戦いは、始まっている?
「今日も、色々届いたな……」
アルプが食材と共に、兵士からの贈り物をリビングの机に並べた。
「兵士達は、それだけユージンに感謝しているのですよ」
飴のおかげで、かなり動きやすいらしい。
「今、国の情勢はどんな感じなんだ?」
少しはマシになったのだろうか?
「魔王に影響を受けて、命令に逆らえなくなった魔族は、人間の国の側で、小規模な小競り合いを起こしています」
やっぱり、状況は変わらないようだな。
「小競り合いで済んでいるのか?」
その程度なら、立て直せるだろうか。
「争う気力の無い魔族は、派手な演出のために、討伐難易度の高くない魔物を使役して、人間の周りをウロウロしているだけです」
魔王にバレないように『やっている風』を装っているらしい。
「そうか、まだ、どちらに対しても被害がないんだな?」
あんな魔王に、命をかけることはない。
「残念ながら、好戦的でやる気に満ちた魔族もいるのです。そいつらは大型の魔獣を人の国に嗾けていたので……」
マジか、余計なことする奴って、どこにでもいるんだな。
「ついに、人間の討伐隊が動き出しました」
——厄介だな。
「マハトはどうしているんだ?」
魔王を止める次の手はあるのだろうか?
「古城での魔王の影響がかなり強くなってしまったのか、マハト様はなかなか思うように立ち回れないようです」
魔王の動きを止めるのに精一杯らしい。
アルプと話をしていたら、アルプの通信具が光った。
——誰からだ? マハトか兵士か。
そんなことを思いつつ、沢山ある贈答品を整頓していたら
「ええ?! そんな……」
通信を受けたアルプが、ひどく焦っている。
「内容把握致しました」
一言だけ返信すると、視線を落とした。
「何かあったのか?」
明らかにアルプの態度がおかしい。
「今日、ついにシュピンネが人間の国へ魔物を連れて出兵したようです」
アルプは、怒りが抑えられないのか、ギリッギリッと歯を鳴らした。
「今まで抵抗していたのですが、シュピンネの家族が洗脳され人質に取られて……」
——本当に魔王はクソだな。
「あいつ、大丈夫なのか?」
最近、さらにやつれていたよな。
先日、ここに顔を出してくれたけど、目が落ち窪み、明らかに疲労が見て取れた。
「シュピンネには、人間を傷つける気はないので、大丈夫かと思っていたのですが……」
アルプはワナワナと震え出した。
「シュピンネは他の魔族同様、一見戦った痕跡だけは残してくると、魔獣を引き連れ出兵したきり……帰ってきていないと……」
そんな……シュピンネ、無事なのか?
「そうか、マハトはどうしてる?」
あいつのことだから、責任感じてるよな。
「マハト様は今、これ以上魔王に余計な事をさせないために、監視としてつきっきりです」
なんとか、魔王を大人しくさせたい。その思いで今は不眠不休で見張っているらしい。
「……そうか」
マハトの役に立つために、俺にも何か出来ないだろうか?
アルプは気を取り直して、在庫の一覧を見ながら注文をまとめている。
「確か、さっきこの辺りにあったはず」
俺は、贈られた物資を漁った。
「あった。これだ」
俺は手に、色々な『薬の詰め合わせセット』を持った。
ポーションの原液みたいなものだ。
「これ……使えるよな」
以前、薬を飴にできないかと言われ、ポーション効果の飴を幾つか作成した時、お礼にと貰った物のようだ。
「これを使って、魔王に一矢報いてやろうじゃないか」
魔王を城から出られないようにしてやる。
「毒……は無理だよな」
下剤でお腹を緩くしてトイレから出られなくするか?
それとも、ひたすら眠くしてみるか?
「どちらもすぐバレるし違うか……」
何か、いいアイデアないかな。
薬瓶を触りながら考えていたら、
「ユージン、これ何?」
「綺麗。カラフルなポーション?」
時間的におやつを取りに来たのだろう。ピコラとリコラが薬瓶を覗き込んでいる。
「これは薬。危ないからあまり触るなよ」
中には希釈用の原液もあるから危ない。
「なーんだ薬か。ユージン、今日はげんこつ飴作らないの?」
ピコラは最近げんこつ飴がお気に入りだ。
「私、今日は胡麻と生姜のやつが食べたい」
リコラはたんきり飴を気に入っている。
「後ろの棚に入っているから、3つまでなら食べていいぞ」
沢山食べたがるので、子供用の飴は最初から魔素を少なめにしている。
「ユージン、ガバルとエリソンにも、ついでに持っていくね!」
棚の中にある鞄から、それぞれ気に入った物を取り出し、二人はエリソンの養鶏場に向かった。
「……ふむ」
子供を見送った後、俺はリビングで書類整理をしているアルプの元へ向かった。
「アルプ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いいか?」
俺が話しかけたので、アルプは手を止め顔を上げた。
「どうかしましたか? もしかして、不明な物でもありましたか?」
アルプは書類を置き、席を立とうとした。
「そのままでいいよ。その飴、気に入ってくれたんだな」
アルプの手元には、先日作ったミルク飴の瓶がある。
「はい、今は書類仕事の合間に、これを食べるのが幸せです」
アルプはそう言って、ミルク飴を一粒取り出し頬張った。
「そうか、作った甲斐があったな」
食べる個数を制限したくない、というアルプの要望で、このミルク飴には魔素は全く含んでいない。
「それで、私に何をお尋ねですか?」
ミルク飴をコロコロ鳴らしながら、アルプは俺に話を振った。
「ああ、魔王のことだけど、確か以前、色狂いだって言ってたよな?」
実際、リコラは狙われていたしな。
あんな奴に引き渡されなくて良かった。
「はい、あの男は常にお気に入りの魔族を城に囲い込んでいますよ。それが何か?」
アルプは魔王の話をしながら、蔑んだ目つきをした。
「魔王の相手をする魔族は、望んでその立場にいるのか?」
もしも無理矢理なのだとしたら、俺が今、思いついた内容はやめておこう。
「今、常にそばに侍っている者は、権力欲が強い者達で、自ら望んでいるはずですよ」
——それなら大丈夫か。
あんな魔王に擦り寄って行くくらいなら、碌な奴じゃないだろう。
「魔王は、嫌がる相手をどうこうすることはないんだな?」
念の為、しっかり確認だけはしておこう。
「今のところ魔王がその気になっても、側にいる者は立場を脅かされたくないのか、他者を寄せ付けません。ある意味助かってます」
アレのどこがいいんだか、とアルプは嫌そうに顔を歪めた。
一緒にいるやつも、強欲なんだろう。
——なら、巻き込んでもいいよな?
「なあ、アルプ、ちょっと俺の考えを聞いてくれないか?」
俺は、アルプに思いついた企みの全貌を伝える事にした。
「……って考えたんだけど、どう思う?」
上手く成功するだろうか?
「ふっ、ふふふっ。ユージンは思った以上に策士ですね」
アルプは、機嫌良く笑い、
「しかし面白いアイデアです。マハト様に協力をお願いしましょう。その案に乗ります。ユージンの心配は問題ないです」
——よし、アルプからゴーサインが出た!
俺は張り切ってキッチンに舞い戻ると、薬瓶の中からある薬を手にした。
「まずは、魔法で飴を形状変化して器にするだろ?」
俺は魔法で慎重に飴を膨らませて、中を空洞にしていく。
「薬に魔素を混ぜてさらに濃縮し、『味変』で甘くした薬を、空洞にした飴の中に入れて入り口を塞げば……」
あとは、カリッと噛み砕けば、強力な薬の効果が出るはずだ。
「フッ、強力な『薬玉』の完成だ」
能力『味変』最高じゃないか。
「見た目も、高級感があっていいだろう」
俺は幾つか作って、綺麗な瓶に詰めると、マハトから魔王に献上する時に伝える言葉のメモを、一緒にアルプに渡した。
——数日後
『ユージン! 上手くいったぞ!』
マハトから、作戦成功の連絡が来た。
「マジか、どうなった?」
薬の効果はどの程度だ?
『ヤバいぞ? あいつ、部屋から全く出てこなくなった。この二日間、食事も部屋まで運ばせてる。おかげでやっと眠れた』
凄いな、そんなに効果覿面なのか?
「お前、なんて言って渡したんだ?」
しかし、ちょっと薬が効きすぎだろ。
『ユージンに言われた通り、『色事に強くなる魔法薬』だと言ったぞ? お互い食べたほうがいいかと聞かれたから、肯定しておいた』
——マハト、いい仕事したな。
「けど、なんで二日も持続してるんだ?」
そんなに長時間の効果じゃないはずだ。
『魔王は甘党なんだ。あれ、飴だよな? 多分追加しながらずっと舐めてるぞ』
それは……まあ、そうなるか。
薬が切れた時の反動が凄そうだな。
『ユージンのアイデアはある意味怖いな』
マハトが笑いを堪えながら話している。
「そうか? 元より強い欲求をちょっとだけ刺激しただけだぞ?」
魔王に疑われず部屋から出さないなら、もってこいだろう。
『自ら進んで快楽に溺れさせる。誰も傷つけず目的を果たすとか、どうしたらそんなの考えつくんだよ』
怖いと言いつつ、笑いながら聞いてくる。
「本人が喜ぶことなら、策略だなんて誰も疑わないだろ? それに、魔王は進んで堕落するタイプだと思ったからな」
思った以上にバカだったけどな。
『何も考えず次々食べているしな。アイツ、今なら毒すら口にするぞ?』
しまった、混ぜておけば良かったか?
「でも、そのペースだと直ぐに薬玉が無くなりそうだな」
当分、大人しくしていて欲しいんだが……
『ユージン、『媚薬の原液』を届けさせるから、追加で作ってくれないか? アレがいないと、休めるし仕事が捗る』
マハトは、久しぶりに解放されたのか、珍しくご機嫌だ。
「了解。任せろ。飽きないように、色々な味を準備するよ」
実は俺が作ったのは、媚薬と魔素を濃縮して飴で包んだ薬玉だ。
『色事に強くなる薬』としてマハトに渡して貰ったが、思った以上に効果があったな。
『ユージン、ありがとう。アレが視界にいない事が、今は何より助かるよ』
シュピンネのこともあるから、可能な限り魔王を部屋から出したくないのだろうな。
「俺に出来ることはなんだって協力する。だから、マハトも無理するなよ。ちゃんと飯は食ってるか?」
お前、忙しくて食ってないだろう。
『今日からは、ユージンのおかげで、みんなゆっくり食えそうだよ』
役に立てたなら良かった。
「そうか、なら良かった。じゃ、追加の媚薬を頼むな」
そう言ってマハトとの通信を切った。
せっかくなら、飽きずに食べ続けられるように色々な飴で、媚薬を詰めてやろう。
「原液をさらに濃縮した場合は、どうなるのかな?」
——さて、俺の戦いはこれからだ。
色狂いの魔王にはきっと幸せな事だろう。
いっそそのまま、精魂尽き果ててくれ。




