第5話「病と闘う」
(今週……今週、やっとリウマチの治療を開始してもらえる)
週の始めにリウマチの診断を受けた私は、週末手前に予約を入れてもらった。
ここからは大学病院に通うことになったのですが、私の体はもう絶望的。
歩くことも厳しいのに、バスに乗って大学病院に通うなんて無理にもほどがある。
それでも大学病院で診てもらわなければ、この関節リウマチを倒すことはできない。
全身に及ぶ関節痛を引きずりながら、ぱつんぱつんに浮腫んだ足で私は大学病院に通った。
「足の腫れが引けば、足を引きずらないで歩けるようになりますからね」
関節リウマチの薬を処方され、この薬を飲み続けていれば寛解を目指すことができる。
何度も何度も言い聞かせて、この痛みが消える日を夢見た。
(薬、効いてるのかな……)
大学病院から貰った関節リウマチのパンフレットによると、早い人は数週間くらいで薬の効果が出てくるとのこと。
(早く効果が出ますように、早く効果が出ますように)
私は、ちゃんとご飯を食べることで体を支援しよう。
ちゃんと食べよう。
体のために、ちゃんと食べなきゃ。
「……ごめん、もう食べれない」
指の関節の痛みが酷くて、箸を使うことができなくなりました。
箸が使えないのなら、スプーンがあるじゃないか。フォークがあるじゃないか。
何も箸で食べることだけが食事のすべてではない。
箸を使えなくなった自分を責めるのをやめて、スプーンとフォークで食べようと意気込んだ。
でも、もう既に食べ物を掬い上げること自体が指関節の激痛へと繋がり、スプーンとフォークを使って食べる気力も湧かず。
体の関節すべてが痛くて、体が悲鳴を上げ続けるほど痛くて、とうとうご飯を食べられなくなった。
「っ、うっ……」
食べなければいけないと、理解はしている。
でも、どうしても食欲が出ない。
ほんの少し口にしただけで、お腹がいっぱい。
病気を患う前と後で体重が十キロ以上の違いが出るほど、ご飯を食べられなくなってしまった。
(薬が効くのを待つしかない……)
最初の頃は痛みを和らげる薬を処方してもらっていたけど、整形外科で処方してもらっていた痛み止めは長期間服用ができないもの。
それに加えて、飲んでも痛みが和らいだ感じもしなかったことが理由で、早々に処方を止めることになった。
「はぁ」
だんだんと痛みが進行することで、できないことが増えてきた。
できないことが増えてきたどころの話ではなく、何もできない。
自宅で、寝たきり。
そんな生活が、しばらく続いた。
(助けて……)
トイレもお風呂も困難。
でも、私は家族に《《できないことがある》》ことを理解してもらえなかった。
食事を始め、トイレもお風呂も寝ることも人の手を借りたい。
でも、家族の誰もが《《大袈裟な関節痛》》として、いつも通りの生活ができるでしょ? という視線を向けてくる。
(病は気から……)
家族を頼ることができないと気づき、何もできないという大きな痛みを抱える毎日。
あまりの痛さで、眠ることすらできない。
眠れたとしても、一時間おきに目が覚める。
症状が最も酷かったときは、横になったら二度と布団から立ち上がることができないと悟り、椅子に座って眠ることが何度もあった。
(眠いのに、寝れない……)
やっとの想いで横になったところで、ただ横になって体を休めるだけで容赦なく襲ってくる痛み。
関節を曲げないようにしているのに、関節が痛い。
寝返りなんて打てるはずもなく、深い眠りに陥ることもできない。
眠ることができない私の瞳からは、自然と涙が溢れてくる。
(どうして、もっと自分の身体を大事にしなかったんだろう……)
どうして、大学病院を紹介されるまで三か月もかかってしまったのか。
どうして、もっと早く病院を変えなかったのか。
もっと早く治療を始めていたら、生活が困難になることもなかったのではないか。
まだ何一つ夢を叶えていないのに、このまま寝たきりで人生を終える悔しさ。
(涙、止まらない……)
痛い。
痛い。
痛いよ。
何もしていないのに、体の関節すべてが痛い。
大学病院に通うこともやっとで、毎日ほぼ寝たきりの生活。
(どうして、私なの……?)
どうして私が関節リウマチを患うことになってしまったのか。
どうして、今だったのか。
やりたいことも、叶えたいことも、たくさんある、この年齢をどうして狙われたのか。
悔やんだところで、人生を戻すことはできない。
それでも、考えた。
どうして?
どうして?
どうして、って。
「痛いどころの話じゃなかったんです。あまりに痛みが酷すぎて、動くこともできないほどでした」
時計の針は止まってくれないため、高校生の私と夏都くんは自分たちが暮らしている家に帰るためにバス停へと向かった。
「仕事と学校に復帰されているってことは……」
「今は症状が落ち着いています」
「良かった」
「でも、今日が良くても、明日駄目になることがある病気らしくて……」
自分の声は次第に弱くなっていって、一気に声優らしくなくなってしまったことが悔しい。
目的のバス停が見えてきて、こんな情けない格好を夏都くんの印象に残して別れなきゃいけないってことが悔やまれる。
「症状が最悪なとき、ほぼほぼ寝たきりだったんです」
夏都くんに心配をかけないように、声の調子を取り戻すよう心がける。
「家族ですら私の介助を嫌がったので、症状が悪化したときに未来ある夏都くんに私の介助はお願いできません」
夏都くんは私をバス停まで送り届けてくれたけど、いつまでも夏都くんと話をして夏都くんを引き留めるわけにはいかない。
夏都くんを別のバス停に向かわせるため、私は最後の挨拶をしようと夏都くんと視線を交えた。




