第5話「高鳴る」
「美味しいですね」
考えごとのし過ぎで、顔が険しくなってしまったかもしれない。
目の前にいる人が、そんな怪訝そうな顔をしていたら、美味しい料理も美味しく感じられない。
「お口に合っているようで、良かったです」
私を好きになってくれた夏都くんは、あまりにも優しすぎる人。
お礼を言うばかりの毎日になってしまいそうなほど、私は夏都くんに気を遣ってもらっている。
「今日は、本っっっ当にありがとうございました」
「早く良くなるといいですね」
従妹さんと暮らしているマンションに長居をするわけにもいかない。
私は夏都くんの手が届かなそうな身の回りの世話が終わり次第、家に帰る支度を整え始める。
ほとんど従妹さんは帰ってこないらしいけど、従妹さんに心配をかけないためにも早めに退出しようと思った。
「あー、冬優さんと二人きりの時間が終わるー……」
「学校でも会えますよ」
「クラスが違うじゃないですか」
何かが起きるわけではないし、何も起こすつもりもないけれど、まだ私は夏都くんに告白もできていない。
そんな人間が夏都くんの看病をするなんて、あまり快くは思ってくれないはず。
「クラスが違うってだけで、俺の心は寂しいんですよ」
夏都くんからの見送りを拒否して、夏都くんをソファに寝かせる。
本当はベッドで休んでほしいけど、私が帰るまで夏都くんはソファから移動するつもりはない。
夏都くんは私がマンションから出るまで、最後の最後まで見送ってくれる人だって気づくようになってしまった。
(本当に優しい)
どんなに私が不機嫌になろうと、夏都くんは私のことを受け入れてくれるのかもしれない。
そんな甘えが恥ずかしくもあって、そんな優しさに応えられるだけの人間になりたいと強く思う。
「私は十分、夏都くんに甘えさせてもらっているので」
玄関に向けていた視線を、夏都くんが体を休めているソファへと向ける。
「その寂しさ、埋めれるだけの人間……目指します」
人一人が寝転がっても余裕のある大きなソファで、凝り固まった体を伸ばしていた夏都くんの動きを止めてしまった。
「では、また学校で……」
「冬優さん」
「はい」
物凄く恥ずかしい発言をしていることに気づいた私は、返事をしておきながら思いっきり視線を逸らして玄関へと足の向きを変える。
「こっち、来てもらえませんか」
恐る恐る、まるで挙動不審のように振り返る。
そこに待っていたのは両手を広げて、私をソファーに誘い込む夏都くん。
「来てください」
「さっきまでマスクつけてなかったじゃないですか……」
「それは食事中だったので」
あれこれと理由をつけて、夏都くんのことを拒否しようとする。
嫌いだから拒絶しているのではなく、夏都くんには体を休めてもらいたい。
そう伝えたいのに、その気持ちは肝心の夏都くんには届かない。
私が夏都くんに甘えたい証拠なのか、煮詰まった考えをほぐしてくれる新しいきっかけがほしいのか……。
「……お邪魔します」
さすがに夏都くんの腕に飛び込むなんてことができるわけなく、私はソファの近くまで戻ってくるくらいのことしかできない。
寂しさを埋めたいと宣言しておきながら、夏都くんと目を合わせることができないなんて格好悪い。
それでも、私が勇気を出すことのできる精いっぱいの距離まで夏都くんに近づく。
「失礼します」
「え」
自分の身に何が起きてしまったのか。
頭が起こった出来事を確認できるようになる頃には、私は夏都くんの体温に包まれていた。
「夏都くん……」
言葉通り、夏都くんに抱き締められる。
こんな風に人恋しそうに体温を分け与えてくれると、こっちの気持ちがどんどんと揺らいでいく。
「俺の寂しいって気持ち、消えていきますね」
まるで私を逃がさないとでも言うように、回す腕の力を強めて私のことを抱き締めてくる夏都くん。
「……夏都くん」
「すみません、苦しかった……」
「心臓の音、ドキドキしてますね」
「……当然ですよ。俺は年下で後輩でも、男なんですから」
夏都くんの、心臓の音が聞こえる。
ただ、それだけのこと。
それなのに、私の心臓まで苦しくなってくるような気がして何も言えなくなってしまった。
このまま、おとなしく夏都くんの熱に溶かされてしまいたい。
流れに身を任せようと思った瞬間、夏都くんは私のことをゆっくりと開放していく。
「夏都、くん……」
夏都くんの腕から解放された私は、夏都くんに腕を引かれる。
「ちょっ」
「さすがに二人で寝るには無理があるかー…‥」
夏都くんの上に馬乗り……にはなっていないけど、夏都くんの体の上に乗っかるような体勢になってしまった。
私たちはソファに寝転がって、ソファの上で向かい合わせになる。
そして、お互い逃げ場をなくして、互いの瞳を見つめ合う。
「……冬優さん。まつ毛、長いですね」
夏都くんの温かさを感じられなくなることに、寂しさのようなものを感じてしまったのがいけなかったのかもしれない。
私の寂しいに気づいた夏都くんは、私のことをソファの上で抱き締め直す。
「冬優さん、ちゃんと食べてます?」
「あ、体重……軽いですか……?」
「そんな気がします」
「……体調が良くなってからは、ちゃんと食べれてます」
病気が一番酷かったときは、箸も持つことができなくなった。
食べる量が減った。大好きな物も口にしたくなくなってしまった。
十キロくらい体重を落としてしまって、このまま食べ物を口にできなくなって死んじゃうのかなと思った時もある。
「……やっぱ、寂しいですね」
「でも、さすがに今日は帰ります……」
「冬優さんが苦しんでいたときの気持ち、想像することしかできないので」
夏都くんの右腕がすっと伸びてきて、私の左頬に優しく触れてくる。
夏都くんの左腕は、私をソファから落とさないように守ってくれている。
くすぐったいような、恥ずかしいような、とにかくこの場から逃げ出したくなるような気持ちが生まれてくるのに、夏都くんに守られたいという願いも同時に生まれてしまう。
「ありがとう……」
「冬優さ……」
「ありがとう……ありがとう……ありがとう……」
壊れてしまった玩具のように、同じ言葉を繰り返すことしかできない。
本当は心配かけて、ごめんなさいと返したい。
でも、ごめんって言葉を返したところで、夏都くんは喜んでくれない。




