表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第6章「私たちの未来に名前をつけるなら」
PR
30/33

第2話「成長」

「一緒に進むことができるって、心強いですね」


 夏都くんにとっては心強さの欠片も感じていないかもしれないけど、私は彼と一緒に同じ悩みを抱えられることを嬉しいと思った。


「もう、収録前に、なんて告白すんですか……」


 温もりを感じる何かが、私の頭を掠った。

 夏都くんが、ほんの一瞬だけ私の頭を撫でてくれた。


「飽きられないように、これからも頑張っていきます」


 夏都くんが残していった、飽きなければって言葉。


(私は、ほんの少し怖いと思ったよ)


 つい最近まで、たいして親しくもなかった彼。

 そんな彼と言葉を交わした日の空は眩しいとすら思えたのに、今はどんよりとした色を纏った雲が心を落としに襲いかかってくる。

 空の色が変わるのも、雲が流れるのも当たり前のことなのに、その当たり前が訪れることを少し怖いと思った。


(飽きられない自分になるって、凄く大変なことだから)


 高校の同級生や、養成所の同期に、未来が不安ですと伝えることができたら、夏都くんも少しは楽に生きられたかもしれない。

 でも、それができなかったから、夏都くんは自分の中に不安を閉じ込めたのだと気づいた。


(夏都くんだって、周囲になんでもかんでも相談できているわけじゃない)


 彼の多くの味方がいるのは事実だけど、彼はまだ一人でも多くの味方を探している最中でもある。


(でも、夏都くん、ちゃんと笑ってる)


 勝手に、泉夏都っていう理想を作り上げた私が悪かった。

 勝手に、孤独とは無縁だって思い込んで、ごめんなさい。

 勝手に、理想像を作り上げてしまって、ごめんなさい。

 勝手な理想を描いてしまって、本当に本当にごめんなさい。

 心の中で、夏都くんへの謝罪を繰り返す。


(直接言葉にすると、彼を困らせてしまうから)


 だから、心の中で、ちゃんと彼に謝る。


(このまま、置いていかれるだけなんて……)


 嫌だと思った私は、手にぎゅっと力を込める。


(私を幸せにしてくれた夏都くんには、これでもかってくらい幸せになってほしい)


 嘘じゃない。

 見栄を張っているとか、良い子を装いたいからとか、そういうことじゃない。

 周囲にいる人たちだけでなく、未来に出会う人たちまで幸せにできるような芝居を目指している夏都くんを、心から格好いいと思っているから。


「泉、いい芝居できるようになってきたな」

「高校を卒業したら、もっと芝居に費やす時間が長くなりますからね」


 この世に生を受けたのだから、生きていくことは当たり前のことに思われがち。

 だけど、この世界に産まれて来たってことは、物凄く幸せな奇跡が起きたってことだと思う。

 生まれてきてくれただけでも大きな奇跡すぎるのに、こうして私と夏都くんとが縁を結ぶことになるなんて……奇跡以上のことが起きているような気さえしてくる。


「橋本も、デビューのときと比べると成長が感じられるよ」

「そんな風におっしゃってもらえると、あの、その、泣きそうになります……」

「収録はこれからなんだから、泣くなよー。声に支障が出ても知らないからな」


 夏都くんと出会うことは必然だったとか、そんな運命じみた話をするつもりはない。けど、それだけ彼との出会いは、自分にとって深い縁へと繋がった。


「橋本さん、今日の音響監督は機嫌が良さそうですね」

「泉ー、聞こえてるからなー」

「え、俺、立花(たちばな)監督の悪口、何も言ってないですよ!」


 人懐っこい声。

 そして、人から好かれるような甘い声。

 夏都くんは、狡い。

 そんなことを思ってしまう優しい声色で、私は自分の苗字を呼ばれた。


「今日も頑張ります! 頑張って頑張って頑張って、また監督と一緒に仕事します!」


 見上げた彼の表情には、優しい笑顔が戻っていた。

 私は、また彼の太陽のように眩しい笑顔に再会できた。


(私も、また起用してもらえるような芝居を残したい)


 どんなときも笑顔を絶やすことがなくて、どんなときも挫けない。

 頑張り屋の夏都くんのことを、私は嫌っていたんじゃない。

 多分、きっと、ずっと尊敬していたのだと思う。


「褒めたのは事実だけど、収録はこれからだぞー」

「よろしくお願いします!」


 彼は、笑っていた。

 満面の笑み。

 それは彼の強がりから生まれた笑顔かもしれない。

 他人に心配をかけないようにと、必死だったかもしれない。

 そんな努力を積み重ねたおかげで、夏都くんは笑顔を魅せることの天才へと変わっていったのかもしれない。


(凄いな)


 辛い想いを抱えてきた人だから、強くいられるなんて言葉を耳にしたことがある。

 人間が強くいるためには、辛い経験が必要だなんて残酷すぎるって思った。

 夏都くんの人生が辛いものだったかは分からないけれど、辛いという感情しか残らないような人生は送ってほしくない。


(私も、夏都くんみたいに強くいられるようになりたい)


 私の人生、不幸せばかりではなかった。

 楽しいことも幸せなこともいっぱいあった人生だったけど、これだけは思う。


(ほんの少し、ほんの少しだけど、最近は呼吸がし辛い人生だと思ってた)


 夏都くんの笑顔を真似てみる。

 でも、笑顔を作り込んでいた自分にとっては違和感だらけ。


(多分、私は変な笑い方をしているんだろうなー……)


 夏都くんは、私と縁を交える予定のなかった人。

 けれど、夏都くんは私に大きな影響を与えてくれた。

 だから私は、夏都くんのような強さを持つ笑顔を作れるようになりたいと思った。


(誰からも相手にされないって、悲劇のヒロインぶるのは楽)


 でも、実際に悲劇のヒロインになるって難しい。

 かまってちゃんを演じるって、かなりの勇気がいる。

 だって、悲劇のヒロインになることで失くすものはある。

 上辺だけの付き合いも人生経験上必要な関係性だとしても、私は上辺だけの付き合い以上の関係を見つけていきたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ