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国鉄運賃

「親方日の丸」

 という表現は、今でも使われるところでは使われているのだろうか。

 分割民営化前の末期国鉄は、この「親方日の丸」が代名詞のように使われていた印象がある。


 ちなみに「親方日の丸」を検索すると、「背後に国(日の丸)がついているから潰れないという安心感から、経営努力や競争意識を失っている官庁や国営・公営企業の体質を皮肉る言葉」と出る。


 昭和53年当時、国鉄の評判は散々であったように思われる。

 曰くサービスが悪い、客を客とも思わない職員の態度がなってない、設備が古い等など。。。

 悪評のひとつが、運賃の高さであった。

 初乗で言えば、昭和50年当時30円だったのが、51年にいきなり倍の60円になり、53年には80円になった。当然、そんな上がり方をされれば、客足は遠のく。ごおさんとおのダイヤ改正は、そんな値上げの嵐のただ中で行われた改正だったと言える。


 では、当時の国鉄運賃を区間ごとで見れば、どうだったのであろう。

 首都圏の場合。

 国鉄東京ー横浜間28.8km 270円。東急渋谷ー横浜間24.2km 110円。京急品川ー横浜22.2km 160円。

 国鉄東京ー小田原間83.9km 800円。小田急新宿ー小田原間82.6km 400円。

 国鉄新宿ー八王子間37.1km 360円。京王新宿ー八王子間37.9km 190円。

 国鉄御茶ノ水ー千葉間38.7km 360円。京成上野ー千葉間42.6km 310円。

 いずれも国鉄は分が悪い。東急など時刻表のミスプリントでないかと思われるほどで、同じ運賃なら国鉄では東京から大井町までしか行けない。


 近畿圏の場合。

 国鉄京都ー大阪間42.8km 410円のところ、特定運賃で360円。阪急河原町ー梅田間47.7km 220円。京阪三条ー淀屋橋間49.2km 220円。

 国鉄大阪ー三ノ宮間30.6km 310円のところ、特定運賃で270円。阪急梅田ー三宮間32.3km 180円。阪神梅田ー三宮間31.2km 180円。

 国鉄大阪ー宝塚間25.5km 270円。阪急梅田ー宝塚間24.6km 160円。

 国鉄湊町ー奈良間41.2km 410円。近鉄難波ー奈良間32.8km 290円。

 国鉄天王寺ー和歌山間61.3km 610円。南海難波ー和歌山市間64.4km 420円。

 国鉄は京阪神で特定運賃を設けてはいたが、それでも私鉄各社の運賃より5割以上高い。


 中京圏の場合。

 国鉄豊橋ー名古屋間72.4km 710円。名鉄豊橋ー新名古屋間68.0km 490円。

 国鉄名古屋ー岐阜間30.3km 310円。名鉄新名古屋ー新岐阜間31.8km 270円。

 国鉄名古屋ー四日市間37.2km 360円。近鉄36.9km 260円。

 名古屋近郊には、東京や大阪のような、いわゆる「国電」がなかったことから、列車本数はあきれるほど少なかった。特に関西本線は1時間に1本もない惨状で、列車本数は少ないわ、車両は冷房もない客車や気動車だわ、運賃は高いわでは、勝負になるはずがない。


 現場の職員の方々のご苦労は、いかばかりであったろう。

 全国一律の運賃体系では、首都圏や京阪神、名古屋など人口集中地区では、競争相手の私鉄各社に対抗できない一方で、過疎地域では一日の列車本数が数本しかないような線区でも、東京や大阪と変わらない運賃で列車に乗ることができたわけで、収支の矛盾を考えるとやるせない思いが募ったに違いない。

 だが、民間企業ではない国鉄だけに、組織の中だけで判断できるわけでなく、「国民生活」を念頭にした「政治判断」が矛盾を広げることも少なくなかったであろう。


 運賃はその後、幹線か地方交通線かで体系が区分され、京阪神地区限定だった「特定運賃」の適用区間も大幅に拡大したが、弥縫策でしかなかったように思われた。それでも、改革の第一歩であったことに間違いはなかろう。当時、中学生だった筆者には、「親方日の丸」とは、ともすれば現場職員の無能や無責任の響きをもって語られることがあったように感じられたが、その方々からすれば、諸々の批判や矛盾を飲み込んだ上で、日々の職務に就いておられたのだろうと推察する。


 国鉄民営化の足がかりとなる国鉄経営再建促進特別措置法が成立したのは、二年後の昭和55年12月。翌56年には土光臨調が発足し、57年に国鉄民営化を提言する。JR7社が発足したのは、昭和62年4月。各社で違いがあるにせよ、それから運賃は何十年に渡って据え置かれた。と考えると、感慨深いものがある。


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