医食同源
「さて、ピコラが目覚めたら、しっかり食べさせてやらなきゃな」
フォキアの回復魔法により、ピコラは一命を取り留めた。
フォキアの回復魔法は、アルプやコルージャより断然強かった。
「やっぱり、固有能力は違うな」
本当に近くにいてくれて良かった。
ピコラの状態が一旦安定したので、俺はしっかり休んで、いつも通りの朝を迎えた。
「フォキアは、まだ部屋にいるのか?」
昨夜はコルージャと共に部屋にいたはずだ。
「フォキアは、ピコラの様子を見ながら回復魔法をかけると言っていたので、まだ部屋にいるかと。お呼びしましょうか?」
アルプも俺と同様に、朝にやっておかなければならない業務をこなしている。
「邪魔したくはないんだ。でも、食事くらいは運んだ方がいいか?」
フォキアにも、そろそろ休んで欲しい。
「夜通し付き添ってくれていたので、フォキアにも休憩してもらいましょう」
アルプは、フォキアと交代するために持ち場を離れた。
「フォキアは、シュヴェルトフィッシュの海鮮汁は食えるかな?」
俺は、朝食として昨日のうちに作っておいた海鮮汁を器にたっぷりよそった。
「ふぁ……ユージン、おはようございます」
フォキアは、あくびを噛み殺しながらリビングにやってきた。
――寝てないから、疲れたよな。
「おはようフォキア。昨夜からお疲れ様。朝飯で魔素補給にシュヴェルトフィッシュの海鮮汁を食わないか?」
フォキアの前にホカホカと湯気をあげている海鮮汁を置いた。
「……こ、こんなに優遇していただいても、いいのでしょうか?」
感動したのか、フォキアは涙目で海鮮汁を見つめている。
「優遇って、ただの朝食だよ。フォキアがやってくれたことのお礼にもならないだろ」
フォキアがいなきゃ、ピコラは正直危なかったんだ。
――お礼は、どうしようかな。
「お礼だなんて……フォキアとして当然のことをしただけなのですが、本当にこちらを、いただいても?」
フォキアは遠慮がちにしながらも、海鮮汁をチラチラ見ている。
「ああ、しっかり食べて力をつけてくれ」
フォキアは器を器用に持ち上げ、ずずっと汁を啜ると、
「ああっ、料理とは、こ、こんなに違うのですか? 私が今まで食べていた素材と、本当に同じ物なのでしょうか?」
フォキアは具材を一口ずつ宝物のように大切に食べている。
「気に入ったなら良かった。海鮮汁は魔素の回復が早いからたくさん食べてくれ」
フォキアは一口食べるごとに感動しているので、見ていて飽きないな。
「そう言えば普段は、回復した後に相手からお礼を言われたりしないのか?」
助けられたのにお礼すらしないなんて、失礼にも程があるだろう?
「基本的に、勝手にやっていることですし、相手は意識を手放しているので、わざわざお礼を言われることなどはありませんよ?」
フォキアはそれが普通だと思っているのか、お礼を言われることに違和感があるのか、首を傾げている。
――なんか、報われなさすぎだ。
いい奴すぎるよな……。
「……フォキア、嫌じゃなかったら、これからも、ここで俺達と一緒に住まないか?」
そうしたら、食材として捕獲されることもなくなる……よな?
「そんな……夢ですか? 私なんかがここにいても良いのですか? もしかして、非常食?」
フォキアは、まだ自分を食材だと思っているみたいだ。
――ダメだ、放っておけない。
このままじゃ、フォキアは本当に誰かの食材になってしまう。
「違うよ。俺がお前を気に入ったんだ。ここには傷つき逃げてくる魔族もいるから、フォキアさえ良ければ、助けてくれないか?」
俺が誘うと、フォキアはみるみるうちに目に涙を溜めて、
「こんな私を、気にしてくださるなんて……ユージンは人が良すぎです。なんでもするので、こちらからお願いしてもいいですか?」
感動にフルフル震えながら、フォキアはやっぱり低い姿勢で頭を下げた。
「きっとフォキアにはかなり頼ってしまうと思うが、せっかく知り合ったのだから、仲良くなりたいんだ。よろしく頼むよ」
俺は、感激と遠慮が入り混じった顔をするフォキアの頭を撫でた。
――きっと、ピコラもみんなも喜ぶよな。
***
「さて、医食同源、薬膳メニューでも作るとするかな」
フォキアが仲間入りしてくれたなら、地下拠点の回復も早まるだろう。
「お、こんな物まであったんだな?」
俺は、送られてきていた媚薬の原料の中から薬膳メニューに使えそうな物を見つけたので取り出した。
▪️ゴジベーレ(クコの実)
ドライフルーツのような優しい甘み。
少し薬っぽい香りがする。
赤い色味で料理に映える。
◻︎使い方
そのまま食べる。
煮込み料理に入れる。
お茶や薬の原料に。
*備考
効能:滋養強壮、虚弱体質改善、疲労回復、眼精疲労、美肌、皮膚再生、抗酸化作用
「クコの実は杏仁豆腐の上に載せるイメージが強かったけど、まさかどっちも『媚薬』の原料だったとはな……」
媚薬の主原料は、ゴジベーレ、テチュ、クナール、クリンウッド、ダワーウッドの樹液、シーサーペントの肝、液体魔素だ。
「しかし、立派なナツメだな」
クコの実の大きさはさほど変わらなかったが、ナツメに至っては拳サイズだ。
▪️テチュ(ナツメ)
薬としても使われる甘い実。
乾燥させて薬としても使われる。
黒糖のような深い甘みとコク。
◻︎使い方
煮込むとほくっと柔らかい。
生姜や鶏、海鮮と相性が良い。
お茶や薬としても優秀。
*備考
効能:増血効果、貧血予防、気力回復、血流改善、体を温める、胃腸を整える、緊張を和らげる、滋養強壮
「この二つがあるなら……よし、薬膳料理を作ろう。フォキアのくれた海藻も使うか」
食材を作業台に並べていたら、リコラが魔法を解除してもらったのか起きてきた。
「ユージンおはよう。ねえ、ピコラは本当に大丈夫なの?」
ピコラの部屋にいるアルプに説明はされたのだろうが、部屋には入れてもらえず、不安そうにしている。
「リコラおはよう。ピコラはしっかり回復魔法を掛けてもらったから、大きな傷はもう塞がってるから大丈夫だ」
後は、魔法では賄いきれなかった体力を取り戻すだけだ。
「アルプから状態は聞いたわ……でも、ピコラまだ眠ったままよ?」
リコラは昨日、ピコラが倒れる姿を目の前で見ていた。
――心配するなと言うのは無理だな。
「リコラ、ピコラは今、眠ることで体力をつけているんだ。今から魔素たっぷりの食べる薬を作るんだが……」
何もしないでいると、不安が重なるだろう。
「ピコラのために、一緒に作らないか?」
そもそもリコラは料理に興味がある。
ピコラのためになることをすることで、少しでも気が楽になればいい。
「私が? 出来るかな……」
リコラは不安そうではあるが、興味はあるのか作業台に並ぶ食材を見つめた。
「俺が作り方は教えてやる。リコラが作ったと知ったら、ピコラ驚くぞ?」
ピコラとリコラは、いつもお互いにイタズラを仕掛けて笑い合っている。
だから、リコラにとって、ピコラを驚かせるのは楽しみなはずだ。
「……やる。上手く作れたら、ピコラ元気になるのよね?」
リコラの瞳にやる気が漲った。
「魔素たっぷりだし、リコラが作るんだ。食べたらピコラは直ぐに回復するよ」
俺は、リコラの頭を撫でて、コンロに鍋をセットした。
「うん、ユージン、作り方教えて!」
リコラが洗浄魔法で手を洗い、エプロンを付けている間に、俺は薬膳粥の準備をする。
「リコラ、まず薬膳粥からだ。米を洗って、鍋に米とシュヴェルトフィッシュの出汁を入れて、生姜、ねぎも加えて弱火で煮てくれ」
リコラが、順番に作業をする間に、俺は薬膳スープの準備のために、鍋にだしを入れて温めておく。
「リコラ、煮えるのを待つ間にスープも作るから、この鍋にも生姜と長ねぎを入れて」
リコラは、真剣な顔で鍋に生姜とネギを入れている。
「ユージン、コレは人間の野菜よね? 魔素は足りるの?」
リコラは、魔法食材じゃないことが不安なようだ。
「粥の出汁はシュヴェルトフィッシュのアラから取ったし、こっちはシーサーペントの骨から作った出汁だから大丈夫だよ」
薬膳スープには肉も入るし、充分すぎる。
「なら、良かった。次は?」
リコラは納得して次の作業を尋ねてきた。
「次は、シーサーペントの身を入れて、火が通るまで少し煮て、海藻と豆と、ゴジベーレを加えて煮る」
ひたすら追加して煮るだけだから、リコラでも簡単だろう。
「え? このヌルヌル、スープに入れたら、緑色になった……こんなの見たことない」
リコラは海藻を初めて見たようだな。
ちなみにこの海藻は……
▪️モズク(もずく)
海に育つ褐藻の一種。
つるつる、ぬるりとした喉ごし。
ほのかな磯の香り。
生は茶褐色、加熱で深緑になることがある。
細い糸状で料理に絡みやすい。
◻︎使い方
主に薬の原料。
そのまま食べたり、スープに入れたりと使い方は未知数。
*備考
効能:胃腸保護、免疫サポート、腸内環境改善、血を固める、傷の回復補助
――もずくパワーは侮れない
「この2つは薬効が高くて、普段は薬の原料になってるみたいだから、なかなか見ないのかもしれないな」
この世界に、もずく酢はなさそうだ。
――フォキアには感謝だな。
「これ、本当に食べられるの?」
リコラは、モズクの怪しさに疑心暗鬼だ。
「食ったらうまいぞ。ほら、卵を回し入れてくれ。ふんわり固まったら塩・こしょうで味を整えて、ごま油をひとたらしで完成だ」
——シーサーペントの薬膳スープだ。
リコラは渋々といった表情で、言われるまま準備してあった卵を鍋に注いだ。
「わぁ! 卵がファッと広がったわ」
上手くいったと、リコラは笑顔になった。
――良かった。少しは元気出たな。
「よし、次は粥を仕上げていくぞ。米がしっかり柔らかくなったら、シュヴェルトフィッシュと、クラーケンを煮て火を通せ」
リコラは、スープからパッと切り替えて、粥の鍋に向かった。
「シュヴェルトフィッシュの薬膳海鮮粥だ」
出来立ての海鮮粥は、ほかほかと美味しい湯気を立てている。
「……美味しそう」
リコラは辺りに漂う優しい海鮮の香りに、お腹をグーっと鳴らした。
――そう言えば、朝飯まだだったか。
「最後にゴジベーレを散らして、ごま油を加えたら完成だ。後はテチュを茶にしたら、リコラも朝食にしよう」
俺は、テチュを生姜と煮出してお茶を作り、蜂蜜を加えて少し甘くして、リコラにも飲ませてやることにした。
鍋からフワリと甘い香りが立ちのぼり、
――少しでもリコラの緊張が取れたら。
そう思いながら、ピコラのために作ったばかりの薬膳セットを、リコラの分も一緒に用意してやった。
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