君に出会えて良かった。
「先日、新しい魔王が就任しましたよ」
アルプが食材と料理を交換しながら、昨日、魔王城で行われた、魔族長会議の内容を教えてくれた。
「そうか、族長達、結局は魔王を就任させることにしたんだな」
マハトは、それぞれの族長がしっかりやっているのだから、わざわざ魔王を作らなくていいだろうと言っていたが……
「外交をする時に、族長達の考えは、中途半端に代表を決めるくらいなら、魔王がいたほうが都合が良いとのことでした」
なんだか魔王と言うより、外交官みたいな役回りだな。
「まあ、どうあれ丸く収まったなら良かった」
これで魔族も安泰だな……
「あと、マハト様からユージンへの伝言ですが『忙しくて顔が出せないから、城で働け』とのことです」
アルプは、わざわざマハトのサイン入りの書簡を俺に渡してきた。
「……あいつ、まだ諦めてないのか」
書簡は大層立派な装飾が施された紙だ。
——中々、強引な文言じゃないか
内容は、命令とも取れる書き方だった。
「マハト様は本気でユージンを取りに来ています。私もフリーゲンも、この件に関してはマハト様に賛成です。いかがですか?」
アルプは「さすが我が主人です」と、胸を張っているし、
「ユージン イッショニイコウ」
フリーゲンは、わざわざ小さくなって、俺に擦り寄って来た。
アルプや、フリーゲンまで、マハトに言われたのか、俺を誘いに来ていたらしい。
「お前達の気持ちは嬉しいけど、俺はここで『ピッコラ』を立ち上げたい。『城の仕事はお断りだ』とマハトにしっかり伝えてくれ」
俺は、にっこりと笑って書簡をアルプの手に戻した。
***
「この器、かなり見窄らしくなったな」
明日から再開する店の準備で、足りないものはないかを確認していた時、皿が薄汚れていることに気がついた。
「本当だ。汚いお皿は作り直すよ。うわぁ……たくさんお皿増やさなきゃ」
俺の側に近寄って来たピコラは、汚れている皿を選別して次々と回収していった。
後方支援での使用頻度が高かったせいで、木製のお皿は劣化してしまい、数がかなり減ってしまった。
「リコラ、ガバル、エリソン、集合!!」
ピコラは、みんなに声をかけて、お皿の作り直しをお願いしている。
みんなでお皿を作っている輪から、ピコラが抜けて来て、アウトドアキッチンで食材の下処理をしている俺の袖を引いた。
「どうした?」
ピコラは、耳を伏せて落ち込んでいるかのような暗い顔をしている。
——まさか、もうお腹が空いたのか?
朝ごはん食べたばかりだけど……と、思うがどこかに連れて行きたいようなので、手を引かれるまま裏の畑に向かう。
「ピコラ?畑に用があったのか?」
収穫なら後から手伝うが……
「……ユージン、元の世界に帰るの?」
油断していたため、俺は表情を取り繕うことが出来なかった。
「……え? どうしてそれを?」
もしかして、大人の話を聞いていたのか?
「アルプとコルージャが『帰還ゲート』の話をしているのを聞いたんだ……ごめん」
ピコラは黙って聞いてしまったことが、良くないことくらいは分かっていたようだ。
そう言えば、ピコラは諜報部隊だったな……
「いや……いいよ」
ピコラは、聞いてしまったことを、信じたくないのか、顔を下げている。
——俺から伝えるべき話だったな。
「……転移者って、ユージンのこと?」
ピコラは顔を下げたまま、恐る恐る核心に触れて来た。
「そうだ……ピコラは俺が転移者だと、初めから知っていたもんな」
ピコラは肯定する俺の言葉に、一瞬顔を上げ目を丸くした後、クシャッと顔を歪め、自分の耳をぎゅっと握りしめた。
「ごめんな……」
マハト以外には、ピコラはずっと秘密にしていてくれたんだよな。
——苦しかったよな
改めて、ピコラの諜報部隊としての能力の高さに頭が下がる思いだ。
「ユージン、ボクが帰らないでって言ったら、このままいてくれる?」
目に涙をためたまま、真っ直ぐな瞳にさらされると、嘘はつけないと思った。
「ピコラ。俺は、このままここに残りたいとは思っているけど……正直まだ迷ってる」
俺の言葉に、ピコラの顔色は消えて、カタカタと震え出した。
「な……なんで?」
ピコラは泣きそうになりながら、歯を食いしばって涙を堪えた。
「ここにいることを、俺はただの逃げにしたくないんだ。だから、即答が出来ない」
過去の自分と向き合って、本当に決着をつくなきゃならないんだ。
逃げと言う言葉に、ピコラがビクッとした。
「そ、そっか……逃げたくないよね」
ピコラも逃げて来たことを、ずっと気にしていたもんな……
ピコラは、グイッと涙を拭き取ると、パッと笑顔を作り顔を上げて、
「お店屋さんだって言ってたもんね?ユージンのお店は、どんなお店だったの?」
ピコラは悲しみを隠すと、俺の昔話を聞こうとした。
——無理に大人にならなくてもいいのに
そう思ったけど、ピコラの頑張りを無視できないため、話をすることにした。
「『ピッコラ』は、俺の夢だったんだ。俺は子供の頃から料理に興味があって、人に食べてもらうのが好きだった」
——ただ、それだけだったんだ
「ユージンが初めて作った料理は?」
俺とピコラは、木で即席ベンチを作り、横並びに座って話をした。
「なんだったかなぁ、物心ついた時には親の手伝いしていたから……」
思い返してみると、始まりはわからない。
気付いたら料理をしていたんだ。
「ピコラと同じ歳の頃には、一通りの家庭料理なら作れたな?」
あの頃は、毎日が楽しくて仕方がなかった。
「凄い!ユージン天才だったんだね?」
ピコラは、自分にはできないからと、大層褒めてくれた。
「天才ではないな。好きではあったけど」
——やり続けた結果だ
まあ、そのまま料理人の道に行かずに、バイト先の飲食店で知り合った、コンサル業の人に向いてると言われて……
——気付けば売上至上主義になってた。
あれが、ちょっと余分だったかもな。
「じゃあ、ユージンは夢を叶えたんだね?」
ピコラは、凄いなぁと言いながら、遥か遠くを見ている。
「まあ、そうなるのかな?」
——大失敗したけどな
大切な事を見失ったから、俺は自分で夢を壊したんだ。
「そっかぁ……」
遠くを見ていたピコラが、小さく呟いた。
「ピコラ、どうした?」
顔を覗き込むと、泣きそうな笑顔を見せた。
「大好きなお仕事とお店を置いてきちゃったなら……帰りたいのは仕方がないよねぇ」
我慢の限界なのだろう。ポロポロと涙が流れ、ピコラは慌てて下を向いた。
「まあ、そうなるのかな?」
どちらかと言うと、大嫌いになっていたまま捨てるのが嫌なんだけど、わざわざ夢を壊すことを伝える必要はないな。
「そ、そうだよねぇ」
ピコラは、さらに体を小さく折り畳んだ。悲しいままにするのは、大人としてダメだ。
ピコラに俺は救われたんだ。少しだけ本心を話したほうがいいな。
「ただな、ここでピコラに出会わなければ、俺は、あの時、料理を嫌いになっていたかもしれないんだ」
俺はピコラに、出来るだけ柔らかく伝えてみることにした。
「えぇ? なんで?」
余程びっくりしたのか、ガバッと顔を上げて俺を見つめた。
「まあ、大人だから……色々あったんだよ」
俺は嘘は苦手だから、上手く誤魔化せる気がしないから、横着をした。
「そんな……」
ピコラは素直だから、言葉をそのまま受け取ってくれた。
「でも、今は違うぞ? ピコラに出会って、マハトとも仲良くなって、二人が俺の料理を喜んでくれただろ?」
あの日の偶然は、もしかしたら女神様が細工したんだろうか?
——本当にいい出会いだった。
「俺、かなり辛かったんだ。でも、あの瞬間生きてて良かったと、心から思ったし、料理を食べてもらえる喜びを再び思い出せた」
俺は、あの日を境に、やっと息ができるようになったんだ。
ピコラは、目をぱちぱちしながら嬉しそうに話を聞いている。
「今は、放り出してきた店に対して、自分の気持ちにケジメがつかないから、即答はできないけど……ひとつ言えるなら……」
ピコラは首を傾げ言葉を待っている。
「今の俺があるのは、ピコラのおかげだ」
ピコラの頭をポンと撫でてやると、ピコラはベンチから転がり落ち、
「ユージン、ボク決めた!リコラとガバルとエリソンで絶対『ピッコラ』を続ける!」
ぎゅっと拳を握り、耳の根本を立ち上げ、足をタンタンと鳴らしながら宣言した。
「そうか……もし、俺がい……」
俺がいなくても頼むと言おうとしたが、ピコラに先を越された。
「だから!! ユージンは、ずっとここにいなきゃダメだからね!」
ピコラは俺を指差しそう言い切ると、逃げるように自分の部屋まで走って行った。
***
「今からペリル様が『ピッコラ』に、立ち寄るそうです。返信は不要です」
夜遅くに、アウトドアキッチンで一人考えていたら、アルプから一方通行の通信が来た。
「え?今から?」
アウトドアキッチンの、銀杏の木のカウンターを触りながら、
——中途半端は、良くないよな。
なんて、しんみり想いに耽っていたのに……
「今からって、近くにいるのか? とりあえず、お茶の準備でも……」
俺はソワソワしながら、鞄からカップを取り出していた時、
「ユージン、こんばんは。夜分に失礼」
顔を上げた瞬間、既にカウンターにはペリルが座っていた。
「うぉわっ!っえ?どっから湧いて出た?」
なんの予兆もなかったよな?
「湧いて出たって、酷いなぁ。ただの転移魔法だよ。でも、マハト以外には内緒ね?」
ペリルは口元に指を立て、秘密だと言う。
「勝手に秘密をバラさないでください。結界があった筈なんですが?」
——まさか、コイツ壊してないよな?
「ちゃんと、紹介カード渡されたよ。マハトから、止めてくれって言われたから来た」
ペリルは、紹介カードをピラっと見せた。
「あいつ……」
本当に、本気で俺を取りに来てやがる。
「帰還について、何か聞きたいことある?」
止めに来たと言う割に、ペリルは説明をしてくれるようだ。
「そう言えば、時間ってどうなるんだ?」
今、戻って、店はまだあるんだろうか?
——あったとしてもボロボロだよな
「ああ、君は随分長い間こっちにいたよね」
ペリルは、懐からピラっと紙を取り出した。
「まず間違いないのが、時間はズレたけど、転移者はみんな同じ時間軸にいたみたい」
差し出された紙には、勇者、聖女、賢者、魔法使いの、転移や転生前のことがそれぞれ記されている。
——転生者もいたんだな?
「ユージンは、聖女のゲートを通れば場所は違うだろうけど、転移した次代に戻るはず。多少の誤差はあるかもだけど……」
——あのまま店をやり直せるのか
場所はともあれ、時間の経過はとりあえず問題なさそうだ。
「ただね? マハトとの約束もあるから……」
ペリルは、俺の出したお茶を一口飲むと、話を続けた。
——約束? 止めるってやつか?
「ユージンの決断を聞く前に、あちらに帰る時の、リスクも伝えておくね」
——リスク?
ペリルが、穏やかな顔でにっこり笑って口にした言葉を聞いた瞬間……
俺は鋼鉄のハンマーで、頭をブン殴られたような衝撃を受けた。
残り2話!




