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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第4章「誰もが、闘っている」
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第2話「夢に命を懸ける」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様でーす」


 感染症対策ということもあって、収録スタジオで同時に収録できる人数は限られている。

 感染症が流行する前は共演者全員で収録ということもあったらしいけど、今では少人数が集まって収録を行うかたちが主流。

 新人はセリフ数が少ないことから同じグループに組まれることが多くて、先輩の芝居から学ぶ機会が激減した私たちは一回一回の収録が命がけ。


「主人公が新人声優なんて滅多にないのになー……」

「強すぎんだよなー……」


 スタジオを出て行った男の人たちは収録慣れしているように見えたけど、同じ新人声優という立場の夏都くんの存在は脅威に感じているということらしい。


(夏都くん、お仕事決まったのかな……)


 最後にスタジオを出るという定番を終え、私はスマホで夏都くんの情報を検索した。

 異能物の人気少年マンガの主人公を演じるのが夏都くんというニュースが目に飛び込んできた。


(凄い……私なんて、そもそもオーディションの話すらなかった人気作品……)


 声優という職業に就いている人たち全員が、作品に出演するためのオーディションを受けられるというわけではない。

 マネージャーさんが推した数名。

 マネージャーさんが、この人は受かるって目利きに選ばれた人たちだけが、オーディションに参加する権利を得ることができる。


(あ)


 人気少年マンガのキャスト決定のニュースの下の方に、人気ライトノベルのキャスト決定の情報を見つけた。

 主演は夏都くんではなかったけど、見出しのところに夏都くんの名前があるってことに凄さを感じた。


(このラノベのオーディション、落ちちゃったな……)


 人気少年マンガのオーディションは、そもそもオーディションに参加する権利を得られなかった。

 でも、この夏都くんの出演が決まったライトノベルはオーディションの権利を得ることができた。

 オーディションを受ける権利を得たにも関わらず、私は落選。


(事務所内から勝ち上がって、更に他事務所の人とも闘って……)


 芸能職は、死ぬまで就職活動が続くという言葉の意味を噛み締める。


(自分で治療費と生活費を稼げるようにならなきゃ……)


 木陰に入って、新番組のキャスト情報を検索していたときのことだった。

 入れ違いで、夏都くんがビルに向かってやって来るのが目に入る。

 夏都くんも木陰に私がいることに気づいてくれて、遠くにいても私たちは目を合わせることができた。


「お疲れ様です、泉くん」


 仕事のときは苗字で呼んでもいいと言っていたから、そこは遠慮なく甘えさせてもらった。


「このスタジオで会うのは初めてです……」


 泉くんが、勢いよく私に迫ってくる。


「泉く、どうし……」

「体調が悪いときは声をかけてください」

「え」


 まるで私に懇願するように、泉くんは深く頭を下げる。

 そして顔を上げて、また真剣な眼差しを私に向けてくれた。


「事務所の人、橋本さんの病気を知っていますよね? 家族に頼ることができないなら、思い切って赤の他人を頼って……」


 私に向けるような顔じゃないですよって言いたいけど、やっぱり彼の優しさに心が救われるのを感じる。


「元気……ですよ」

「え」

「私……顔色悪いですか? 私は健康なつもり……」


 泉くんの気遣いを受けて、家族でもこんなに心配してくれたことはなかったってことを同時に思い出す。


「違います! 違います! 橋本さんが木陰で休んでいるように見えたので……」


 手にしていたスマホを掲げ、夏都くんに画面を見せる。


「お仕事二本獲得、おめでとうございます」


 無理して、具合が悪いことを隠しているわけじゃない。

 自分は元気ですよって証明するために、私は泉くんになるべく明るい笑顔を向ける。


「あまりに凄いニュースだったので、思わず見入っていました」


 夏都くんの躍進を喜ぶ。

 すると、私の努力は実ったらしく、私の体調が良いことに安堵した夏都くんは落ち着いて深呼吸を繰り返す。


「ありがとうございます! まだまだ止まるつもりはないので」

「私も頑張ります! 負けません」


 二人で見つめ合っていると、自然と笑みが溢れだす。


「とりあえず、金ですよね。言いたくないですけど、金ですよね」

「急に現実的な話になっちゃいましたね……」

「あと数か月で高校卒業とか、怖くないですか?」

「あー……確かに」


 秋が深まる季節になってきたのに、私はまだ卒業後に一人暮らしをするかどうかを決めていない。

 一人暮らしをすれば家族から解放されるけど、病気が悪化したときに一人で生活することはできない。

 私の介助を拒んだ家族だけど、家族の力を借りなければ私は生きていけなくなってしまう。


「一人暮らししたいんですよねー」

「従妹さんとシェアハウスしてた方が楽ですよ?」

「それです! かといって、一人で暮らすってなると家賃が……」


 夏都くんとイルミネーションを見に行って、正直、夏都くんとの関係は終わってしまうものだと思っていた。

 でも、夏都くんはいつもと変わらぬ様子で私と言葉を交わしてくれる。


「冬優さんも、何かあったときのための蓄えが欲しいですよね」

「もちろんです」

「やっぱ、言いたくないですけど金ですよねー」


 本当にお金を稼ぎたいのなら、声優なんて職業は諦めてしまった方がいいのかもしれない。

 でも、諦めるという選択肢がないからこそ、私たちは生きていくために役を勝ち取っていかなければいけない。


「あと、冬優さんにとっては、お金よりも大切な使命があるんですよ」


 私は世界を救う主人公でもないのに、急に大切な使命があると言われてもピンとこない。


 頭を捻ろうとすると、私が答えを出す前に夏都くんの口が動き出す。


「自分を大切にすることです」


 夏都くんに、頭をぽんと撫でられる。


「大、切……」

「仕事と健康と自分を大切にすること。冬優さんに課せられた使命は、三つもあるんです」

「使命って……ふふっ、努力はしますけど、言い方が大袈裟です」


 夏都くんは、いつだって私の心を和ませてくれる。

 深刻な話をしているはずなのに、それすらも楽しいって感情が付いて回ってくる。


「冬優さん」

「はい」


 呼吸を整えて、笑い声を口の中へと閉じ込める。


「高校を卒業したら、俺と一緒に住みませんか」

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