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第6話「夢を叶えたいから」

「冬優さんは……独りで抱えすぎるので困っちゃうくらいですよ」


 私の頬を撫でる手が引っ込んで、仰向けの夏都くんは天井へと視線を向ける。

 それは、私と視界を交えたくないってことでもあるのかもしれない。

 けど、そうされたらされたで、私の意思は夏都くんを捕まえたいって思うように働いてしまった。


「冬優さんが思っている以上に、俺は冬優さんのことが大切ですから」


 私が夏都くんの視界に入ろうと視線を向けると、夏都くんは目を閉じて眠り姫のようなポーズをしてしまう。

 ただ眠ったフリをしているだけの夏都くんなのに、その眠る姿すら綺麗だと思ってしまう。

 王子が白雪姫に一目惚れした気持ちが、今なら分かってしまうかもしれない。


「ただの、スタジオですれ違うだけの関係だったんですけどね」

「きっと私たち、すれ違って終わってましたね」

「そう思います。寂しいですけど」


 そこで、瞳をパチッと開いた夏都くん。

 大きな瞳に、捕らえられた。

 逃げられないとも思ったけれど、逃げたくないとも思った私は夏都くんに体を預ける。


「扉を押さえる役目……担って良かったなって」

「本当に思ってくれてます?」

「思ってます。夏都くんの気を引くことができたので」

「冬優さんから、嬉しい言葉もらっちゃいました」


 ソファから落ちないとは思うけど、落ちるのが怖くて夏都くんにしがみ付く。


「共演しているのは事実なのに、覚えてもらえないって寂しいですね」

「夏都くんも、寂しいって思うんですか」


 夏都くんと、視線が交わる。

 いつもの優しい夏都くんが、こんなにも近くにいることに安堵の気持ちを抱える。

 でも、私の心をいつも温めてくれる夏都くんが、寂しい気持ちを抱えているってことには心が辛くなってくる。


「仕事が入れば入るほど、この気持ちから解放されるのかなーとか思ってましたけど」


 いつだって夏都くんは、私の心を支えてくれる。

 大事なときに私の背中を押してくれる大切な年下で、大切な後輩ポジションでいてくれた。


「いつだって不安ですね」


 私は年上として、先輩として、彼のために何ができるのか。

 考えるのはいつだって夏都くんの幸せのことなのに、そこから先の答えを私は見つけることができていない。


「夏都くん」


 ベッドの上ならまだしも、二人が寝そべるほどの余裕のないソファで夏都くんに負担をかけるわけにはいかない。そう思って体を起こそうと、夏都くんの名前を呼ぶ。


「あ、冬優さんが勝手に離れてく」

「夏都くんは病人ですよ」


 起こした体を夏都くんから背けて、私は夏都くんが過ごしている部屋の天井を仰ぎ見た。

 こうすればベッドで横になっている夏都くんは視界に入ってこなくなって、私は自分の心を落ち着けることができるようになる。


「一生、苦しいままなのかもしれませんね」

「えー、一生は辛いですって」

「ただでさえ仕事が多い夏都くんが不安なんですよ? きっと、ずっと、不安なんだと思います。名前を、存在を記憶してもらえるかどうかって」


 首の角度を少し変えるだけで、夏都くんの優しい瞳と再会することはできる。

 夏都くんが、どんな表情で言葉を投げているのか確認できる。でも、そんな勇気も湧いてこない。


(私はまだ、寛解(かんかい)してないから)


 症状が落ち着いて、安定した状態のことを指す寛解。

 夏都くんを幸せにしたい気持ちと、自分の身体のことを考えて、気持ちがごちゃごちゃになり始めた頃。

 私は夏都くんに服の袖を引っ張られる。

 思い切りとして力ではなく、私のことを呼んでいるかのように優しく引っ張ってくる夏都くん。

 せっかく夏都くんの瞳から逃げ出したのに、これじゃあまた私は夏都くんに捕まってしまう。


「欲しいものを手に入れるって、大変ですよね」


 夏都くんの方を振り向くと、夏都くんはそんな言葉を私に向けて伝えてくる。

 夏都くんの瞳は、私のことを見守ってくれる優しい瞳のままだった。

 それが凄く嬉しいと感じるけれど、こんなにも近い距離にいてくれる夏都くんに対しての寂しさは消えない。


「……頑張ったところで、手に入らないものもありますからね」

「俺たちが生きる業界に限らず、ですけどねー」

「頑張った人たち全員に、ご褒美が欲しいです」

「わっかります」


 需要と供給があるからこそ、世界は成り立つ。

 需要のないものの名前や、需要のないものの存在なんて、記憶にも留めてもらえない。

 夏都くんには需要が生まれ始めているのに、その夏都くんですら声優業界で苦労を背負い込んでいる。


「事務所に入れただけでも奇跡なのに……」

「もっと、もっと、私たちの名前を覚えてくれーってなっちゃいますよね」

「そうなんですよ! 覚えてもらえなかったら、俺たち食べていけなくなるんです!」


 声優と目指していた頃は、これが声で芝居するってことなんだって毎日がきらきらとしていた。

 もちろん養成所時代に苦労がなかったわけじゃないけど、声の芝居にだけ集中できていた日々は幸せだった。

 お金を払えば、声の芝居について学ぶことができる。需要と供給を気にしないで、声の芝居に熱中できた日々は幸せだった。


「必要とされたい、です」

「私も同じですよ、夏都くんと同じです」


 だけど、事務所に所属してからの私たちは必要とされなければ終わり。

 大好きな声の芝居で食べていくことを許されなくなる。


「必要とされる声優……目指します……」

「ははっ、声が弱くて頼りない感じです」

「笑わないでください……」


 世界が広くなった今なら、フリーランスで活動していくことだって十分に可能かもしれない。

 それでも知名度のない私は、橋本冬優(はしもとふゆ)って声優を必要としてもらうために奔走しなければいけない。

 橋本冬優って声優に、信頼ってものを積み上げていかなきゃいけない。

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