宮廷料理人? だが断る。
「ユージン、魔王城に登城してください」
アルプからの連絡だ。
ついに、魔王城に呼び出されてしまった。
「タイムリミットまであと2日か……」
——まあ、潮時だよな。
あれから、手を変え品を変え、マハトはひたすら俺を元の世界には帰すまいと策略を練っている。
先日、ついに本人が『ピッコラ』まで乗り込んで来た。
***
「ユージン!いい加減、返事をくれないと、俺は仕事が手につかんぞ!!」
いつもなら、アルプが食材と料理を交換する時にじわじわと探って来ていたのに、この男は我慢というものがないらしい。
「マハト、俺にとっては大事な話なんだ。お前は、黙って待ってろ」
ため息を吐きながらマハトに料理の入った袋を渡すと、
「そうは言うが、俺にとって、お前の存在は物凄く大切なんだ。だから俺はギリギリまで諦めないからな!」
時間のないマハトは、ハッキリと宣言しながら、慌ててフリーゲンと空に消えた。
「あいつ……残ったとしても先の話が、めちゃくちゃ面倒そうだよな」
マハトは今は俺を帰らせないための動きが激しいが、残ったら、あの勢いで、城に拉致でもされそうだ。
***
面倒な男を思い出しながら、俺は魔王城へ行く準備をする。
「さぁ、人生の決断の時だ」
俺は、この日のために、ソワ様とフィアールに作ってもらったスーツに袖を通した。
以前、ペリルから話を聞いた日から、俺の心は既に決まっていた。
***
「ユージンの決断を聞く前に、あちらに帰るリスクも伝えておくね」
——リスク?
「戻る場所以外にも、何かあるのか?」
遠かったら、金がないからある意味ハイリスクではあるな。
「違うよ。向こうに帰るとね、ここで過ごしてきた記憶は、全て無に帰るんだ」
——全て無に帰る?
——何が?
俺の思考は、衝撃のあまり完全に止まってしまった。
ペリルは、お茶を飲みながら、俺の言葉を待っている。
「全て?まさか何もかもを忘れるってこと……なのか?」
まってくれ、それはさすがに……
「そうみたいだよ。それを聞いて、今、君はどうしたい?」
なんの感情もないような、穏やかな笑顔でペリルは軽く尋ねてきた。
「え……いや、困った……な」
全てなくなるなんて、思いもしなかった。
「だよね?ギリギリまで待ってるから、よく考えて。結論が出たら、マハトに伝えてね」
ペリルは、俺の返事も待たずにフッと目の前から消えてしまった。
***
「ユージンだ。案内を頼む」
迎えに来た馬車を降り、魔王城の入り口で門番に声を掛ける。
「あ、料理人の!地下拠点では大変お世話になりました。中に案内人がいるので、どうぞお入りください」
門番は、地下拠点の元負傷者だった。
中に入ると、スタンバイしていた案内人が、頭を深く下げ、
「ご案内させていただきます」
といって、案内人は澄ました顔で踵を返すと、俺の先を歩いた。
カツン カツン カツン
黒御影石の冷たく温度のない廊下を、俺は魔族に案内されて、踵を鳴らして進む。
——暗いし、無駄にでかいな。
俺は無駄に靴音を鳴らし、傲然と歩く。
——しかし、魔族のセンスどうなってんだ?
広い廊下の至る所に、禍々しい悪魔の彫像が漆黒の壁の中から上半身だけを晒し、その手には、最小限の灯りを携えている。
カツン カツン
歩くたび、空気が揺れるのか、彫像の手にある灯りがゆらゆらと揺れ、俺の影もその都度形を変えていく。
——この空気感で、フレンドリーなんだよ
チラチラと揺れる影が、まるで意思を持っているように見える。
——影が生きているみたいだな
さっきから、チラチラ出て来ては、俺に手を振っている。
実際に生きてるな……
——アタナシア族の仲間だな?
彼女の一族には、影の使者がいたはずだ。
歩くたびに廊下の天井が高く音が抜けるためか、俺の靴音は鋭く抜けるように響く。
ふと、音の抜ける先に、何かが動いているのを感じて、天井を仰ぎ見る。
——今度は誰だよ?
頭上では、俺の靴音に驚いたのか、慌てた蝙蝠がチイチィと騒ぎ、暗闇を求めて飛び回っていた。
——サキュバス達だ。
あ、1匹、奥に飛んで行ったぞ?
——きっと、マハトの元に行ったんだな。
しかし、俺は……随分と変わったよな。
——スーツが似合うくらいにはなれたか?
なんて、自己陶酔しながら歩く。
状況だけ見たら、かつての俺とは、凄い違いだよな?
趣味だったはずの料理が、いつの間にか、魔王城にまで出入りするようになるなんて……
——あの頃は全く思わなかったな。
俺は、ある意味、料理をすることで、信頼を勝ち取り、魔族の国の最高峰と、対峙するまで登り詰めた。
ちなみに、俺を案内しているのは、魔王の執事をしている魔族——アルプだ。
アルプは、こちらが断りにくい条件と理由を付けて、城には何度も呼び出しチャレンジをしていたんだ。
——コイツ、やっぱりやり手だよな。
アルプは城からの依頼で対峙する時は、いつもビシッとスマートにスーツを着こなしている。
神経質そうな銀縁の伊達眼鏡の奥の瞳は厳しく、一見すると明らかに、仕事が出来そうに見える。
——アルプ、城だとカッコつけてんなぁ
いつもとはすごい違いだ。
その背中には、大きくて艶やかな、一対の立派な漆黒の翼が生えている。
最近、アルプを見る度、俺はいつも同じことを考える。
——スーツの穴は、特注品だろうか?
アルプの背後にいるため、スーツも気になるが……
——少し、ツノが育ったよな?
頭を見ると最近はいつも、獣魔族特有の立派なツノが気になってしまう。
表面はザリザリとした質感で、衝突したら怪我をしそうだ。
——どこまで成長するんだろうな?
硬質で深い溝がある角を、ぼんやりしながら見つめていたら、ついうっかり俺の悪い癖が出た……
——羊のツノ、羊の執事なら
『お前の名前は本当はメリーさんだろ』コレは、ずっと俺が考えていたことだ。
誰にも伝わらないから言わないけど……
『アタシ……メリーさん』って言いながら、アルプが近づいて来たら、知らなかったら怖いだろうな……
——今は全く怖くないけどな。
それに、いつ見てもこのツノ、おろし金の代わりにもなりそうだよな。
「一回、使ってみたいな……」
——絶対、いま考えることじゃない。
しかし、場違いなことは承知の上だ。
俺の空気感が不穏だったのか、アルプの背中がビクッとした。
カッ
アルプの歩みが止まり、重く荘厳な扉の前に辿り着くと、振り返り執事らしく深々と頭を下げてきた。
「ユージン様、こちらで魔王がお待ちです。本日こそは、心よきお返事を頂けるであろうと、城の皆が待ち望んでおります」
そう、俺は魔王と謁見の約束をしたんだ。
俺は、魔王に言いたいことがある。
——あいつ、遂にやりやがったんだ。
今回の招集は、料理長就任の命令書だった。
——絶対に文句言ってやる
魔王城にも、魔族にも動じない俺、多分だけど、側から見たら生きてきた中で、今が最高に格好いいはず。
——実際は、ちょっと違うんだけどな
俺が無言のまま頷くと、扉の両端にいた鎧の兵士(多分中身は入ってない)が扉を開けた。
ギギャギギギャギィャーッ
古くて重い扉は、地獄から湧き上がる叫び声、まるで切り裂かれる悲鳴のような不快な音を立てて開いた。
——後から、油をさすように言っておこう。
扉を気にしながらゆっくり室内に入ると、
「よく来たなぁユージン!遠慮するな、余の前までくるがいい!!」
中に入るなり、怒号のように発せられた魔王の声が、壁に反射して、二重、三重に響き、脳内に直接叩き込まれる。
思わずその音圧に頭がくらりとしたが、目をつむってやり過ごした。
——くそっ、出足を挫かれた。
カーペット以外には布が全く無いため、声が壁にこだまのように、何度も反響してしまうのだろう。
——うるさい
今更、謁見とかマジで面倒くさいな
謁見室には、扉から上座に向かって、深紅の絨毯が敷き詰められ、魔王の前までの道を作っている。
絨毯を踏みしめると、毛足がしっとりと足に纏まり付き、足音をすんなりと吸収していく。
——上座まで遠いな……面倒だ。
呼んだのお前なんだから、お前が来いよ
魔王の居場所は数段ほど高く作られ、中央に黒曜石で作られた漆黒の威厳ある玉座が据えられている。
——マハト、随分と偉そうじゃないか。
黒曜石の威厳ある玉座に、魔王は深く腰を下ろし、肩肘をつき、口元には不敵に笑みを浮かべてこちらを観察しているようだ。
——さあ、今日は何を言ってくる?
俺は片膝をつきわざと恭しく、魔王マハトに頭を下げた。
「お呼びにより、参上致しました」
勝手に呼びつけられたんだ。必要以上にへりくだるつもりはないが、挨拶を怠るほど俺は腐っちゃいない。
「ユージン、今日こそ其方を、余の元へ迎え入れるぞ!其方の求める条件はなんだ?!」
最近のマハトは、是が非でも俺を引き入れるために、あれこれと手を回してきてかなり厄介だ。
そもそも、余はって……お前誰だよ。
——正直うんざりしている。
「魔王よ、貴方の要望は光栄ではありますが荷が重く、身に余ります」
俺は毎度、あくまでも丁寧にお断りしているはずなんだが?
そもそも、マハトは、俺が帰るとは全く思ってないよな?
「何を言うか! 其方なら申し分ないぞ?何が不満なんだ。余の望みを聞いてくれるなら……この国を半分お前にやったっていい!!」
……おっと、似ている話を、どこかで聞いたぞ?
——マハト、魔王になってバカになったか?
そもそも国なんてもらっても、管理に困るだけで、腹は膨れないだろうが……
「今より、ユージンをここ、魔王城の宮廷料理人に任命する!!」
魔王でも……勝手に任命しちゃダメだろ
全く、本当にマハトは勝手だよな。
俺の料理をそんなにも食べたいか?
——仕方がない奴だな。
元の世界に帰すつもりもなければ、毎日食べる為に、俺に宮廷料理人の立場をくれると言うのだろう?
先日は、魔族からの嘆願書まで、わざわざ届けてくれたよな?
——俺の負けだ。
俺は、このままここの国で、みんなと暮らしていくよ。
——忘れるなんて無理だ。
だから、これからも俺の料理を食べて欲しいとは思っているが……
「だが断る!!」(……断る……断る)
俺の言葉は、謁見室にキーンと反響して響き渡り、しっかりとこだました。
マハトはポカンとしている。
カッコつけが好きで、中身の無かった俺は、素直に美味しいと言ってくれる子供達と一緒に人を幸せにする店をやるんだ。
「な、なんでだよ?!まさか、お前、この期に及んで帰るとか言わないよな?」
マハトは、玉座から転がり下りて、俺の元までやって来た。
「マハト、俺はここに残る。だから、ペリルには断ってくれ」
ハッキリと伝えたら、マハトはガバッと抱きついて来た。
足元にも衝撃があったから、多分アルプも抱きついているだろう。
「よっしゃぁ!!アルプ!全族長にユージンが残ることを通達だぁ!」
マハトの言葉で、嘆願書は族長会議で決定したことがわかった。
「マハト、俺はここに残るが、魔族国の宮廷料理人の肩書きはいらんぞ?」
念押しをしてみたが、マハトもアルプも俺の話を全く聞いていない。
それよりも、早く連絡をと、俺を掴んだまま通信具に手を伸ばしている。
「マハト!俺は……断ったぞ!?」
——これ、俺、ちゃんと断れたよな?
次回、最終回。




