国鉄運賃・料金と他の交通機関の運賃・料金
ごおさんとお当時、国鉄のドル箱、東海道新幹線の東京都区内ー大阪市内の運賃・料金は9,300円であった。大阪市内ー福岡市内は10,400円である。
航空機は、羽田ー伊丹間が10,400円、伊丹ー福岡間が10,300円であった。
当時の新幹線の東京ー新大阪間が「ひかり」で3時間10分、新大阪ー博多間が最速3時間44分であるのに対し、航空機は羽田ー伊丹間、伊丹ー福岡間とも1時間ちょうどであった。
運賃などほぼ変わらないものの、所要時間は大幅に異なる。ただ、航空機の場合、空港までの所要時間や、荷物検査の手間もかかるため、鉄道のようにふらっと行って飛び乗るわけにはゆかない。それでも、新幹線にとって、航空機はなかなか厄介な競争相手だったと言えよう。
これが東京都区内ー福岡市内の場合、新幹線では15,300円で、所要時間は最速6時間56分。航空機は、20,100円で、福岡ゆきが1時間40分、羽田ゆきが1時間30分。寝台特急では、寝台料金込みで15,900円(二段式B寝台利用の場合)で、所要時間は16時間30分ほどとなる。こちらの場合、航空機利用が普通の感覚になるであろう。
東京都区内ー札幌市内の場合はどうか。
昼間のエル特急「はつかり」を使うなら、12,250円。寝台特急「はくつる」「ゆうづる」の場合は16,750円(電車三段式B寝台下段利用の場合)で、所要時間は17時間を超える。
これが航空機なら18,800円で、1時間30分ほどで着く。「はつかり」利用なら金額差があるとは言え、延々列車に揺られるのは、多くの人々にとって、苦行でしかなかったと思われる。
航空機の運行本数が多い路線には、おや?っと思うところもある。
例えば、伊丹ー高知間。22往復もある。運賃は6,100円。所要時間は55分。鉄道の場合、大阪市内ー高知間で特急料金込みで6,430円。所要時間は特急でも6時間ほどかかるから、これでは勝負にならない。大阪駅からなら、新大阪、岡山、宇野、高松と、都合4回も乗換えしなければならない。
同じ四国でも、伊丹ー松山間の航空機は6往復に過ぎず、運賃は7,300円。尤も、機体はジェット機なので、高知便のプロペラ機より搭乗客定員は多かったと思われる。鉄道の場合、特急料金込みで6,730円、所要時間は特急で6時間30分ほどかかるので、高知ほどではないにせよ、勝負にならないと言えよう。
伊丹ー高松間はどうか。航空機の場合、所要時間は40分に過ぎない。運賃は4,800円。高知ほどではないものの、10往復とそれなりの本数がある。鉄道の場合、大阪市内ー高松間で、特急料金込みで4,180円、所要時間は3時間20分ほどかかったので、これまた勝負にならなかった。
九州島内移動を見る。
さすがに福岡ー熊本間に航空機は運行していない。
が、福岡ー鹿児島間は11往復ある。航空運賃は8,300円。所要時間は40分。
エル特急「有明」は博多ー西鹿児島間を、特急料金込みで4,800円、所要時間5時間ほどで結んでいたから、これはまだ分け合う需要があったかもしれない。
福岡ー宮崎間は8往復ある。運賃は8,300円。所要時間は40分。
エル特急「にちりん」は、博多ー宮崎間を、特急料金込みで6,100円、所要時間6時間40分ほどだった。「にちりん」に延々揺られる人は少なかろう。
尤も、博多ー宮崎には特急「おおよど」という選択肢もある。
これなら、所要時間は6時間になる。352.5kmの距離なので、特急料金込みで5,200円と「にちりん」より安上がりで済む。が、航空機に対する競争力があるかと問われれば、なんとも言えない。
航空機の本数がもっとあってもいいのでは?
と思うところもあった。
その最右翼が羽田ー青森間。2往復しかない。しかも内1往復は毎日運行しない。運賃は15,600円、所要時間は2時間ほどである。
上野ー青森間は、エル特急「はつかり」が6往復、9時間ほどかけて結んでいた。他に寝台特急「はくつる」「ゆうづる」が計8往復していた。特急料金込みで9,000円、寝台特急なら、さらに3,500〜4,500円の寝台料金が加わる。
この時間差と運賃差なら、航空機を選択したい客は少なくなかったろう。尤も、青森県には別に羽田ー三沢便が3往復あり、1時間15分ほどで結んでいた。運賃は15,800円である。
羽田ー秋田間の4往復や、羽田ー花巻間の2往復も少ない。上野ー秋田間は特急「いなほ」やエル特急「つばさ」が8時間弱で結んでいたし、上野ー盛岡間はエル特急「はつかり」や「やまびこ」が6時間半ほどかけていたことを思えば、航空機利用はもっとあってもよかったのではと思う。秋田へは航空機なら11,000円に対して、鉄道なら特急料金込みで7,600円。花巻へは航空機11,600円に対して、盛岡への鉄道なら特急料金込みで7,300円である。
東北の中心都市・仙台にも羽田から航空機は飛んでいた。鉄道なら4時間少々かかるため、わずか45分ほどで結ぶ航空機の需要はあった。が、5往復では、さほど便利とは言えまい。
高速バスとの対比では、時刻表からはよくわからない。
ただ、当時の高速道路網は東名や名神を除けば、建設途上にあり、今のように高速道路によって全国を結ぶというには程遠い状況であった。
時刻表にしっかり記載があるのは「国鉄ハイウェイバス」である。
東名高速線、名神高速線、中国高速線の3路線である。
注目は中国高速線であろう。
大阪ー津山間に20往復ある。運賃は1,400円、所要時間は3時間少々。
鉄道は、大阪ー津山間に急行「みささ」「みまさか」が下り4本、上り3本しかなく、運賃1,600円に所要時間は急行料金が600円かかる。所要時間は3時間ほど。
所要時間こそいい勝負ながら、便数と運賃を考えれば、大阪ー津山間を鉄道でゆく動機はないに等しい。
高速道路網の整備に伴って、高速バスは飛躍した。線路を自ら保守管理する必要のある鉄道に対して、道路の保守管理になんの義務を持たないバスが価格競争力を持つのは当然で、輸送量の小さな線区で鉄道を維持することのむずかしさを感じさせる。
大阪ー津山間の場合、それでも所要時間においてバスと勝負ができていた理由は、距離にしてその半分を占める大阪ー姫路間が複線電化区間で線路の質がよかったためである。全区間が仮に姫新線のような非電化単線であれば、そうはゆかなかったであろう。
鉄道の存在価値とはなにか?
ごおさんとお当時の交通を振り返ると、今に至る諸々が見えてくるように思われる。




