第7話「絶対はないけど、絶対と叫びたい」
「俺たちに課せられたハードル、高すぎますね」
必要としてもらえるような存在になりたい。
それは声優業界に限らず、誰しもがそんな想いと葛藤しながら生きているのかもしれない。
私は夏都くんよりも年上だけど、そんな湧き上がる願いの叶え方を知らない。
「なので、やっぱり、こう愚痴を溢すことのできる存在って、偉大ですね」
大切な夏都くんの優しい瞳は、寂しそうな瞳のまま。
夏都くんが、そんな瞳をする必要はどこにもない。
それなのに、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。
「夏都くんは、かっこつけすぎです」
「え、俺、怒られてま……」
手を伸ばす。
手を伸ばして、夏都くんの頭を優しすぎる力でそっと撫でていく。
「頼ることは、悪でもなんでもないですよ」
子どもっぽいからやめてくれって、抵抗されるかもしれない。
そんな心配はあったけど、夏都くんは私の手を拒絶しなかった。
「……学校ではできなかったので」
学校でも、弱音を吐いてくれた夏都くんの頭を撫でたいと思っていた。
夏都くんを子ども扱いしているとか、そういうことじゃない。
(頑張ってって、伝えたいから)
自分の手には、なんの熱も籠っていないかもしれない。
それでも、伝えたい。
自分の手は、夏都くんを支えるためにあるってことを伝えてみたいと思った。
だから、私は夏都くんに手を伸ばした。
「……叶え、たい……」
「夏都くん?」
風邪を移さないようにマスクをつけている夏都くんの表情は、ほとんど見ることができない。
夏都くんの右腕で眼を覆われてしまったら、私は夏都くんの表情を確認することができなくなってしまう。
「俺、夢を叶える力を手に入れたい……」
どうか、彼が泣いていませんようにと祈りを込める。
私を守る必要がなくなった、無防備な夏都くんの左手をぎゅっと自分の両手で包み込む。
「叶います」
これから夏都くんと、いっぱいの夢を見たい。
これから夏都くんと、たくさんの夢を掴みにいきたい。
「絶対って言葉は使ったらダメみたいですけど、絶対に叶います」
世の中には、思っていたよりも人の気持ちを上手く汲み取ってくれる人が多くいる。
「だって、私が好きになった夏都くんですから」
私の心の声は、夏都くんには聞かれていないはずなのに。
それなのに、夏都くんは心の中にいる私とも話をしてくれる。
心と心が話し合ったところで、言葉を交わし合うことはできない。
それなのに、夏都くんは私と向き合うことをやめてくれない。
どんなことを言ったって、どんなことをしたって、夏都くんは私のことを守ってくれる。私のことを励ましてくれる。私のことを、受け入れてくれる。
「あの、冬優さん」
夏都くんが右腕を下ろして、瞳を曝け出す。
部屋の中に少し視線をさ迷わせて、私のところへ視線を定めてくれる。
「そういう大切なことは、俺の目を見て言ってほしいんですけど……」
「夏都くんにも、逃げたいときがあるかなーと思ったので」
「いや、確かに目を覆っていたのは自分ですけど! なんでそういうときに不意に言葉をくれるんですか」
夏都くんのことが、好きです。
私限定で、私にだけ向けてくれる、この笑顔が大好きです。
「元気を出してほしかったので」
「冬優さん、もう一回」
ここで、よくあるような展開が訪れた。
「ただいまー、もう寝る! 死んでも起こさないで……」
夏都くんの、従妹様がご帰宅。
「なんで、こんなタイミングで帰ってくるかな!?」
「って、彼女は連れ込むなって言って……」
「あ、同じ高校に通っている橋本冬優と申します」
自宅に帰ってくるのに、ドアをノックする必要はない。
従妹さんが自分の住んでいるマンションで寛ぐために帰ってきたのであって、私は急いで帰り支度を整える。
「夏都くん、熱があるみたいなので」
「え、本気で面倒なんだけど……」
「従妹なんだから、面倒見てよ!」
従妹さんが、夏都くんに冷たい目線を向ける。
でも、さりげなく従妹さんが私に向けてくれた視線は、とても優しいものだった。
あ、夏都くんの従妹さんなんだってことが一目で分かってしまうほど優しい瞳だった。
「稼ぎあるんだから、さっさと出てけって」
「って、俺が出て行ったら、こんな立地のいいとこ住めないから!」
私と夏都くんの従妹さんは夏都くんの知らないところで、一緒になって視線を交えて口角を上げた。
(夏都くん、いい人に囲まれてるんだね)
夏都くんの家族のことは知らないけれど、少なくとも従妹さんは優しい人だと思った。
夏都くんを育ててくれて、ありがとうございます。
そんなお礼の言葉が出てきてしまうほど、私たちは視線を交えるだけで意気投合していく。
「橋本さん、こいつの風邪が治ったら、また来てやって」
「って、さっき彼女は連れ込むなって……」
「だって、彼女じゃないんでしょ?」
「うっ……」
お礼の言葉なんて、あとでいくらでも言える。
夏都くんが突然消えてしまうとか、そんな世界の話ではないから、言葉を伝えるのなんていつでもできる。
(だけど、伝えられるときに、感謝の気持ちを言葉にしたい)
泉夏都くんという年下でもあり後輩でもある声優さんに頑張る力をもらっているだけじゃなくて、私は多くの人たちに支えられている。
私の声優人生を支えてくれている、すべてのみなさんに感謝の気持ちを伝えにいきたくなるくらい私の世界にようやく希望の光が差し込み始める。
「夏都くん、また明日」
私も、日向を生きてみてもいいですか。
日陰しか知らなかった私も、陽の光を浴びに行ってもいいですか。
「冬優さん、送ります……」
「病人は寝てろ」
この場で終始、焦っているのは夏都くんだけ。
従妹さんと私は、夏都くんの反応を見て面白がっていました。
いつかは夏都くんと、そんな思い出話を紡げるようになったらいいなと。
未来に向けて、新しい夢が生まれた。




