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40 激しい戦い

 町の丘にある小さな祠。

 恵子はルクスと一緒に、その遺跡へと足を踏み入れていた。

 中は薄暗く、ひんやりとしている。あまり広くはないようだが、それでも歩き回るのに不自由はない。

 古ぼけた石像のようなものが中央に鎮座しており、その周りの床には何かの文字が刻まれているが、劣化が激しくて読み取ることはできない。


「こういった場所には、古い魔力の残滓が溜まっていることがある。その力には魔物を引き寄せるという説があってね……私の研究対象の一つなんだ」


「なるほど……でも、魔物なんて本当に出てくるのでしょうか?」


 恵子は不安げな表情で呟く。


「どうだろうね。魔物が古い魔力を好むという話は、あくまでも仮説でしかないから。まぁ、私はそれが事実なのかどうかを知りたいから、こうやって様々な遺跡や遺物を調べて回っているわけだけれどね」


「そうだったんですね」


 恵子は感心しながら頷いた。

 彼女が魔法の研究者だという話は聞いていたが、その詳しい研究内容までは知らなかったので非常に興味深かった。


「恵子! ルクスさん!」


 そこへ、汗だくになりながら遺跡の中に真紀達が駆け込んできた。


「真紀!? どうしたの?」


 息を切らしながら二人の側へやってきた彼女達に恵子が驚くと、真紀は呼吸を整えてから話し始める。


「町に魔物が現れたの。だから急いでここに来たんだけど……大丈夫?」


「魔物って……それ、本当に?」


 恵子は顔を青くしながら聞き返す。


「うん。一応、私達で片付けたけどね」


「そうだったんだね」


 恵子はほっと胸を撫で下ろし、ルクスはふむ、と顎に手を当てて頷いた。


「町に魔物が現れるなんて、確かに危険だね」


「ねぇルクスさん……もしかして、さっき言ってたように魔物が引き寄せられてきたのでは?」


「可能性もあるけれど、確証はないね」


「まあ、とにかく藤木達が無事でよかったよ。遺跡の散策はもういいのか?」


 隆弘の言葉に、ルクスは「ああ」と頷く。


「今日はここまでにしよう。魔物が出たと聞いた以上、放ってはおけないからね」


 真紀達が外に出ると、何となく空模様が怪しくなっていた。


「なーんか一雨きそうだね。早く町に戻ろう」


 蓮也の呟きに、真紀も同意して頷いた。そして足早に丘から立ち去ろうとするが、突然感じた嫌な気配に全員が足を止める。


「この気配……」


 真紀が顔を引き攣らせた。

 一行の目の前に現れたのは巨大な魔物だ。そいつは血走った目で彼女達を見下ろしていた。さっき見たのと同じ、大きなトカゲのような姿をしている。

 魔物は低く唸りながらこちらを威嚇しており、恵子は震えながら呟いた。


「やっぱり、あの遺跡が魔物を引き寄せたのでしょうか?」


「いや……こいつはどうやら、別の要因が絡んでいるようだね」


 ルクスが険しい表情のまま答える。

 その別の要因とやらについて詳しく聞いている暇はなかった。


「きゃあ!」


 後ろから莉愛の悲鳴が聞こえた。真紀が振り返ると、彼女の前にもう一体の魔物が現れていたのだ。


「樋口さん!」


 真紀は反射的に杖を構え、魔法を放っていた。攻撃が直撃して魔物は一瞬ひるむが、相手はすぐに体勢を立て直すと真紀に向かって突進してきた。


「もう、世話が焼けるなあ」


 間一髪のところで蓮也が魔法を発動させ、魔物の動きを封じ込めた。


「姉さん、大丈夫?」


「あ、ありがとう……蓮也」


 真紀が礼を言う。だがすぐにもう一体の方の魔物の唸り声が聞こえてきてハッとする。


「藤木、下がってろ!」


「わ……私も戦うよ」


 隆弘は剣を構え、恵子も杖を握って応戦しようとする。しかし二人とも、魔物の振り回す尻尾にふき飛ばされてしまった。


「きゃあっ!」


「うわっ!」


「危ない!」


 ルクスが咄嗟に魔法を放った。鋭い氷の刃が魔物の体を突き刺し、痛みに声を上げながら魔物は暴れ回る。


「まったく参ったものだね」


 そう言いながら、ルクスは魔物達を睨み付ける。

 大きなトカゲのような魔物二体に挟み撃ちにされて、一行は窮地に陥っていた。真紀はごくりと唾を飲み込む。


「一体、どうすればいいの?」


「相手は二体いるわけだし、三人ずつにわかれて戦おう」


「あ、じゃあ僕は姉さんのサポートをするから、あとは適当にわかれて戦って」


 ルクスの言葉に、蓮也が勝手なことを言う。


「じゃあ、私はルクスさんと戦います!」


 と、恵子は杖をぐっと握り締めて宣言した。

 となると隆弘は間違いなく恵子を助けるために、彼女と一緒に戦うだろう。ならば真紀達と一緒に戦うもう一人は莉愛になる。


「ふん、仕方ないわね」


 莉愛は不機嫌そうに呟いた。

 なるべくルクス達が戦いやすいよう、真紀達三人は魔物を遠くへ誘い出すことにした。


「ほら、こっちよ!」


 そう言って真紀達は敵を引き付ける。

 魔物は鋭い牙を剥き出しにして真紀達に襲いかかってきた。真紀は杖をかざすと、一気に魔力を放出させる。

 しかし魔物はそれを素早い動きで避けてしまう。


「大丈夫だよ姉さん、落ち着いて戦えば大した相手じゃない」


 蓮也は真紀を励ますように微笑む。

 彼が杖を真っ直ぐに向けると、地面から不気味な色の鎖が伸びて魔物の足に絡みつく。相手が身動きを取れなくなったところに、真紀と莉愛が同時に魔法を放った。

 二人の攻撃はしっかりと敵に命中したが、しかしまだ致命傷ではないようで、魔物は暴れ続けている。


「姉さん、下がってて」


 蓮也がそう言うと、真紀は素直に退いた。莉愛も言われた通りに後ろに下がったのを確認すると、彼は持っていた杖から黒い炎のような物を放出させた。

 炎はまるで意思を持っているかのように蠢き、そのまま勢いよく魔物の体全体を包み込んだ。


「す……凄い」


 真紀は感嘆の声を上げた。


「ほらほら二人とも、僕に見惚れていないでさっさと片付けてよ」


 蓮也の言葉に、真紀と莉愛はハッとして動き始めた。もう勝負はついたようなものだ。後は一気に決めるだけである。

 だが、その次の瞬間、真紀の目に映ったのは、蓮也に向かって火を吹く魔物の姿だった。


「あぶない!」


 真紀が叫ぶと同時に、蓮也の体が真っ赤な炎に包まれていた。

 突然の出来事に、真紀は一瞬何が起こったのかわからなかった。そしてやっと状況を理解できた時、真紀は悲痛な叫び声を上げた。


「いやああああ! 蓮也!」


 真紀は蓮也の炎を消そうと魔法を放つ。だが焦っていたためか、激しい炎を消すことができない。


「うそ……うそ、うそッ! 蓮也っ、蓮也!」


 必死に呼びかけても、返事はなかった。やがて蓮也はその場に倒れ、動かなくなってしまう。

 真紀は蓮也の側に駆け寄ろうとするが、その直前に魔物の尻尾に弾き飛ばされてしまった。


「瀬川さん!」


 莉愛が慌てて真紀に駆け寄る。


「うぅ……れ、蓮也……!」


 真紀はぼろぼろと涙を零しながら蓮也に呼びかける。だが、彼は何も答えない。


「そ、そんな」


 莉愛が愕然としていると、魔物の攻撃が飛んでくる。莉愛は咄嗟に魔法で防御するが、かなり強力な攻撃だったためダメージを食らってしまう。


「くっ……この!」


 莉愛は歯噛みしながら立ち上がる。


「瀬川さん、しっかりしてよ!」


 莉愛が叫ぶが、真紀は動揺して何も耳に入っていないようだった。

 そうこうしている間にも、魔物が襲い掛かってくる。莉愛は真紀を連れてなんとか避けようとするが、バランスを崩して倒れてしまった。

 そして、魔物の大きな顎が二人に迫る──。


「……まだ、だよ」


 その時、真紀達を守るように結界が張られた。驚いて二人が顔を上げると、炎をかき消してよろよろと立ち上がる蓮也の姿があった。


「蓮也!」


「姉さんは心配性だなあ。僕はちゃんと生きてるよ」


 そう言って微笑むと、蓮也は真紀の前に立って再び杖を構える。


「もう、そんなに心配しないでよ」


「だって……でも、さっきはあんな……」


 真紀は震える声で言うが、彼女の瞳に映っているのはいつもの笑顔だった。多少の火傷は負っているようだが、服も焦げている様子はないし、顔色も悪くない。


「ごめん。ちょっと油断しちゃった。でも咄嗟に魔法で身を守ったから、大事には至らなかったよ」


「そう、だったんだ」


 真紀は胸をなで下ろす。安心させるように蓮也は微笑むと、すぐに真剣な表情に戻り魔物を見据えた。


「と言っても今ので意外と魔力を消耗しちゃったから、長くはもたない。なるべく早くこいつを倒さないとね」


 真紀は力強く頷くと、杖を握る手に力を込めて魔力を練り上げ始めた。莉愛もまた、魔力を高め始める。


「さて……行くよ!」


 蓮也はそう言うと、さっきと同じように魔物の足元に魔法の鎖を出現させて、その体を縛り上げた。


「二人とも! 今だ!」


 蓮也が叫ぶと、真紀と莉愛は息を合わせて魔法を放った。鋭い氷の刃と激しい稲妻が魔物に襲い掛かる。

 悲鳴を上げながら暴れる魔物の体に、さらに追い討ちをかけるように蓮也がすかさず魔法を放つ。

 この連続攻撃によって、さすがの魔物も耐えられなかったらしい。ついにその巨体が崩れ落ち、動かなくなった。


「や、やっと倒せた……!」


 安堵のあまり、真紀はその場にへたり込む。莉愛もほっとしたような表情を浮かべていた。


「はぁ……まったく、手こずらせてくれたわね」


「でも良かった……蓮也が無事で」


 真紀は涙を拭いながら立ち上がる。


「姉さんったら、大げさだなあ。まあ確かに僕は可愛い弟だし、心配なのはわかるけどさ」


「うん、心配したんだよ……あんたに何かあったら、私」


 真紀はそこまで言うと、言葉に詰まる。蓮也は優しく微笑んで、姉の肩に手を乗せた。


「大丈夫だよ。僕は強いんだから」


「そうだね……うん、そうだったね」


 真紀は蓮也の手をぎゅっと握り締める。蓮也も嬉しそうに微笑むと、真紀の手を握り返した。


「はいはいあんた達いつまでもイチャついてんじゃないわよ」


 莉愛が呆れた様子で口を挟んでくる。真紀は慌てて蓮也から離れると、莉愛の方に向き直った。


「えっと……樋口さんの方は大丈夫? 怪我はない?」


「ええ、私は平気よ。それより、隆弘達が心配だわ」


 莉愛は険しい表情で呟く。

 彼らとは途中で分かれてしまったが、少し離れたところから戦闘音が聞こえる。どうやらあの三人も苦戦しているらしかった。


「ちょっと様子を見に行った方が良さそうだね」


 蓮也の言葉に、真紀達は頷く。

 けれど三人が移動しようとしたその直後、先程倒した魔物が再び立ち上がっていた。


「そんな、まだ動けるなんて……!」


 真紀が驚愕の表情を浮かべ、蓮也がサッと彼女の前に出た。


「さすがにしつこすぎるよ……まだやる気なら、今度は手加減なんかしないからね」


 蓮也は鋭い目つきで魔物を睨み付ける。すると魔物もそれに応えるように、低い唸り声を上げ始めた。

 とは言え彼自身かなり消耗しているみたいだし、真紀も莉愛も疲弊してしまっている。このまま戦い続けるのは危険だが、かといって逃げ出すこともできない。


(どうする? どうすれば……?)


 真紀は必死に考えを巡らせる。しかし答えが出るよりも先に、魔物が大きく口を開けて炎を吹き出そうとしてきた。


(しまった……!)


 三人は身構えるが、間に合わない。

 そう思った時、目の前の魔物に飛び掛かる大きな影があった。


「えっ」


 真紀は呆けた声を上げてしまう。

 それは黒い狼のような姿をしているが、明らかに普通の獣とは違う。

 大きさは普通の狼のおよそ二倍以上はあり、牙や爪も恐ろしく発達していて、その迫力は凄まじい。

 そして、その背中には一人の少女が跨っている。

 彼女を乗せた狼は、鋭い牙を魔物の首に突き立てる。魔物は苦しそうな悲鳴を上げると、そのまま地面に倒れ伏した。

 そしてようやくのことで、その体は黒い霧となって跡形もなく消え去った。


「あ……あなたは……」


 突然のことに呆然とする真紀達。すると、狼の背に乗った少女がこちらを振り返った。


「ごめんなさい、遅くなってしまって」


 そう言って、彼女はにこりと微笑みかけてくる。

 そこにいたのは、あの黒いローブの組織の一である少女、エリィだった。

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