第5話「子どもから大人へ」
「夏都くんの不安、分けてください」
一瞬だけ、目を丸くした夏都くん。
でも、すぐに柔らかな笑みが戻ってきて、私も一緒に口角を上げる。
(留年したから、私は夏都くんと同じ学年になれた……か)
お昼ご飯を食べ終わって、それぞれ授業へと向かう。
たとえクラスは違っても、私が授業をしている一方で夏都くんは別の授業を受けているということ。私たちは同業者でもあり、同学年でもあるということ。
(まったく接点なんてなかったのに……)
小学生の頃に、担任の先生は私の朗読を褒めてくれた。
もしかするとクラスで一番上手いんじゃないかって、人生で初めての自惚れが生まれた。
それが声優を目指すきっかけではあったけど、声の芝居で食べていく自信があったかというと……それはまた別の話だと思った。
(不思議……)
幼い頃からずっと、いま以上に自信が欠如している自覚はある。
人は、どうやって自信をつけていくことができるのか。
人から肯定されることが少なかったり、人から褒められた経験がほとんどないような人間は、いつまでも自分を認めてあげることができないのか。
「あの、すみません」
クラスメイトに話しかけるときですら、こんな話し方。
私は留年をしているから、同じクラスには二歳年下の子たちが集まっている。
年下の子たちに気を遣わせないためにも、こういう話し方はやめた方がいいって分かってる。
もっと気軽に話しかけた方が、年下の子たちも私という人間を受け入れてくれるかもしれない。
「ペンケース、知りませんか」
「橋本さんのペンケースって、どんなのでしたっけ」
話しかけた三人組の女の子は、私が橋本って苗字だってことを知ってくれていた。
私が二歳年上だから有名なのかもしれないし、彼女たち二とってクラスメイトの名前を覚えるのは当然のことなのかもしれない。
「あ、今日は移動教室ありましたよね」
「あ……」
「科学室に音楽室、あとは英語がクラス別授業なので」
「ありがとうございます、探してきます」
二年前に同じクラスだった人たちは、もうとっくに高校を卒業している。
私と接してくれていた人たちは元気でやっているのかと問いかけても、その答えを返してくれる人はいない。
(連絡、途絶えちゃったからな……)
病気の症状が重かったときは指の痛みがあまりにも大きくて、ペン一本すら持つことができなかった。
スマホを片手にメッセージを送ることもできなくなってしまって、日に日に悪化していく身体はクラスメイトへの連絡を途絶えさせてしまった。
(面倒だよね、病気を患った友達なんて)
そこまで人に嫌われるような生き方をした記憶はない。
記憶がないだけで、実際には人を傷つけまくっている可能性もある。
けれど、率先して人に危害を加えてきたつもりはなかった。
だから、高校一年のときのクラスメイトとは、これからもずっと縁が続いていくと思っていた。
でも、実際に今の私を気にかけてくれる人はいなくなった。
気を遣う相手と付き合うのは、面倒だということを学んだ瞬間でもあった。
「夕陽って、こんなに綺麗だったっけ」
窓から差し込む太陽光は廊下を橙色に染めていく様子に青春らしさを感じるけど、その青春を共にする相手はいない。
自分の青春は自分で彩るしかないことに気づいて、私はなくしてしまったペンケースを探しに校舎をさ迷う。
(みんな……自分のことで、いっぱいいっぱいのはずなのに)
過去のクラスメイトと夏都くんを比較するのは申し訳ないけれど、夏都くんは他人に気を遣いすぎている気がする。
本気で家族になる覚悟があるのならともかく、まだ高校生の年齢で他人の人生を背負い込もうとするなんて彼には重すぎる。
私のせいで彼が生き辛くなってしまうなんて、私は望んでいない。
(夏都くんには、夏都くんの夢を叶えてもらうのが先……!)
クラスメイトの指摘通り、移動教室の際に忘れていったペンケースを発見する。
校舎に差し込んでくる夕陽を見つめることも、こうやって校舎でペンケースを探すのも、高校を卒業したら経験できなくなってしまう。
たった一人で青春を形成していたことを寂しいと思っていたけど、気の持ちようで世界が変わるってことに気づかされた。
「ありがとうございました」
高校での授業を終え、所属している事務所で台本を受け取った。
事務所の外に出たタイミングで、夕陽が沈みかける瞬間に遭遇した。
もうすぐで日が落ちるこの瞬間に立ち合ってしまって、高校の校舎で見た夕陽と重なり合って心の中は荒波を立ててくる。
(子どもから、大人になるって……怖いな)
人生が変わる瞬間というのは、ある日突然訪れるもの。
ただそれだけのことだったけれど、私にとってはそう簡単に忘れることのできない思い出となっていく。
(切り替え、切り替え……)
仕事をいただいているのは、ありがたいこと。
でも、仕事があるからといって、声優として食べていけることを保証してもらえるわけではない。
(私以外にも、仕事をもらっている人たちは大勢いる)
一回一回の仕事を大切に。
分かっている。
分かっている。
理解している。
でも、頭で理解してても、未来に繋がる仕事ができているかというと自信はない。
(こうしてる間にも、何かしらの収録は進んでいるんだよね)
レッスンを終え、ビルの出入り口までやってくる。
すると、段ボールを何箱か乗せた台車を押す女性の姿が目に入った。




