特別なんだよ
「ユージン! お願い、助けて!!」
リコラが、外の調理場に泣きながら駆け込んできた。
——何があった?
「落ち着け、リコラ。どうした?」
泣きじゃくるリコラを宥めようと手を差し出したら、
「ここはいいから、早く来て! ピコラが死んじゃう!」
リコラは俺の手を掴むなり、グイグイ引っ張って、山に向かって走り出した。
——なんだと?
「リコラ、ピコラが死ぬって、一体どういうことだ?!」
俺はリコラと一緒に走っているが、トビ族は足が速いため、半分引きずられている。
「話はいいから、早く走ってぇ!!」
リコラは、必死に俺の手を引っ張りながら走っていく。
——とにかく急ぐか。
走ることに集中してリコラについていくと、藪を抜けた先に……
「ピコラ!!」
ピコラは、明らかに重傷だった。
右肩から下に向かって、半身を火傷した状態で倒れている。
「コルージャ!! 一体何があった?!」
俺は混乱して焦るあまり、思わず近くにいたコルージャに怒鳴りつけてしまった。
「負傷兵が、ピコラに謝って魔法をぶつけてしまいました。この負傷者は、地下拠点に回収するよう連絡済みです」
——くそっ、なんてことを!
コルージャが、静かに状況説明をしたので、俺は一旦冷静になろうと深呼吸をした。
コルージャの足元を見ると、魔族の男は気を失っている。
「酷いな……」
魔族の男は、げっそりとやつれ、服は破れ、あちこち血が滲み傷だらけだった。
——違う。こいつも被害者だ。
「ピコラには浄化と睡眠魔法をかけてあります。ポーションも服用していますが、アルプに頼んで早急に処置をお願いします」
コルージャの説明を聞き、そっとピコラの小さな体を抱き上げた。
「ピコラ、すぐ連れて行くからな」
——振動が辛くないよう気をつけなきゃ。
でも、一刻も早く家に戻らなければ。
「リコラ、先に帰ってアルプに怪我の状態と、状況を先に伝えてくれるか?」
リコラはピコラが心配すぎて、ずっと俺のシャツの背中を掴んだままだ。
「分かった、行ってくるね」
リコラは、俺から手を離し負傷していない側のピコラの手をぎゅっと握ると、涙を堪えたまま走っていった。
目の前でピコラが負傷したんだ。
——リコラ、辛いな。
慎重かつ足早に歩いていたら、地下拠点の兵士に負傷兵の引き渡しを終え、コルージャが追いついた。
「私がいながらこんなことになって……申し訳なかった」
コルージャは、魔法で眠るピコラを見て心を痛めているのだろう。
羽でそっとピコラのおでこを撫でた。
「コルージャ、一体、どうしてこんなことになったんだ?」
俺はコルージャに詳しい話を聞いた。
「今日は山で、二人を連れてナッツを拾っていたのです。私から少し離れたピコラが、避難してきた負傷兵を見つけたのですが……」
——負傷兵に気付いてしまったのか。
普段なら、ピコラはコルージャから離れることなどなかっただろう。
「急に目の前に現れたピコラに、負傷兵はパニックに陥り、敵と勘違いして魔法を……」
コルージャはぎゅっと目を閉じて、
「……私のせいです。私の怠慢がこのような事態を招いてしまった」
コルージャは酷く責任を感じているのか、視線を下げて俯いている。
——ピコラ、もうすぐ着くからな。
目前には、家が見えてきた。
「コルージャ……気にするなとは言わないが、落ち込んだ姿を子供達だけには、絶対に見せないでくれ」
特に、リコラは気にするだろう。
「そうですね。大人の私がしっかりしなければいけませんね。ユージン、ありがとう」
コルージャは、気持ちを切り替え顔を上げ、先に玄関へ行き入り口のドアを開けてくれた。
「アルプ!! 戻ったぞ!」
玄関口で声を張ると、
「ユージン! 部屋へ運んでください!」
アルプは、準備万端で待ち構えていた。
***
「とりあえず、今できるのはここまでです」
処置を終えたアルプは、脱がすために切り刻んだ服や、汚れてしまった鞄をまとめて、部屋の外へ運んでいった。
処置にはかなりの時間がかかり、外はすっかり暗くなっていた。
「……ピコラ?」
入れ替わるかのように、処置の間外に出されていたリコラが、部屋に滑り込んできた。
「ピコラ? ……ねぇ、起きてよピコラ」
リコラは、ピコラがまだ眠ったままなことが信じられないようだ。
「リコラ、ピコラは起きると痛みがひどい。だから魔法で眠っているんだ。ゆっくり眠らせてやれ」
ピコラの傷はかなり酷かった。
当然だ。目の前で大人の兵士が全力で、火炎をぶつけたんだ。
「そんな……ユージン、ピコラは、ピコラは大丈夫だよね?」
リコラは、俺に縋るように問いただす。
「大丈夫だ。だからリコラも少し休め」
安心させるために頭を撫でてやるが、
「やだ。私、ここにいる」
リコラはピコラのそばから離れない。
「リコラ、ちゃんと休まなきゃダメだ」
正直なところ、ピコラの状態は良くない。
アルプが『今夜が一番危ないでしょう』と言っていた。
俺とアルプとコルージャで回復魔法を交代で、夜通しかけることにしている。
——リコラには教えられない。
「嫌よ! 絶対離れないもん!!」
双子だからか、ピコラの状況が良くないことを理解しているのかもしれない。
普段は聞き分けがいいリコラが、全く譲らなかった。
「……リコラ……って、リコラ?」
ピコラのベッドの横に跪いていたリコラが、グラリと倒れてきたので慌てて支えた。
「可哀想ですが、リコラは眠らせました」
アルプがリコラを眠らせると、後から部屋に入ってきたコルージャが、リコラを抱えて部屋に連れて行った。
「アルプ、助かったよ。ありがとう」
あのままでは、リコラも倒れただろう。
「リコラは、ピコラが元気になるまで眠らせておきます」
アルプは、硬い表情でピコラに近寄ると回復魔法を発動した。
——アルプも集中力の限界だろ。
「アルプ、ピコラの看護は俺がやる。だからお前は一旦休め」
アルプは、ハッとして俺を見た。
「今はまだダメです。ユージンも仕事が忙しいですよね?」
確かに普段ならこの時間は、追加の料理を作るが、そんなこと、今はどうでもいい。
「数日分の作り置きはある。代わってくれ」
俺は強引にアルプと交代して、ピコラに回復魔法をかける。
「アルプ頼む。この後、コルージャに代わるから、とにかく一度しっかり休んでくれ」
俺の魔力が尽きるまで、コルージャと代わる気などさらさらないが、今は、とにかくアルプを休ませたい。
「分かりました。確かに今の私は魔力が不安定なので、一度休ませていただきます」
アルプは納得したのか、ペコリと頭を下げて部屋を出て行った。
アルプのことだから、きっちり回復してから戻ってくるだろう。
「ユージン、代わりますよ」
リコラを休ませたコルージャが、戻ってきたけれど、
「コルージャ、俺の魔力に限界が来たら呼ぶ。俺が一番魔力が弱いし、コルージャはアルプが来るまで長いから、今は温存してくれ」
コルージャは、納得というより、俺の気持ちを汲んでくれたのだろう。
「分かりました。リビングで休んでいるので、いつでも声を掛けてくださいね」
そう言って、そっと部屋を出た。
パタンと扉が閉まる音が聞こえたら、俺の頬に一筋の涙が溢れた。
「……なんで、ピコラが傷付かなきゃならなかったんだ」
——ピコラは、俺の始まりの存在だ。
何もかもなくなった俺を、ここまで連れてきてくれた子なんだ。
「絶対に治してやるからな」
——特別な存在なんだ。傷つけないでくれ。
実際、後方支援をする俺達には、良質なポーションはない。
『普通のポーションでは治りません』
アルプはそう言った時、一瞬、絶望的な表情をしていた。
『とにかく処置をした後に、回復魔法をかけ続けましょう』
治るまで、回復魔法をかけ続ける。
——今、俺達にはそれしか出来ない。
俺は、液体魔素を直接舐めながら、回復魔法を使い続ける。
「くっ、もっと、魔力があれば……」
増えたと言っても魔力量が少ない俺は、すぐに魔力が足りなくなる。
液体魔素を、2本目、3本目……5本目を手にした時、頭に鈍い痛みが走った。
「……っ痛。そろそろまずいか?」
これ以上魔素を摂取すると、多分倒れるだろうと感じてはいるが、構わないと思った。
ガチャリ
「ユージン。そこまでです。そろそろ私と交代してください」
コルージャは先読みしたのか、タイミングを見計らっていたのか、部屋に入るなり俺の手から液体魔素を取り上げた。
「……頼む」
俺は大人しくコルージャに場所を開け、ピコラのおでこをひと撫でして部屋から出た。
***
魔素を安定させるために一眠りした後、夜中に目覚めた俺はピコラの部屋を覗いた。
「……発熱がひどくなってきました」
コルージャと交代したアルプから、ピコラの今の状態を聞いた。
「そうか。なら、解熱作用のある薬があるから取ってくるよ」
正直、叫び出したい。
だけど、アルプも俺もあくまでも冷静に振る舞っている。
——取り乱すな。落ち着け。
「パニックになると、小さな変化に気づけなくなるぞ」
俺は、自分に言い聞かせた後、手元のさまざまな作用の薬瓶を見る。
「解熱剤は……これか」
俺は震える手で、瓶をぎゅっと握る。
「目覚めたら、ピコラには回復食を作ってやらなきゃな」
不安な気持ちをかき消すように、ピコラが治った後のことを考える。
「確かフォキアから貰った海藻類に、傷の回復効果が高い……そうだ! フォキアだ!」
俺は、デッキに向かうといるかわからないけれど、とにかくデカい声で
「フォキア! フォキア、いないか?! 頼む! 助けてくれ!」
いるかどうかもわからないけど、フォキアは強力な回復魔法が使えたはずだ。
「……頼む、頼むよ」
暗い海に叫び続けていて、不安に押しつぶされそうになり、声が小さくなった時、
チャプッ
「ユージン、こんばんは。呼びましたか?」
暗い海面から、フォキアが目を真ん丸くして、ひょこっと顔を出した。
「フォキア! いたのか?!」
——良かった!! ピコラ、助かるぞ!
フォキアが、ヒョイとデッキに上がってきたので、俺は軽量魔法をかけ、担ぐと急いで部屋に走った。
「ユージン?! まさか、やっぱり私を食べるのですか?」
フォキアは相変わらずだが、今は構っている場合ではない。
「頼む、仲間を、仲間を回復してくれ!」
フォキアは必死に懇願する俺を見て、神妙な顔で頷いた。




