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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第3章「闘うことを望んでいなくたって、世界は残酷にできている」
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第6話「未来がある」

「今日はありがとうございました」

 

 声優を育成する専門学校では、プロのカメラマンが写真を撮ってくれる機会があるというのを聞いて、それを羨ましいと思っていた。

 人を魅了するための笑顔を作り込むコツを聞いてみたかったけど、それができなかった私は役者根性で笑顔を作り込むしかない。


「夏都くんの気持ちには応えられなくて、本当にごめんなさい」


 私の病気のことは、気にしないでくださいと気持ちを込める。

 頭を下げて、夏都くんに謝罪をする。


「冬優さん」


 また、夏都くんが私の名前を呼んでくれる。

 顔を上げていいんだって合図でもあるけど、その顔を上げるっていう動作ですら今は辛い。


「確かに俺は健康体で、寝たきりの生活を送った冬優さんの苦しみは理解できないと思います」


 私の苦しみを、夏都くんには一生理解してほしくない。

 この苦しみは、ずっと知らないままでいてほしい。


「今の話を聞いて、面倒とか思う奴がいるんですか」


 その優しさと、その温かさに救われることがあるからこそ、どうか夏都くんには私から逃げてほしいと願いを託してしまう。


「残念ながら、私の家族がそうでした」


 自分の足で二階に上がることができなくなった私は、リビングに布団を敷いて、リビングで横になっていた。

 両親と弟はリビングで楽しそうに話をしながら、いつも通りの日常を送っていく。


『病なんて、気の持ちようなのにね』

『たかが関節痛なのに、姉ちゃん大袈裟すぎ』

『病院に通っていれば、すぐに良くなるよ』


 その様子を黙って見つめることしかできなかった。

 所詮は、他人事。

 たとえ家族だとしても、人の苦しみは他人事なんだって自覚した瞬間だった。

 私は家族に見つからないように、こっそり布団で涙を零した。

 高校にも通えなくなった私が声の仕事もアルバイトもできるわけがなく、貯金と睨めっこする日々が続いた。


『数値が少しずつ良くなってきましたね。これが、痛みの数値で……』


 それでも薬の効果が出てきたのか、少しずつ少しずつ関節の痛みが引いた。

 でも、痛いものは痛い。

 でも、この少しずつ引いていく痛み。

 寛解(かんかい)を目指せるのかもしれないと、ようやく希望が生まれ始めた。

 でも、その希望は、またしても打ち砕かれた。


『このまま痛みが収まらなかったら、次の治療に移りましょう』


 痛みを軽減させることが目的ではなく、痛みを止めることが目的の治療。

 痛みが止まらなければ、骨が破壊され、日常生活に大きな支障が出るようになる。


『あの、治療費のことなんだけど……』


 メトトレキサートという薬を服用して進行が止まらなかったら、次は別の治療法に進む。

 この治療法は、とても費用がかかるということで両親に相談したときのことだった。

 家族からは《《家のお金には絶対に手をつけないで》》と言われ、自分の貯蓄を切り崩して治療を続けるしか選択がなかった。


(でも、その貯蓄で、いつまで治療が継続できるの……?)


 考えるだけで、また涙がぽろぽろ雫れてきた。

 残高が無限にある口座なんて、存在するわけがない。


(どうしよう、どうしよう……)


 残高がなくなると同時に、治療を中止しなければいけない。

 働きたくても、働くことができない。

 いくら痛みが軽減し始めていても、痛いものは痛い。

 今の自分の苦しみはすべて自分が招いたことだと、また私は自分のことを責め始めた。


「血の繋がっている家族ですら、病気のことを理解してくれないのに……」

「冬優さんが苦しんでたら、なんとかしてあげたいって思う俺……馬鹿ですか」


 バス停を前にして、寂しそうな表情を浮かべる夏都くん。


「苦しみを経験したことがないから言える、理想でしかないですか」


 瞳が、涙で潤み始める私。


「冬優さんのことを考えるなら、傍で支えたいって思います」


 私の涙が零れる前に、夏都くんが人差し指で私の涙を拭い去る。


「夏都くんは……」


 病気のときの、私を知らない。

 でも、夏都くんの気持ちを否定したくない。


「っ」


 言葉を発することができない。

 そんな惨めな私ですら、優しく見守ろうとする夏都くんの視線が辛い。


「俺は、冬優さんの家族になりたいですよ」


 バス停に、乗り込む予定のバスが到着する。


「バス来ました、行ってください」


 夏都くんに何も言葉を返していないのに、バスはやって来てしまった。


「新人声優が夜遊びなんて噂が広まると、互いに損しちゃいますから」

「はい……」


 いくら成人を迎えていても、高校生が夜の街を出歩くわけにはいかない。

 バスを一本遅らせるわけにはいかず、夏都くんに背を押されるかたちで私はバスへと乗り込んだ。


(夏都くんの気持ちは理想でしかない)


 空いている座席に座って、別のバス停へと向かう夏都くんの方を振り返る。

 すると、夏都くんは私が乗り込んだバスが出発するまで、手を振って私のことを見送ってくれていた。


(理想でしかないけど)


 バスが動き出し、夏都くんの顔が見えなくなる。

 夏都くんに顔を見られることがないって分かった途端、瞳からは涙が零れだす。

 ほかの乗客に見られないように、涙をこっそり拭う。


(その理想の押しつけを、嬉しく思ってしまった)

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