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毎日、黒い猫は、突然現れては、白い猫を食べつくして、また消える事を繰り返しました。
そうしていつの間にか、白い猫は、黒い猫に食べられる事を心待ちにするようになりました。
唯一、心細さを忘れる時間だからです。
不思議な事に、温かみの無い黒い猫は、舌だけは温かく、その舌で頭から尻尾まで舐めあげられる時、
白い猫は、とっくりと心臓が温かくなるのでした。
まるで、白い猫の哀しい心を溶かして無くしてくれるようでした。
白い猫を食べている時、冷たく煌めく琥珀色の目が、熱く滾るように感じます。
白い猫は、その目を見つめると、仲間から離れて過ごす寂しい気持ちを忘れる事ができました。
黒い猫は、白い猫が起きるまで傍にいて、二つ三つ言葉を交わすと、するりと姿を消します。
そして、白い猫は、暖炉の火が消えるといそいそと寝台に潜り込んで丸くなるのです。
早く黒い猫が来てくれる事を願いながら。
そうして、幾度と無く、日々が過ぎてゆきました。
ある時、黒い猫が言いました。
外を見たくないかと。
白い猫は、耳をぴんと張って、尻尾をぱたぱたと揺らしながら、頷きました。
「はい、外を見たいです!」
白い猫は、この寂しい部屋に飽き飽きしていたのです。
あの、温かくて懐かしい森を見たいと思っていました。
だから、ふいの黒い猫の思い付きに飛びついたのです。
黒い猫が、口の端を釣り上げて、いつものように笑います。
「では、見せてやろう。」
黒い猫が白い猫を抱きかかえると、目の前を黒い膜が覆いました。
そうして、黒い膜が、とれたと思うと、すでにそこは外でした。
先程までいた、あの石造りの壁は無く、すっかりと馴染んだ寝台も見当たりません。
勢いよく風が毛を撫でています。
「こ、琥珀様…。ここは……?」
「外だ。」
「外ですね、いえ、そうではなくて、あの……、」
「外が見たかったのだろう。ここが、私の領域だ。」
目の前を、地平線が広がっています。遥か遠くに切り立った山々が薄らと見えています。
しかし、目の前にあるのは、だたの土。木の無い、草さえも生えていない、乾燥した大地だけでした。
なんて、寂しい。
動物もいない、葉のざわめきも無い。
自分たち以外の、命がいない。
「何も無いだろう。」
白い猫の心を読んだように、黒い猫が話します。
その声は、笑っているように聞こえました。
その声を聞いて、白い猫の胸が、ずきりと痛みました。
「どうして、ここは、こうなんですか?」
あの、黄金の猫がいるあの温かい森とどうして、こんなにも違うのでしょうか。
目の前に広がる光景と、自分を抱きかかえる黒い猫の冷たい体温。
それが、同じもののように思えました。
「私が、管理しているからだ。」
「管理?」
「そう、私が管理するから、ここは、こうなのか。もしくは、ここならと、私に回ってきたのか。」
「どういう、意味ですか?」
黒い猫の琥珀色の目が、沈んでいく太陽を反射してきらりと光ります。
「もうすぐ、夜になる。私の時間が始まる。愛しい子よ、そのまま見ていなさい。」
黒い猫は、最近、白い猫を愛しい子と呼ぶようになりました。
耳元で、優しい声で、白い猫を呼びます。
どうしてでしょうか、黄金の猫に呼ばれる時は、柔らかい日差しの下で昼寝をするような、ぽかりぽかりと温かい気持ちになるというのに、
黒い猫に呼ばれると、蜂の巣の蜜を舐めた時のような、甘くて、そうして、胸にじわりと広がるもの。
甘いのに、苦い、冷たいのに、温かいような不思議な気持ち。
白い猫は、温かい舌で耳を舐めあげられながら、沈んでいく太陽と、陰っていくいく大地を見つめました。
それは、太陽の最後のはしっこが、遠い山の際にと消えてしまった時です。
それは、突然でした。
「な、なに?」
「私の下僕共だ。」
何もいなかったはずの、大地に、沢山の何かが現れたのです。
それは、とても多く、大地一面を覆っているようでした。
暗く陰った大地に、蠢く影達。それらが、ざわざわと囁き交わしているのです。
「さあ、愛しい子よ、これは、私の下僕だが、お前のものでもある。どうだ、愛しい子よ、嬉しいだろう?」