第3話「仲間」
「俺は、なんでもできる超人じゃない……」
「夏都、歪んでる」
「これが歪みたくもなるんだって!」
今までの人生で、男女のグループでお昼ご飯を食べるという経験がなかった。
でも、夏都くんたちの世代になると、性別を気にしている方が可笑しいんじゃないかってくらい、私は夏都くんと小木下くんたちと一緒にお昼を食べるという流れに溶け込んでしまっている。
そんなに年齢差はないと思っていても、夏都くんたちと私の高校生活は既に違っているんだってことを実感させられる。
「養成所で特待生扱いされたって、将来的に食べていかなきゃダメなんだって!」
夏都くんが現在ご立腹なのは、陰でこそこそ言っている先輩たちがいるってことについて。
声優業界といっても、大きく分けると芸能界であることに変わりはない。
妬み嫉みは日常茶飯事で、現役高校生で次々に主演級の役を射止めている夏都くんは格好の標的となってしまっているらしい。
(私も、夏都くんを完璧な人だと思ってたかも……)
もちろん、いじめに発展するほど先輩声優も幼稚ではない。
あくまで陰で、妬み嫉みをばら撒いているってことらしい。
(でも、夏都くんにも夏都くんらしさがあるって知ることができた)
年上の女性に好意を抱いてくれる年下の彼は優しさの塊でできているんじゃないかってくらい、欠点を何ひとつ見つけることができなかった。
でも、なんでも話せる仲の小木下くんが食事の場にいることで、夏都くんの年齢らしさのようなものを感じることができて嬉しい。
話の内容は、嬉しさの欠片も何もないものだけれど。
「俺たちが目指している職業は、一生が勉強なんだから……いつ何がどうなるかわかんない。俺だって、一年後には廃業してるかもしれないのに……」
小木下くんと私よりも、遥かに多くの仕事をこなしている夏都くん。
更に、高校を卒業したあとにも控えているお仕事の数が多くて、私と小木下くんは返す言葉が見つからなくて顔を見合わせる。
(だけど、夏都くんが不安を独りで抱えてしまうのも嫌……)
夏都くんが愚痴を溢す相手に私たちを選んでくれたのなら、夏都くんのどんな言葉でも受け入れられるようになりたい。
「おまえが廃業すんなら、俺にはもう未来がないって」
「ごめん……」
「だーから、謝るところじゃないんだって。ね、橋本さん」
小木下くんは夏都くんを励ますために、肩をぱんと叩く。
私は小木下くんの言葉に頷く。
それでも夏都くんの元気は、なかなか戻ってきてくれない。
「じゃ、俺、サッカー行ってくる」
「え!?」
もう昼休みの時間もわずかなのに、小木下くんがサッカーに向かうわけがなかった。
きっと私たちに気を遣ってくれたのだと分かると、私に残された使命があまりにも大きくて気合いを入れ直す。
「やっぱ、愚痴なんて聞きたくないですよね……」
「大好きな人の愚痴なら、誰でも大歓迎だと思います」
私は、夏都くんと出会ったばかり。
私より早くに夏都くんと出会った小木下くんや遊川さんは、私の知らない夏都くんをたくさん知っている。
「本気で夏都くんの愚痴が嫌なら、そもそも夏都くんとお昼を食べないと思いますよ」
それは当たり前のことで、私がどう努力をしたって覆ることはない。
過去に戻ることもできなければ、過去を消すことだってできないから。
(……もっと早く出会いたかったな)
夏都くんと過ごした時間が多い人が登場するだけで、私は一気に不利な状況に立たされてしまう。
そんなことを考えるだけで、心の中がモヤモヤとした感情で覆われていく。
「私も嫌じゃないから、夏都くんとご飯を食べているんですよ」
自分の感情をモヤモヤって表現してみたけど、実際はモヤモヤどころの話じゃないかもしれない。
心は埋めようのない嫉妬心ってもので埋め尽くされている。
「……ありがとうございます」
「むしろ私たちに話をしてくれて、ありがとうございます」
自分の弱音を曝け出すのは、本当に怖い。
嫌われてしまうんじゃないかって不安を拭うことができないのに、自分を守っていた緊張の糸が切れてしまって自分の弱いところがぽろぽろと零れてきてしまう。
「夏都くんが愚痴を溢す相手に選ばれて、凄く嬉しいです」
明るい未来を語りたいけれど、それができないのが芸能職に就く側の定め。
毎日が就職活動の連続で、明日食べる物に困ったり、明日住むところに困ってしまうなんて事態が待っているのが芸能職。
「愚痴を聞いたところで、何もできないところが悔しいですけど……」
そんな窮地に立たされる可能性を考えてはいるけど、私たちは声の芝居に魅了されてしまった同士。声の芝居で食べていく以外の道を見つけることができない。
「でも、夏都くんの気持ち、受け入れることならできると思うので」
自分の声が、夏都くんから注目されているのを感じる。
自分に自信を持つことができない性格だけど、声を発することだけには自信を持ちたい。
「頼ってくださいね」
しっかりとした芯を持った声で、私を大切に想ってくれている夏都くんを支えたい。
私の声を聞き逃さないでいてくれる、夏都くんのために声を届け続けたい。
「私たちも教室に戻りましょう……」
夏都くんの人差し指が、私の唇を塞ぐ。
それ以上、言葉を紡がないようにと夏都くんが気持ちを送ってくる。
「夏都くん、顔、真っ赤です」
「口、動かさないでください! 指で押さえてるのに!」
私でも、夏都くんを照れさせることができるんだって自惚れた。
「本当、もう、なんでかな……」
夏都くんの指が離れていく。
「稼いでるってのは本当のことなのに、なんで大人になれないかな……」
夏都くんが言っている大人という言葉には、経済的な自立という意味以外のことも含まれている。
「……ごめんなさい。一緒に住む話を断って」
「冬優さんは、何も悪くないです」
一緒に住みませんか。
私は、夏都くんが送ってくれた優しさをお断りした。




