第4話「誰かと一緒に食べる食事」
(……起こしていいのかな)
そもそも、夏都くんが寝ているかどうかすら分からない。
夏都くんに近づけば、寝息を立てているかどうかで判断を下すことができる。
だけど、その夏都くんに近づくという行為自体が私には難関だった。
(まるで不審者……)
何か悪さをしようとしているわけではないのに、どうしてこんなにも心臓が激しく音を立ててしまうのか。
早く声をかけなければ、せっかく作ったお昼ご飯も冷めてしまう。
(でも、本当に寝てるんだったら、寝かせておいた方がいいのかもしれない)
実際、体調が優れていないのは本当。
何が正解で、何が不正解か。
人と接していくって、こういうことなんだなってことを改めて考えさせられる。
声優として仕事をさせてもらってはいるものの、夏都くんとの接し方と仕事とはまったくの別物のような気がしてならない。
(とりあえず、起きているかどうか確認するだけだから……)
別に、やましいことをしようとしているわけじゃない。
私は夏都くんに用があって、近づこうとしているだけ。
そう自分に言い聞かせて正当化しようとしているけど、思考の裏側くらいのところで、セクハラ行為として訴えられたらどうしようという妄想を繰り広げている自分もいる。
(よし!)
呼吸を落ち着かせながら、夏都くんとの距離を縮めていく。
顔を伏せてしまっている夏都くんの様子を探るのは至難の業だけど、一方的に彼の名前を呼んでびっくりさせてしまうよりはいいはず……と思って、忍び足で近づく。
(大切な人が、目の前にいる……)
何かしようなんて、思わない。
弱みを握って後輩声優を潰そうとか、そういうことでもない。
それを良い人ぶっているとか言う人もいるかもしれないけど、それならそれでいい。
私は、これから大切な人になっていく夏都くんを助けたい。
ただ、それだけ。
それ以上のことは、望まない。
「……冬優さん?」
「あ、起こしてしまいましたか」
「平気です……」
私が夏都くんの寝息を確認する前に、私の存在は夏都くんに気づかれてしまった。
「お昼ご飯ができたんですけど、食べられますか?」
「……うん、食べたいです……」
なんとなく視線が定まっていないような気がするのは、やはり夏都くんは眠っていたということかもしれない。寝起きで意識が、はっきりしていない気がする。
「時期的に早いと言われたら申し訳ないんですけど……」
「うどん?」
「消化に良くて、野菜もちゃんと食べられるので、これが最適かなと思いまして……」
誰かに手作り料理を食べさせるなんて経験、生まれて初めてだった。
実家では母親が作ってくれていた料理を食べることが専門で、自分できる範囲は調理実習でやった程度のもの。
(食べてもらう友達も親友も、今の私には存在しないから)
そんな初めての経験を夏都くんで済まそうとするなんて、それはそれで心臓が痛くなってくる。
「夏都くん、嫌いな野菜とか……大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます、大丈夫です」
夏都くんは体調が良くないせいか、口数が少ない。
その少ない言葉数の中で、私は夏都くんの気持ちを察しなければいけない。
難易度の高いコミュニケーションばかりが問われて、夏都くんと一緒に暮らす生活が始まる頃に私の心臓は粉々に砕けてしまうかもしれない。
こんな緊張感が続く生活、私にはハードルが高すぎるかもしれない。
「美味しいです」
いやいや。
ただ、うどんと季節の野菜を煮ただけです。
ただそれだけのことで美味しいと言ってもらえるなんて、夏都くんは弱っているときでさえ私のことを気遣ってくれる。
(美味しいかどうかは判断できないけど、不味くはないはず……)
もっと料理を勉強しておくべきだったという後悔が先走ったところで、自由に体を動かすことができた日々に戻ることはできない。
「冬優さん、顔が強張ってます」
「人に、ご飯を食べてもらう機会なんてないと思って緊張してます……」
「ははっ」
まだ、誰かと一緒に暮らしていくなんてことは考えられない。
でも、一緒に食べるご飯を美味しいって感じてもらえるようにはなりたい。
「美味しいですよ」
「……ありがとうございます」
優しすぎる夏都くんのことだから、お世辞ってこともあるかもしれない。
本音かお世辞か判断することはできないけど、そのさりげない気遣いが食卓の空気を和らげてくれるからありがたいと思う。
(箸が止まらないってことは、口にできるものを提供できてるのかな……?)
さっきから、浮かぶ疑問を一人で片づけるという時間が続いていた。
何かを問いかければ夏都くんは答えてくれると思うけど、それはやっぱり社交辞令の一環になってしまう。
(自分の向かい側に、人がいる……)
考えては食べて、考えては食べての繰り返し。
たまに言葉を交わし合って、また食べて。
会話ではなく、目の前に人がいるから言葉を交わす。
それらは夏都くんと過ごす昼休みの光景と変わりがないはずなのに、いつもの昼休みのように夏都くんは私の隣にいない。向かい側に夏都くんがいるっていう新鮮さと、手料理を振る舞うことへの緊張で心臓が可笑しくなりそうだった。
「夏都くんは、先輩たちと食事に行ったことありますよね」
「数えられる程度ですけど」
私たちはプロの声優として仕事をさせてもらっているといっても、私は先輩声優やスタッフさんとご飯に行ったことはない。
夏都くんは誰かと打ち合わせをしたり、打ち上げの際に誰かが自分の向かいに座って食事することが頻繁にあるということ。
「……緊張、しますね」
誰かと向かい合って食事をするなんて経験がないからこそ、未来に待っているかもしれない当たり前が更なる緊張を招く。
「友達がいなかったもので……」
留年しているから、友達がいないなんて言い訳。
年下の子たちに気を遣っているから、友達がいないっていうのも言い訳。
こんな寂しい人生になるなんて、高校に入学したばかりの私は想像もしていなかったと思う。
「これから、冬優さんと一緒に食事する人が増えていくといいですね」
今を生きている私は、仕事漬けの日々を送っています。
過去の私に向かって、そんなメッセージを飛ばすことは可能なのか。
「とても……とても……とても、そう思います」
「ね」
病気に苦しんだ時間もあったけど、過去の私に好きなことを仕事にできているって素晴らしい報告をしてみたい。




