第2話「青春のお礼」
「いつにします? っていうか、いつ始まっていつまでやって……」
スマホで情報を集める泉くん。
声をかけようと思っていたけれど、それらの声はマスクの中に閉じこもってしまう。
そんな私の視線に気づいた泉くんが、私よりも先に話題を提供してきた。
「……顔ばれってするんでしょうか」
イルミネーションが、いつ始まるのか。
そして、いつ終わるのかという心配をしていたはずの泉くんの口から想像もしていなかった話題を振られる。
「泉くんは……するかも……?」
「ないです、ないです」
「でも、名前のあるキャラクターを担当してますよね? 私よりも知名度が……」
「制服で行動した方がばれないかな」
私に話題を振っておきながら、泉くんは私の話を聞かない。
普通ならそこに腹立たしさのようなものを感じるのかもしれないけど、泉くんが嬉しそうにしているのを見ると何も言えなくなってしまう。
「制服デート、今しかできないから楽しみですっ」
私が学校に復学して、泉くんと同級生になって、しばらく経つ。
「……そうですね、最後の制服になるんですね」
クラスが違うということもあったけど、ほとんど同級生らしいことができなかった。
そこに寂しさを抱いてしまうようになったのは、それだけ泉くんが私の日常に入り込んでいるってことなのかもしれない。
「留年って苦労を伴うことでもあると思うんですけど」
泉くんの声のトーンが少し下がって、私は顔を上げて泉くんのことを視界に入れる。
「その苦労を何も知らない俺に言われて、いらっとするかもしれませんけど」
何を言われるのか想像もつかない。
でも、おとなしく泉くんの言葉を待ちたいと思った。
「俺、橋本さんと同級生をやることができて嬉しいです」
真っすぐな瞳を向けられる。
仕事以外で、こんなにも真摯な瞳を向けられることがあるんだってことを知った。
「欲を言えば、クラスメイトになって、もっと早く話す機会が欲しかったです」
泉くんの視線を、私だけが独占している。
そんな自覚が生まれる頃には、心臓が可笑しな動きをし始めた。
「でも、そこまで欲張ったら罰が当たりますよね」
何を話すにしても嬉しそうな表情を浮かべる泉くん。
彼を視界に入れると、やっぱり心臓が可笑しな動きで私に訴えかけてくる。
「橋本さん」
彼に、惹かれているんだって。
心が心を、優しく叩きに現れる。
「今日、デートしましょう」
満面の笑みって、どういう笑みを指すのか。
その言葉の意味を、泉くんが私に教えてくれる。
「まだクリスマスじゃないのに……」
高校生が出歩くことのできる時間は限られているけど、日が落ちるのが早いおかげで私たちはイルミネーションが綺麗な街路樹を訪れることができた。
「近くに、こんな名所があったんですね」
写真を撮っている人もいれば、夜景を楽しんでいる人たちもいる。
友達同士、恋人同士、家族、それぞれの関係性が存在していて、それぞれが笑顔を咲かせている。
この場を訪れたばかりの私ですら、心が幸福感溢れる雰囲気に包まれ始める。
「少し足、止めましょうか」
行き交う人たちの邪魔にならないように、端に寄って夜景を楽しむ。
「イルミネーションの開催が早くて良かったです」
「昔、泉くんが見た夜景と同じものを見ることができて、とても嬉しいです」
感動に浸るって言葉以外に、この景色を表現する言葉を見つけたい。
それだけ大きな感動に包まれているのに、私の思考は言葉を探すことをやめてしまって煌びやかな街並みを焼きつけることに集中する。
「今日は連れてきてくれて、本当にありがとうございました」
「喜んでもらえて良かったです」
ほんの少し免疫が落ちている程度と言っても、そのほんの少しという言葉に私は怯えてしまっていた。
病気を患ってから億劫になっていたことに挑戦している自分にも驚かされるけど、本当はずっと求めていたことだってことにも気づかされる。
「そんなに遅くまで、街を歩けないところが残念ですけどね」
「一応は学生ですからね」
「あ、そういえば橋本さん、もう成人済ですよね」
「成人は迎えてますけど、学生さんを夜遅くまで連れ回すことはしません」
高校生らしい生活を送ってみたかった。
高校生らしくなくてもいい。
自分の知らない景色を、自分の身体を通して知っていきたかったんだって本音が溢れてくる。
病気に負けないで、自由に自分の身体でたくさんのことを経験したかっただって本音が訴えかけてくる。
「残念……」
泉くんがスマホで、時計の時刻を確認する。
「仕事ではないので、そろそろ帰りましょうか」
「あの」
再び歩き始めようとする泉くんを呼び止めしまったことは悪いと思うけど、閉じ込めていた願いを外へと引き出してくれた泉くんに自分の気持ちを届けたい。
「今日のお礼をさせてください」
免疫がほんの少し落ちているから、私が求める自由はまだ得られない。
それでも、私を外の世界に連れて行ってくれた人は私に感動をもたらしてくれた。
病気の私でも、ほんの少し自由になれるんだって勇気を与えてくれたお礼がしたい。
「声をかけてくれたら、必ずお礼をするので」
「名前……」
私は泉くんにお礼がしたくて仕様がないのに、泉くんはぼそりとらしくない発音で言葉を呟く。
「すみません、もう一度……」
「名前で呼び合いたいです」
言葉が出てこなくなる。
最初はぼそっとした声だったのに、願いを口にした瞬間に喋りが綺麗になるなんて狡すぎる。
「それは、お礼でもなんでもない……」
「橋本さんに片想いをしている身から言わせてもらうと、名前で呼び合うって最高の贅沢です」
「いや、あの、もっと、こう……」
「仕事のときは苗字でいいですよ」
仕事のときは、のところをやたら強調されたような気がする。
(あれ、流れが可笑しな方向に……)
戸惑う。
思ってもいなかったお礼を託されて、それが彼にとってのお礼になるのかってところが信じられなかった。




