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第3話「大丈夫の魔法」

「……今日も、大丈夫。夏都くんは、自分一人でなんとしようとしたんですね」

「結局は、いつもそうなっちゃうっていうか」


 面倒な人間って思われたくない。

 相手に嫌われたくないって想いが、自分を一人行動へと追いやってしまう。

 誰しもが、そういう考えなのかは分からない。

 でも、夏都くんと思っていることが同じだと思った。


「夏都くん」


 夏都くんが体を休めているソファへと近づく。


「あ、微熱だったんで、お構いなく……」

「早く良くなりますように」


 夏都くんの、いつもよりほんの少し高い温度の手を握る。

 祈るような恰好が恥ずかしいような気もするけど、ここは聖女役を射止めたと思って乗り切りたい。


「聖女様みたいですね」

「実は、夏都くんと同じこと思ってました」


 口角を上げることすら厳しいはずなのに、夏都くんは私を安心させるための笑顔を浮かべてくれた。


「少しは、顔色が良くなってくれるといい……」

「冬優さん」


 夏都くんの手を解放としたタイミングを見計らって、夏都くんは私の手を握り返した。

 夏都くんの手を解放するどころの話ではなく、私は夏都くんから逃げられなくなってしまう。


「一緒に住んでも住んでなくても、頼ってくださいね」

「……夏都くんも、ですよ」

「うっ」

「私たち、他人に頼ることができない同士みたいなので」


 手が、熱い。

 身体の温度も、高まっていく。

 でも、夏都くんの手を離したくない。


「ちゃんと言葉にしないと、みたいです」

「うわー……すっごく難しそうだなー……」

「私も人のことは言えないですけど、そこができないと一緒には暮らせなさそうですね」

「早く大人にはなりたくても、大人になるって難しいですね……」


 互いのことを考えながら行動しているつもりでも、いつの間にか気遣う余裕がなくなってしまうかもしれない。


「一緒に、頑張りましょう」

「そうですよね! まだ高校生って立場を利用して甘える練習していくぞー」

「今日は、ゆっくり休んでくださいね」

「了解です」


 夏都くんが風邪を引いたとき、私が傍にいたら心強かったと思えるように。

 万が一、私の病が悪化してしまったとき、夏都くんが傍にいてくれて良かったと思えるように。


(夏都くんの心と体が弱っているときに、私が手を差し伸べたい)


 お互いが傍にいたときに、何よりも安心できるような存在になっていきたい。


(私のせいで、夏都くんの人生駄目にしたくない……)


 甘えと、頼ると、気遣い。

 それらの言葉と、それらの実践は酷く難しい。

 でも、私たちはお互いのペースで、ゆっくりでいいから、それらの言葉を自分の経験で学んでいかないといけないと思った。


「冬優さん……」


 響きのあった夏都くんの声が、ほんの少し弱くなる。


「冬優さんのせいで、俺の人生駄目になるわけがない……ですから」


 夏都くんの瞼が下がっていく。

 ほぼ寝言に近いのかもしれない。


(こんなときまで、心の中を読まないでください)


 心を読む力なんてあるわけがないけど、風邪を引いて一番に自分を優先しなきゃいけないときに私と考えていることが同じにならなくていいのにと思ってしまう。


「ありがとうございます、夏都くん」


 何度も、お礼の言葉を言っても足りない。

 それだけ夏都くんは、私の人生を変え始めている。

 私の人生は、夏都くんに支えられ始めている。


(病気になったときとは比べ物にならないくらい幸せなのは、夏都くんのおかげ)


 変化が訪れた高校生活を楽しいって思えるようになったのは、泉夏都くんのおかげだから。


「ゆっくり休んでくださいね」

「……そうさせてもらいます」


 夏都くんの意識は、どこまで正常に働いているのか。

 ときどき言葉をちゃんと返してくれるから、話しかけない方が夏都くんの負担にならないかもしれない。

 そう思った私は名残惜し気に夏都くんの手を、ブランケットの中で温めてもらう。


(大人の人たちに混ざって仕事するって、相当な負担だよね)


 それに気づくのが遅すぎて、夏都くんが抱えている不安を察することができなかった。

 人気声優の階段を上り始めている彼だからこそ、抱えている不安があるってことに気づくことができなかった。

 人気声優には不安も迷いもないものだと思い込んで、それが夏都くんの負担になっていることに気づかなかった。


(こんな風に、夏都くんをソファで休ませることくらいしかできないのかな……)


 誰だって疲労を感じていたら、体を休めるために行動する。

 休むことを禁じられていない限りは、誰だって自由に休むことができる。

 夏都くんの体を休ませることしかできない自分の歯痒さを抱え込む。


(消化にいいもの作らなきゃ)


 夕飯ができるまで、ちょっと休ませてと言って夏都くんは瞳を伏せてしまった。

 あまりにタイミングよく言葉をくれるから、本当に寝ているかまでは分からない。

 けど、気を遣って料理をしなければいけないっていうプレッシャーがあることに変わりはない。


(静けさの中で料理をするって、なかなかない……)


 夏都くんを、起こさないように。

 眠っているかは分からないけど、夏都くんの意識を覚醒させないように。

 とにかく気を遣った。

 キッチンで作業をする音だけが部屋中に響くのは当たり前だけど、その些細な音を鳴らすのが本当に申し訳なかった。


(出来上がった料理の味が、正直よく分からない……)


 人は緊張しすぎると、正確な判断ができなくなるらしいってことも学んだ。

 やっぱり人と関わることって大事なんだなーと脳裏で考えつつ、私は次の段階に入らなければいけない。

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