笑顔のご馳走様
——君は、元の世界に帰りたい?
あの時、ペリルに尋ねられたが、俺は咄嗟に答えられなかった。
「……少し、考えさせてください」
そう答えることしか出来なかった。
何となく同じ毎日が続いていくと、勝手に思っていた。
——決めるのは、俺か。
分かっていたのに、全く分かっていなかったんだと、目の前に現実を突きつけられて、いまさら理解した。
「まあ、焦らなくていいよ。帰還ゲートは、魔王の討伐後、転移者が転移場所に近づくと自動的に開くんだ」
ペリルの言い方だと、いつでも好きな時に帰れるような感じに聞こえる。
——答えを先送りにしても、一緒だよな。
俺は目を逸らさずに、自分に向き合わなければならないようだ。
「……ユージン、自分の転移してきた場所はわかるのか?」
マハトは、複雑そうな顔をしながらも、俺が転移してきた場所を、地図を出しながら尋ねてきた。
——マハト、帰還に協力してくれるんだな
顔を見る限り、嫌そうではあるが……
「荒野の真ん中に転移したんだ。そこからひたすら東に向かったら、トビ族のキャンプ地に着いた」
地図を覗き見ても、俺にはどこに何があるのかまではわからない。
「うーむ……ちょっと探すのは難しいか」
マハトは、地図上に指を滑らせながら確認するも、場所の判定は出来なかった。
「そもそも、俺はちゃんと召喚された感じじゃなかったが……」
今思い返してみると、明らかに異常な転移だとわかる。
「……状況を詳しく聞いても?」
ペリルは、興味を持ったのか飲んでいたお茶をテーブルに置いた。
「落雷後に、ここからここくらいのサイズの破れて裂けた形の板っぽい何かが現れて、多分、それに吸い込まれたんだ」
店は、あの後どうなったんだろうな……
俺は、荒野に撒き散らされた調味料を目にした時のことを思い出した。
「ああ、それ、時空が裂けたんだ。だとすると、ユージンは『召喚の失敗に巻き込まれただけの被害者』だったんだね」
——被害者?俺が?
そんな風に考えたことは、全くないが。
「過ちを犯した国に、責任を取らせることもできるけど、どうする?こちらにいる間しか使えないけど、賠償金払わせようか?」
ペリルは、何を言ってるんだ?
「いや、要らない。俺は、巻き込まれた被害者だとは思ってないから」
そりゃ、最初は驚いたけど、ここに来てから、毎日幸せだった。
「それでいいの?マハトの友達なだけあって、ユージンも欲がないのかな?」
ペリルは、変わり者でも見るように俺とマハトを見比べた。
「ペリル様、俺がユージンの立場なら、とりあえず金は貰いますよ?」
マハトは、俺と一緒にされたくないのか、ペリルに対して不満そうだ。
「まあ、謝罪は今じゃなくてもいいか。ただ、元の世界に帰る気があるなら、ちょっと急いだほうがいいよ」
——え?
「なぜです?帰還ゲートは、転移者が近寄れば開くのですよね?」
俺より先に、マハトがペリルの言葉に対して反応した。
「通常の転移ならそうなんだけど、ユージンの場合は、時空が捩じ切れた事故なんだ。同じ場所からは戻れないんだ」
ペリルはちょっと申し訳なさそうに、眉を下げた。
——あれ、俺は戻れないのか?
いや、同じ場所が無理なだけか?
「ペリル様は、どうすればユージンが帰れるのか、あなたならご存知ですよね?」
焦ったマハトに詰め寄られ、ペリルは苦笑いをしている。
「確かに知っているけど、マハトや、さっきの獣魔は彼が帰ってもいいの? 彼、かなり迷ってるよ?」
ペリルは、決めかねている俺を見て、マハトやアルプが俺を止める時間を与えたいのかもしれない。
「はっ? あ、いや、そうか、さっきから止めてなかったが、よくない、全く良くないぞユージン!」
マハトは、ガッと俺の肩を掴み、ガクガクと揺すり始めた。
マハトのことだから、自分の気持ちはさておき、俺を優先させただけだ。
「わ、わ、分かったから、や、め、ろ」
マハトが手を離しはしたが、激しく揺らされたせいで、頭がクラクラする。
「……だが、ユージンが決めたことなら、俺たちは背中を押す……自由に選べ」
マハトは自由に選べと言いながら、俺が残ると即答しなかったことが不満なのか、ブスッとした顔で腕を組んでいる。
「ふふ、ユージン、1ヶ月後にもう一度来るから、その時に答えを聞かせてよ」
ペリルは俺たちのやり取りを見て、次の約束を取り付けた。
「なんで1ヶ月なんだ?」
それに、わざわざ来る意味があるのか?
「まだ、ハッキリした日程が決まっていないんだけど、2ヶ月後くらいに聖女がゲートを開く予定だから、その前に、連れて行くかな」
ペリルは、そう言ってたまごサンドをひとつ摘んだ。
「あ、料理、冷めちゃいましたね……」
話に夢中になっていたから、すっかり冷めてしまった。
——ごめんな
冷めてしまった料理たちに、申し訳ないと思っていたら、
「大丈夫、問題ないよ」
ペリルがパチンと指を鳴らすと、
——え? 湯気?
料理から、一斉に湯気が立った。
「温め直したのか?」
電子レンジみたいだな……
便利な魔法だと感心していたら、
「違うよ、出来立てまで時間を遡ったの」
そう言って、ペリルは唐揚げをサクッと噛み切ると、
「あ、トーコやチャコの唐揚げとも違う。本当に唐揚げって色々あるんだね。あれ?マハト、食べないの?」
ペリルの周りには、唐揚げを作る転生者が2人もいたらしい。
——まさか、唐揚げでバレるとはな
「俺も食べますよ。ただ、ペリル様、最後にお聞きしたいのですが、ユージンは、結局帰ることは可能なのですか?」
マハトは、ペリルの無駄に器用な魔法に呆れた顔をしながら、結論を尋ねた。
「場所は違うかもしれないけど、聖女のゲートを使えば元の世界に帰れるよ」
ペリルはそう言って、ミートボールパスタを一口食べた。
***
「ユージン、俺が先にアルプと話をしてもいいか?」
ペリルを見送った後、リビングを整頓していたら、マハトが話しかけてきた。
俺も話をしたかったが、アルプはマハトの獣魔で執事だ。
「ああ、俺は後からでも構わないよ。アルプの言い分はもっともだ。責めないでやってくれ」
アルプには、本当に可哀想なことをした。
「分かった。気をつけよう……ユージン、俺はお前にはそばにいて欲しいと思っている。ただ、さっきも伝えたが……」
マハトが同じ話を繰り返し伝えてきそうなので、俺は話を遮った。
「マハト、分かってるよ。残るにしろ、戻るにしろ自分で決める。だから大丈夫だ」
誰かの言葉に流されることはない。
——自分の人生だ。責任は自分で負うさ。
「ふっ、そうだな。じゃあ、アルプを連れてちょっと行ってくるよ」
マハトはそう言って、リビングから颯爽と出て行った。
「……さて、どうしたもんか」
リビングのソファにドカッと座り、既に当たり前になったキッチンを見つめる。
ペリルからは、2週間後がタイムリミットだと言われたが……
「俺は、そもそも、帰りたいのか?」
帰れないと思うと、悲しくはある。
だからといって、帰りたいかと聞かれると、手放しには喜べない。
「……あれから店がどうなってしまったのかは、正直気になる。でも、元の世界に俺の存在は必要か?」
そもそも、SNSで炎上した店だ。
誰も期待していなかったし、俺のやる気も地に落ちてたからな……
「いまさら、のこのこ帰れないよなぁ……」
料理人としての想いがハッキリ分かったとはいえ、投げ出したのは事実だ。
でも、どこか捨て切れない気持ちがあるのも、真実だ。
「まあ、いきなり湧いて出た話だ。動揺するのも仕方がないよな」
自分に言い聞かせてはみるけれど、なんだかちっとも落ち着かない。
俺は、何となくソワソワしたまま、1日を過ごしていた。
***
二日後、朝っぱらから俺の部屋の前に土下座しているアルプがいた。
「……アルプ、頭を上げてくれ。出れない」
アルプがマハトから、何を聞かされたのか知らないけど、土下座のままどいてくれないから部屋から出られない。
「私は、ユージンの気持ちも考えず、取り乱し、酷い我儘を言ってしまいました。罰として、蹴るなり、踏むなり受け入れます」
アルプなりに色々考えてくれたのだろう。
アルプの真っ直ぐな性格的に、こうなると頑固だろうな……
「アルプ、お前は俺が友達を蹴ったり踏んだりするやつだと思っているのか?」
俺は、わざと意地悪く尋ねてみた。
「い、いえ、滅相もない!ユージンはそんなこと絶対しません!」
アルプは案の定、慌てて顔を上げた。
「だよな?じゃあ、アルプが知ってる中で、俺が一番喜ぶことはなんだ?」
俺の友達だと言ってくれたアルプなら、答えられるよな?
「……ご飯を美味しく残さず食べる?」
アルプはそう言いながら、いただきますと、ご馳走様同様に手を合わせている。
——分かってるじゃないか
「ぶーっ残念!!『笑顔でご馳走様と言われること』が正解だ!」
俺は、全力で両手をクロスして、正解だけど不正解だと知らしめた。
「えぇ?同じことでは?」
素直なアルプは混乱しながら、何が違うのかと頭を悩ませ始めた。
「アルプは罰として、今日の朝ごはんは、プリンをおかわりして食べ切ること!」
いつもならプリンはひとつだけだが、仲直りにちょうどいいだろう?
「え??あ、あの、プリン、おかわりしても良いのですか?」
単純なアルプはプリンに釣られた。
「俺より先に、キッチンまで辿り着けたらなっ!」
俺は、そう言ってアルプの頭上をジャンプして飛び越した。
「ああ!ユージン、ズルいです!うっ、私……足が痺れて」
振り返ると、アルプが顔面をシワシワにして苦悶の表情を浮かべている。
「……アルプ、なにやってんだよ。ほら、一緒にいくぞ」
——全く、残念な執事だな
俺は、笑いながらアルプの角を掴んだ。
最近知ったんだが、アルプを運ぶにはこれが一番負担がないらしい。
「重ね重ね、も、申し訳ございません」
足の痺れもあってか、アルプはプルプルしていた。
リビングには、コルージャと子供達が席についていた。
「あれ?アルプどうしたの?」
アルプが俺に運ばれている姿を見て、ピコラが近寄ってきた。
「いや、なんでもないです。お構いなく」
アルプは運ばれながらも、キリッと答えた。
「ピコラ、ガバル、エリソン、リコラ、アルプは足が痺れて動けないんだ……だから……絶対、触っちゃダメだぞ?」
俺はニヤリと笑って、子供達の前にアルプを置いた。
「なぁ?ユ、ユージン?!あ、ダメです、やめ、やめて、ヤメロォー!!ギャーッ!!」
朝食を準備する間に子供達は、きゃっきゃと笑いながら、嬉々として、アルプを突き回している。
「よーし、みんな、朝ごはんだ!」
俺の一声で、みんな大人しく席についた。
「「「「いただきます!!」」」」
子供の弾ける笑顔が見れたから、アルプへのイタズラはこのくらいにしてやろう。
後、残り4話です!




