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たとえ愛が存在しなくても、この声にだけは愛を込めて  作者: 海坂依里
第3章「闘うことを望んでいなくたって、世界は残酷にできている」
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第4話「何が、大丈夫?」

「姉ちゃん、足、引きずってない?」


 弟と外出したときのこと。


「え、何、言ってるの? ちゃんと歩いてる……」

「歩いてないよ。引きずってるって」


 弟が、何を言っているか理解できなかった。

 私は足を上げているつもりでも、第三者から見れば足を引きずりながら歩いているということ。


「…………」


 この時点で、私の右足は浮腫(むく)み始めていた。

 でも、気づかない。

 私には自覚がない。


(言われてみると、少し浮腫んでいるような……)


 その程度。

 でも、足が浮腫んでいるからこそ、歩くことに支障が出た。

 だから、足を引きずるようになってしまった。


(肩と首も痛いかも……)


 来年の春には養成所を卒業する予定だから、現役高校生の負担が一つ減る。

猛暑の夏すらも、乗り切りたい。

 ここを乗り越えることで、来年の春からの人生が上手くいくんじゃないか。

 そんな風に痛みと闘いながら、夏の毎日を過ごしていた。


「んー……」


 目覚まし時計の音が鳴り、いつもと同じ毎日を送るつもりで目を覚ます。

 新しい一日の始まりだ!

 足に力を入れて、布団から立ち上がろうとしたときのこと。


「っ」


 自分の足で、立つことができなくなった。


(膝が痛い……)


 膝が痛みを訴えて、私は自力で立ち上がることができない。

 寝室にある家具を利用して、なんとか布団から立ち上がる。


「今日、整形外科に行ってくるね……」


 午前は安静にして、午後に出発。

 そう計画していたのに、なぜか横になっていても痛みが引かない。

 横になっていても、痛みで眠ることができない。


(どうしちゃったんだろう、私の身体……)


 明らかに、接客業のアルバイトや体育の授業が原因ではない。


(でも、まだ自転車には乗れる……)


 身体のあちこちが痛みを訴え始めたけど、大好きな自転車に乗ることができるだけで、まだ正常な生活を送れる自分に安堵した。


(大丈夫、大丈夫……)


 足を引きずっているかもしれないけど、自分は足を引きずっている自覚がない。

 何度も、大丈夫と身体に言い聞かせる日々の始まりだった。


「骨に異常はないので、痛み止めを出しておきますね」


 レントゲンを撮り、診断を受け、痛み止め。

 近所の整形外科で定番の流れが終わり、家に帰宅。

 痛む箇所に湿布を貼って、痛み止めを服用。


(お医者さんなら、絶対に治してくれるよね……)


 湿布と痛み止めを頼りながらも、引かない痛み。

 それでも、ここで休んでしまったら、今年度に養成所を卒業することができない。

 身体の痛みと闘いながら、今日もアルバイトと高校と養成所と声優のお仕事を両立していた。


(ちょっと、無理しすぎちゃったかな……)


 引かない痛み。 


「痛みが引かないから、また行ってくる……」


 自転車に乗れると、安心する自分がいる。

 でも、その自転車のペダルが、だんだんと重くなっていくのを感じるようになった。


(やっぱり、体、変なのかな……)


 靴が履き辛いっていう自覚はなくても、お風呂上がりの自分の足がほんの少し浮腫(むく)んでいることに気づいた。

 でも、クリニックの先生は、これくらいの浮腫みはよくあることだから気にしなくていいと言った。


「また湿布と痛み止めを出しておきますね」


 こんなやりとりが、しばらく続いた。

 さすがに引かない痛みを不審に思って、素人なりに自分の身に何が起きているのか調べるようになった。


(多分、関節リウマチ……)


 たまたま私が通っているクリニックはリウマチに対応しているクリニックだったから、きっと先生は見抜いてくれる。

 そう信じて、関節リウマチに相応しい治療が始まるのを待った。


「湿布と痛み止めを出しておきますね」


 このやりとりを、三ヵ月ほど繰り返す。

 クリニックを変えなかった私も悪かったけど、リウマチに対応しているクリニックだと信じたかった。誤診をするわけがないと。


「この薬、長期間の服用は危険なんですよ」


 痛み止めを飲んでも、痛みが引かない日々。

 お医者さんは痛み止めを処方し続けたけれど、薬を処方してくれた薬剤師さんだけは私の身体を心配してくれた。


「でも、そうですよね……先生が処方されているんですよね……」


 薬剤師さんは毎回毎回、私の身体を心配しながら処方箋に従って薬を出した。


(このまま痛み止めで臓器がやられちゃうのかな……)


 相変わらず、リウマチと診断してくれないお医者さん。

 自分の病気の原因は別のところにあるのかもしれないと思って、内科などの別のクリニックを調べ始めたときのこと。


「あー、これはリウマチかな」


 三ヵ月ほどクリニックに通ったあと、ようやく大学病院を紹介してもらえることになった。


(やっと、やっと解放される……)


 三ヵ月間、効きもしない痛み止めを処方され続けた毎日に終止符が打たれると私は希望を持った。


「まだまだ若いから、大丈夫、大丈夫」


 クリニックのお医者さんは、最後にこう言いました。


(何が大丈夫?)


 若い人は治りが早いという統計があるのかもしれないけど、痛みで大好きな自転車に乗ることもできなくなっている私に向ける言葉ではないと思った。

 クリニックに通うことすら困難になっている私に向ける言葉ではないと思った。


「大学病院の予約はいつにします? 来週? 再来週?」


 そんなに待っていられません。

 もう、歩くのもやっとなんです。

 杖が必要なくらいの痛みが身体を襲っているのに、随分と呑気なお医者さんに帰す言葉も見つからずにクリニックをあとにした。

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