停車駅随想
国鉄の特急停車駅には、急行が停まることが一般である。
例外はある。
例えば、名古屋。
新幹線も停まる有数のターミナルのひとつであるが、東京ー大阪間の寝台急行「銀河」は停まらない。大阪ー長野間の夜行急行「ちくま」も停まらない。
けれども、これらは深夜帯なので、停まったところで乗降客もほとんど期待できないためと思われる。
昼間の列車でも、例外がある。
東北本線の岩沼。
急行「まつしま3号」は停まらない。が、エル特急「ひばり17号」は停まる。
こちらは「まつしま3号」が例外的に通過するパターンであった。
例外の極みは、千葉県の内房線である。
内房線の木更津ー館山間では、エル特急「さざなみ」の停車駅は多岐にわたる。
1号 佐貫町、浜金谷、安房勝山、岩井
3号 佐貫町、浜金谷、富浦
5号 大貫、浜金谷、安房勝山、岩井
7号 浜金谷、安房勝山、富浦
9号 大貫、上総湊、浜金谷、岩井
11号 佐貫町、上総湊、保田
15号 青堀、保田、岩井
17号 大貫、上総湊、安房勝山、富浦
全く一貫性がない。余談ながら、「さざなみ」には13号と16号がない。外房線のエル特急「わかしお」にも13号と18号がない。昭和53年10月号のカバーする年末まででは、季節列車の運転される日がなかったためと思われる。
本題に戻る。
当時、内房線にはエル特急の他に、急行「内房」が3往復していた。その停車駅は。
1号 青堀、大貫、佐貫町、上総湊、浜金谷、保田、岩井
3号 青堀、佐貫町、浜金谷、安房勝山、富浦
5号 青堀、佐貫町、上総湊、浜金谷、保田、岩井
これまた一貫性がない。ただ、青堀、佐貫町、浜金谷には必ず停まる。とは言え、エル特急の停車駅に比べて明らかに多いわけでもない。特急、急行の区別なく、ランダムに停車する。
ここまで停車駅が一貫しないと、どの駅に降りるかで乗る列車が決まってしまう。全体では一日に何本も運転されているものの、停車駅によっては数本しか運転されていないに等しい。
全く趣きの違った例外もある。
長崎本線のエル特急「かもめ」の停車駅は次のとおり。
鳥栖、佐賀、肥前山口、肥前鹿島、諫早、長崎。
同じ区間を走る急行「雲仙」「出島3号」「出島5号」「出島11号」の停車駅は全く同一である。
これら以外の「出島1号」は湯江に、「出島7号」は多良に、「出島9号」は肥前白石にそれぞれ一駅停車するだけで、エル特急とほぼ同一として差支えない。
特急と急行の停車駅に変わりがない例外と言える。
国鉄の特急には、別格の扱いを受ける列車があり、これら列車は停車駅が限定されていた。
北海道の特急「おおぞら」や「おおとり」は函館ー札幌間の特急「北斗」が停車する大沼公園や森、八雲には停まらない。「おおぞら3号」「おおぞら4号」を除けば、函館本線と室蘭本線の分岐駅である長万部にも停まらない。
大阪ー青森の特急「白鳥」は、北陸本線の小松、魚津、信越本線の柏崎に停まらない。などである。
主要駅でありながら、一部の特急に無視される駅もある。
鹿児島本線の小倉駅は、新幹線の全列車が停車する北九州市最大のターミナルであるが、東京発着のブルートレイン「さくら」「はやぶさ」「みずほ」など多くの客車寝台特急につれなくされる。駅前の賑わいでは劣る隣の門司駅には停まるのにだ。
客車を牽引する機関車の付替えのためであるが、機関車付替えをしない電車寝台の「金星」等は、門司には停まらず、小倉停車が基本だったことを思えば、旅客需要より運転事情を優先する官僚的な国鉄の匂いがする。
鹿児島本線と長崎本線の分岐駅である鳥栖駅。
エル特急「有明」「かもめ」「みどり」はじめ、基本ここを通る列車は停車する。
例外的に停車しないのが、京都ー西鹿児島間の寝台特急「なは」。理由はよくわからない。上下とも「なは」の直前に長崎本線に乗り入れる寝台特急「あかつき」が走っているので、分岐駅に停まる必要がないと判断されたのかもしれない。
主要駅でありながら、当時から令和の今に至るまで、多くの列車に通過される代表は、静岡駅と浜松駅であろう。
最速列車が停まってくれない。
山陽新幹線区間なら、姫路、福山、小郡などにも停まってくれるというのに。
今や静岡も浜松も政令指定都市であるが、そんなことなど関係ないとばかりに、「のぞみ」は通過線を駆け抜けてゆく。
なぜに停車してくれないのか、理由は単純で、静岡も浜松も主要幹線との乗換駅ではないからであろう。
当時の速達便「ひかり」の停車駅には大きく二種類あったと思われる。
ひとつは、その駅が目的地だった駅で、名古屋、京都、新大阪、広島が該当する。
もうひとつが主要幹線との乗換駅で、岡山と小倉が該当する。
静岡や浜松は、目的地としての旅客がさほどでもなく、そこから接続する他路線がない。
とは言え、将来を展望すれば、静岡や浜松には多数の速達便が停まるようになるだろう。リニア中央新幹線が開通した暁には、東海道新幹線における静岡や浜松の重要性は疑いなく上がる。
余談ながら、岡山市は人口で言えば広島市より少ないものの、交通の結節点からすれば、広島市を上回ると個人的に感じている。
岡山は山陰にも四国にも通じており、中国・四国全体を見たとき、鳥取、米子、松江、高松、徳島、高知、松山、福山、広島に直通する。近畿にも近く、神戸、大阪、京都に直通する。
広島の場合、山口は近いが、鳥取、米子、松江は遠く、四国もせいぜい松山が近いぐらいで、高松には遠い。
中国地方の中心都市は広島とされ、国の地方事務所や企業の支社なども広島に多く集まっているが、案外、岡山の地理的価値はきわめて大きいと思われる。
新幹線は、鉄道の長距離輸送の要であり、新幹線の駅がどこに置かれるのかは、ときに政治的問題にさえなるほどである。
それだけに、新幹線の停車駅は、数多ある駅の中でも、最重要のポジションにあるといっても間違いないだろう。
けれども、新幹線の停車駅を、在来線の特急や急行が必ず停車するかといえば、そうとは限らない。
小田原は、神奈川県西部の拠点都市で、歴史的には県都・横浜などよりよほど由緒正しいところであるが、在来線の特急は昼間の「あまぎ」も、寝台特急も、ただの一本も停まらない。
熱海は、寝台特急「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「あさかぜ3号・2号」が停まらない。三島には全列車停まらない。
静岡や浜松、豊橋は、それぞれ停車する列車もあれば、停車しない列車もあった。静岡には「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「あさかぜ3・2号」「瀬戸」「出雲3・2号」「紀伊」が停まり、浜松には「富士」「あさかぜ1・4号」「出雲1・4号」が停まり、豊橋には「さくら」だけが停まった。寝台急行「銀河」はいずれにも停まった。
名古屋、京都、新大阪には深夜帯の寝台特急や急行の中には停車しない列車がいくつかあったが、新大阪に限れば、昼間列車でも特急「しなの」や急行「比叡」「たかやま」のように新幹線との接続が必要ない列車は停まらなかった。だけでなく、新快速はいっさい通過する。
西明石は在来線の特急や急行がいっさい無視する特異な新幹線停車駅で、新快速も姫路ゆきは停まらない。
相生や新倉敷も似たようなものだが、こちらは昼間の特急や急行がない。新下関もほぼ似たような感じだ。
新幹線の途中駅は、在来線の中心駅に併設できたところと、中心駅のある市街地を避けて設置したところとでは、在来線との接続では大きく違いが出た。もともとの都市規模が大きく、都市の拡張に合わせて駅周辺が大きく開発された新横浜や新大阪は例外的で、多くは駅はできてもという感じである。岐阜羽島、新倉敷、新岩国、新下関などは特に中心市街地から遠く、速達便が停車しないこともあって、極端な言い方をするなら、新幹線の停車駅を置く必要があったのかわからない。
似たような例は、その後の東北、上越、北陸、九州新幹線でもあるようだ。
話が拡散した。停車駅にもいろいろあると、ありふれた結論でこの稿を終える。




