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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第4章「誰もが、闘っている」
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第4話「卒業に向かう」

「お互いに、もっともっと成長しないと……ですから」


 高校を卒業してから夏都くんと一緒に住み始めたら、私は完全に夏都くんのお荷物になる。

 病気が悪化した日のことも怖い。仕事量に差が出すぎて、経済的な負担を強いることも怖い。

 夏都くんに嫌われるかもしれないすべての要素に怯えていて、私は一緒に暮らすという提案に乗ることができなかった。


「ちゃんと、冬優さんを守れるようになりたい……」

「私も、夏都くんを支えたいです」


 夏都くんを落ち込ませている原因になっているのが自分だと自覚があるからこそ、私は夏都くんの元気を取り戻したいと思った。

 落ち込まないでほしいと気持ちを込めて、夏都くんの顔を覗き込みながら彼の背中を優しく擦る。


「そのためにも、頑張るための時間をください」


 病気を患ったときに、私の時間は止まってしまった。

 当時は同期で同い年の七春ちゃんに追いつきたくて、なんとか事務所に推してもらえるように奮起した。でも、その努力も気持ちも止まってしまった。


「俺も……もっとたくさんの仕事を取りにいきます。俺の名前、覚えてもらいたいので」


 私の時間は、ようやく動き始めた。

 二度と動くはずのなかった時間が奇跡を起こして、再び時計の針を進めてくれた。

 だから、自分のためにも、私を好きになってくれた夏都くんのためにも、もっともっと頑張ってみたい。


「お互い……謝り合うのは、これで最後にしましょう」

「夏都くん。気遣ってくれて、ありがとうございます」

「確かに謝罪じゃないですけど、なんか意味合い的に似てません?」

「私は、お礼を言っただけですよ」

「あー、冬優さん、めちゃくちゃ狡い……」


 私は夏都くんを視界に入れて、夏都くんは私を視界に入れて、言葉を交わすことができている。

 いつもの日常が戻ってきたことを確認し合うと、私たちはお昼ご飯の片付けを始める。


「夏都くん」


 午後の授業を頑張るためにお腹を満たした私たちは、一緒に立ち上がる。


「人って、優しくされると泣いてしまう生き物みたいですよ」

「え? 冬優さん? えっと、泣かないでください!」

「泣きませんよ、成人してますから」


 なんとかして夏都くんに感謝の気持ちを伝えようと、いろいろと試行錯誤しながら言葉を紡いでいく。

 ごめんなさい以外の言葉で、夏都くんの気持ちはとても嬉しいってことを伝える。 

 それは当たり前にできなきゃいけないことなのに、今の私にはとても難しい。


(でも、いつかはきっと……)


 いつか、なんて遠い未来を描いているうちに、私と夏都くんの未来は違えてしまうかもしれない。

 それでも、患っている病気が悪さをしていない今だからこそ、私は大きく夢を見て生きたいと思った。


「今年で卒業なんですよね」


 教室に向かう途中の廊下を歩きながら、夏都くんはぽつりと呟いた。


「あ、まだ卒業できるかは決まってないですけど」


 廊下の賑やかさを感じられるのも、今年が最後。

 午後の授業が嫌だとか、午後の授業のへの面倒くささを感じられるのも、今年が最後。

 つい最近まで、廊下を歩くのは一人だったなとか。

 夏都くんと出会うことができて、一緒に廊下を歩いてくれる人ができたっていう喜びが、いつかは思い出になっていく。


「夏都くん、進学ですか?」

「進まない予定です。声優の仕事だけで食べていきたいなと」

「私たち、考え方まで一緒ですね」

「冬優さんも、なんですね」

「はい」


 将来が不安定な職業に就いているからこそ、ちゃんと大学に進学して勉強しておくべきかもしれない。

 大学での経験を芝居に活かせるかもしれないなんてことを、私も夏都くんも頭の中で描いたとは思う。

 けど、私たちは、その描いた未来を選ばなかった同士でもあるらしい。


「周囲と違う道に進むって、結構不安なものだなって思いました」

「でも、こんなに身近なところで、不安を共有できる方と出会うことができて、俺は凄く心強いですよ」


 夏都くんに、伝えたい言葉がある。


「その不安、話してくださいね」


 その言葉を口にしてもいいのか分からなくて、その言葉はいつも私の喉の奥底へと引っ込んでしまう。


「男はかっこつけなきゃいけないなんて、古いですよ」

「えー、そこはかっこつけたんですけど」

「甘えてください、夏都くん」


 夏都くんと、こうした穏やかな時間を過ごす日々にも限りがある。

 永遠の別れとか、そういう意味の限りではなく。

 私たちは数か月後に、卒業を迎えるから。

 私たちが無事に高校を卒業できたら、毎日一緒にいるという時間は終わりを告げることになるから。


「冬優さん……自分は狡いって自覚ありますか」

「……若干」


 どんなことを言われたって、夏都くんは笑って生きていくのかもしれない。

 自分の気持ちを誤魔化しながら生きているとも言える生き方だけど、夏都くんのような生き方ができれば場の空気を乱すことには繋がらない。


「ははっ、若干でも自覚があるなら許します」


 でも、夏都くんには、そんな生き方をしてほしくない。

 同業者を代表して、そんなことを思う。


「でも……本当に、甘えて欲しいのは本当で……」

「ありがとうございます」

「私には、まだ力が足りていないですけど……でも」

「冬優さんの、そんなたどたどしい喋り、初めてですね」


 夏都くんが、楽しそうに笑ってくれる。

 そんな彼の笑顔を守りたいと思っているのに、人生そんな容易くできていないから困ってしまう。


(言いたいことは山のようにあるけど……)


 それらの感情は、言葉になってくれない。

 恥ずべきとか思うけど、今の私は夏都くんの名前を呼ぶことしかできない。


「夏都くん」


 夏都くんが、こんなにも楽しそうに笑ってくれることが嬉しい。

 こうして夏都くんが笑ってくれるだけで、大きな幸福を感じる。

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