。


「おはよう」


 関節リウマチを、ただの関節痛と言っていた家族。

 私は、関節リウマチの恐ろしさや大変さを伝えることができなかった。

 けど、家族がくれた言葉のおかげで、関節リウマチのことを伝えるために言葉にしていきたいと思うようになった。


(家族に優しくされてばかりいたら、きっと手を差し伸べてもらえない恐怖には気づくことができなかったから)


 今までの人生を通して、手を差し伸べてもらえない恐怖を知っていたつもりだった。

 でも、病気を患うことで、手を差し伸べてもらえない恐怖を改めて知った。

 痛みに気づいてもらえないことは、私にとって生き辛いことだと気づかされた。

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