争いは何も生まない
マハトから聞いた話、『媚薬飴』を渡したから、魔王は部屋から出てくることがかなり減ったらしい。
「色ボケ魔王の尻拭いも大変だよな」
今マハトの部隊は、この隙に出来るだけ多くの魔族を助け、影響力の弱い土地に移動させている。
「えっと、今日は何人分追加になるんだ?」
地下拠点にも、前線で負傷した兵士や、洗脳から逃れた魔族が次々と運ばれてくる。
アルプから渡されている資料を見ながら、地下拠点に渡す料理を選ぶ。
「ガバル、地下に行くならこれ、ジェリコの部下に渡してくれ」
ガバルは、ジェリコからの依頼で地下拠点を広げて作り替える仕事をしている。
「分かった。なあユージン、オイラも大人用の魔素飴貰っていいか?」
魔素飴か……ガバルは能力を酷使しているから、魔素が不足しやすいのかもしれないな。
「大人用だと、魔素酔いするだろ? いつものやつじゃダメなのか?」
食べる量を増やせばいいだろう。
「うん、いつものやつだと、沢山食べちゃうから、ずっと口が甘くなって、ご飯が美味しく食べられないんだ」
そう言えば、ガバルはピコラと違って甘党ではなかったな。
「そうだったか、気づかなくてすまん。ガバル用に、いつもの飴の魔素を少し増やすよ」
俺は、ガバルの持って行く飴用の小瓶に子供用の飴を追加し、魔素量を少し増やした。
「少し魔素を増やしたぞ。あと、コレも」
俺は、ガバルにマハト用の酒のつまみを少し分けてやった。
「何だこれ? うまそう」
ガバルは、クンクンと匂いを嗅いでいる。
「クラーケンの燻製だ。甘くないし、この飴と同じくらいの魔素量だ。食べすぎるなよ」
甘党じゃないガバルには、こちらが良いかもしれないな。
「やった! ユージンありがとう! じゃあ行ってきます」
ガバルは、飴の瓶とクラーケンの燻製を鞄にしまい、地下拠点用の鞄を掴んでキッチンから飛び出して行った。
「次は、トビ族の準備だな」
トビ族はいつの間にか、別荘のそばに穴を掘って生活している。
避難してきた魔族の食材確保を手伝うと、ピコラを中心に山間に畑を広げている。
「ピコラとリコラも最近頑張ってるな」
ピコラは畑メインだが、リコラは俺の飴作りを手伝ってくれるようになった。
今となっては、魔族国中の砂糖が俺の元にあるような気すらする。
「リコラに、シリアルバーを頼んでみるか」
リコラは前から菓子作りが得意だから、任せてもいいだろう。
「ユージン、今日とれた産みたてたまごです。ここに入れておきますね」
エリソンがたまごを届けにキッチンにやってきた。
「あ、もうそんな時間か?」
エリソンは、いつもお昼前にたまごを持ってくる。
「いえ、僕の家族が山間に避難してきたので手伝ってもらいました」
エリソンの家族? いつの間に……
「移動したばかりなら、やる事が多いよな。エリソンの家族は何人だ?」
ハリネズミは、子沢山そうだ。
「今は父母と乳飲み子の四つ子です。兄達は、たまご屋さんがあるので残りました」
そうか、あのあたりは、まだ安全か。
「分かった。これをご両親に持っていけ」
俺は、エリソンに料理をいくつか渡した。
「えっ? ダメです。受け取れません」
エリソンは遠慮しているが、
「エリソン、養鶏場を広げてくれないか? 大所帯になったせいで、卵が足りないんだ」
俺がそう言うと、エリソンは食事を受け取ることに納得した。
「父母に役目をくださるのですね? ユージンは優しいですね。ありがとうございました」
エリソンは、ニコリと笑うと自分の持ち場へ向かった。
「さて、みんなに食事も渡せたし、俺も下拵えしたら、ちょっと休憩するかな」
今は、地下拠点に避難してきたみんなには我慢をして貰っている。
「地上に魔族が増えると、見つかってしまう恐れがあるけど、エリソンの家族だけなら小さいし、大丈夫だろう」
その辺、トビ族は隠れ方もだけど、一族の使い方が優秀だよな。
「今日のお散歩部隊は、どこに狩りに出ていったのかな?」
元気な魔族がずっと地下だと気が滅入るだろうと『お散歩部隊』として、少人数ごと交代で外へ出るようにしている。
「そろそろ、魔物じゃなくて海産物をお願いしようかな」
——ジェリコ部隊に頼むか。
俺達は、マハトの後方支援部隊として『表向きは任命されている』ことにしてあるため、基本的には変わりない毎日だ。
「人数が増えたし、食材の確保が大変になってきたな。お散歩部隊が外に出てきた時は、魔物以外の食材調達もしてもらうか」
ただ、外に出るとみんな張り切って、ガッツリと狩りをしたがるんだよな。
「お散歩部隊とは別に、別働隊もありか?」
ジェリコの部下に、小規模部隊を編成してもらうか。
「全く……争いは何も生まんな」
悪いことをしていないのに、コソコソしなきゃならんなんて面倒でしかない。
「強いて言えば、俺の量産スキルが上がったくらいだ」
俺は、ひたすら大量の炊き出しと、魔素飴を量産中だ。
今はとにかく大所帯なので、気の利いた料理などを作る暇はない。
「今夜は、シュヴェルトフィッシュの海鮮汁と、シーサーペントの煮込みだな」
俺は食材を鞄に入れて外に移動して、外の調理場に向かう。
「鍋というか、これじゃ風呂だよな」
目の前にある巨大な鍋は、素材を集め新しく作り替えた物だ。
もちろん今までのコンロは使えないため、別の場所に炊き出し用の窯を新設した。
「さてと、一気にやっちゃいますか」
俺は腕まくりをすると、魔法で食材ごとの下拵えをいっぺんに処理していく。
「魔法が使えなきゃ、この量の下拵えだけで何時間かかるんだろ」
毎日大鍋でドカンとまとめて作る姿は……
「まるで給食のおばちゃんならぬ、おじ……お兄さんだ」
——魔法なしでは、太刀打ち出来んが。
下処理をした後、素材ごとに軽く火を入れて出汁と酒で煮込む。
「……よし、後は煮込むだけでいいな」
魔法も使い慣れたから、量産に関しては仕事が早くなった。
飴の作成も、魔素の追加をしなければならないけど、色々短縮して一気に仕上げることも可能になった。
「味付けは煮込んだ後だ。少し休むか」
俺は、昼までのルーティン作業をこなしたので、デッキに向かい、海を眺めながら小休憩をする。
「おお、今日もやってるな」
はるか沖の方で、魔族が派手にシーサーペントと戦っているようだ。
透き通った海中を覗くと、魚が急いでデッキ下に逃げてきているのがわかる。
「おいおい、凄い勢いだな」
デッキ下には、ガバルが魚用の罠を仕掛けていたはずだ。
「せっかく逃げても食われる運命なんだよな……美味しく頂きます」
手を合わせ切なさを感じながら、沖を見たら一際大きな魚影が見えた。
「デカいな。マグロか?」
追われて魚が慌てていたのか……待て、この勢いでぶつかると、罠が壊れないか?
魚影はかなりのスピードで近づいてくる。
「待て待て、マズいか?」
——止め方がわからんぞ?
「とりあえず、雷で威嚇するか」
バリリッバチッ
俺は魚影を目掛けて雷撃を当てた。
「どうせ、俺の雷なんて、食材を一瞬気絶させる程度だ」
驚いたら、逃げていくだろう。
「……いや、マグロなら欲しいな」
俺は、魚釣り用に置いてあった網を手にして浮かび上がってくる影を見つめた。
プカリ
気絶して浮かび上がってきたのは、見覚えのあるシルエットだが……
「あぁっ! フォキア!」
——ちょ、大丈夫か?
マグロじゃない……フォキアだ。
「ユージン、海に何かありましたか? あれ、フォキアがなぜ?」
今日の配送を終わらせたアルプが、ちょうど帰ってきた。
「どうしよう、間違えて雷撃を……」
フォキアは目を回してグッタリしている。
「なんでまた、こんなところに」
アルプが魔法を使ってデッキに引き上げると、フォキアに目覚めの魔法をかけた。
「ハッ! 申し訳ありません。私としたことが意識を手放していたようです!」
フォキアは目覚めたが、相変わらずぺこぺこしている。
——あれ? 前回と同じ個体か?
「いや、俺のミスだ。魚と誤って雷撃をぶつけてしまった。大丈夫だったか?」
見た感じ平気そうで安心した。
「あ! ユージン様! ご無沙汰しております。雷撃? あれ? ごめんなさい。私、やっぱり食材として捕まりましたか?」
フォキアは勘違いした後、明らかに落胆して項垂れた。
「違うから、マグロサイズの魚だと思ったんだ。あのまま突っ込んだら、デッキ下の罠が壊れそうだったから」
——同じ個体だったか。
「そうでしたか……マグロ? じゃなくて、さぞかし期待はずれでしたよね。申し訳ありませんでした」
フォキアは、申し訳なさそうにさらに落ち込み頭を下げた。
「そんなことはないよ。もしかして、シーサーペントとの戦いに巻き込まれたのか?」
どちらにせよ、申し訳ないことをした。
「いえ、今日は先日のお礼に伺いました」
——お礼?
俺とアルプは、なんのことだろうと顔を見合わせた。
「先日は、ユージン様とアルプ様に、大変良くして頂いたので、せめてものお礼にこの袋……あれ?!」
フォキアはヒレをパタパタしながら、キョロキョロと何かを探している。
「どうした?」
探し物なら手伝おうかと思ったら、
「ち、ちょっと失礼」
ドボン
フォキアは慌てて海に潜って行った。
「なんだ?」
随分と慌ただしいな。
「ユージンの雷撃に驚いて、手にしていた袋を落としたのでしょう」
アルプは冷静に海を覗いている。
バシャン
水音と共に、フォキアはヒョイとデッキに上がると、
「はぁはぁ、失礼しました。こちら、良かったら受け取ってください」
渡された袋の中に、魚だけでなく色々な種類が豊富に入っている。
——おお、ありがたい。
「あれ? 海藻もあるのか?」
あざらし……肉食じゃなかったっけ?
「私はなんでも食べます。人間は海藻も好んで食べると聞きましたので」
フォキアは雑食らしい。
——見た目のままじゃないんだな。
「ユージン、フォキアは私と同じですよ」
アルプは俺の袖口をクイっと引いた。
——あ、喋る魔獣は獣魔族だったか。
獣魔族は、やっぱり不思議生物だ。
「これ、わざわざ集めてくれたのか?」
なんだか律儀なやつだな。
「私はあの時、食材として送られたと聞いたので、お礼をするなら食材がいいかなと」
しかも、めちゃくちゃ空気読んだな。
「ありがとう。ところでフォキア、お前の名前は?」
ずっと種族名で、呼んでるが……
「名前? フォキアです」
フォキアはフォキアらしい。
「ユージン、フォキアは単体で行動するので、名前は必要ないのだと思われます」
——そんなもんなのか?
「なら、フォキアでいいのか?」
確かに、動物も人間がつけない限り名前なんてないが……
「はい。気に入っていますから、もし宜しければ、それでお願いします」
フォキアはペコリと頭を下げた。
「フォキアは、自らのクローンを産み落としますから。ある意味単一の存在なのでしょう」
アルプが生態を追加で説明してくれた。
——へえ、思った以上に不思議生物だ。
「クローン? ラマンティーヌ族は雌雄同体だけど、それとは違うのか?」
ジェリコのクローンは……遠慮したい。
「そうですね。ちょっと違いますが、基本的に単体で繁殖しますから、多分同類ですよ」
俺は、可愛い顔をしたフォキアと、ラマンティーヌ族が同類とは思いたくなくて、
無意識にフォキアの頭を撫でていた。




