喋る魔物は、食べられません。
マハトが戻って、それが当たり前の日常となり、すでに半年は過ぎただろうか?
「ユージン、それでは行ってまいります」
今、マハトの部下達は、魔王から無茶振りをされていた魔族を解放してまわっている。
部隊を少数ずつに分けて各地へ飛び、あちこち調整して大忙しだ。
「ああ、料理はそこの鞄に入っているから持っていってくれ」
アルプを通じて、各部隊に食材と交換で、食事を提供するのが俺の役目だ。
一度に同じ物を作る数が増えてきたせいで、最近の俺は工場勤務をしている気分だ。
「おはようございます。アルプ、南の情勢はどうなっていますか?」
コルージャは部屋からリビングに降りてきて、アルプに現状を確認している。
「おはようございます。非力な魔族を逃がしたくても、すでに魔王の影響を受けているため、なかなかうまくいかないようです」
魔王が古城に移り力を増したタイミングで、行動を縛り抑制していたマハトが失踪。
その隙に魔王が調子に乗って、魔族を集めて影響下に置いたため、被害はかなり広がってしまったようだ。
「そうか……今となっては北と東以外、我々に安全な場所はないのだな」
コルージャは、現状を憂いて翼で目元を押さえている。
「コルージャ、思い悩まないでください。魔族のために働くマハト様のためにも、我々にできることをするまでです」
アルプはそう言い切ると、フリーゲンを引き連れて出ていった。
「気をつけて行ってこい。頼んだぞ!」
アルプに声を掛けたら、くるりと振り返り丁寧に一礼をした。
——さすがアルプだな。
「さて、今日もやるか」
アルプとフリーゲンは転移陣に赴き、食材は各部隊が、注文品の受け渡しと引き換えに持ってくる。
「俺は、変わらず料理をするだけだ」
俺にできるのはそれだけだ。
「今回の注文は……」
兵士達とは、既に5回はやり取りしたが、
「回を追うごとに、状態の変化に伴い、求められている料理が違っていくのがリアルにわかるな……」
今回の注文は
『飴の追加をお願いします』
ゆっくり食べている余裕はないようだ。
『最近は、食事より、魔素の飴玉をお願いされてばかりだな』
まずいな……俺、このままじゃ飴職人だ。
「クソっ、こうなったら、いっそ飴の種類を増やすべきか?」
今ある飴は、砂糖と水と少しのレモン汁と果物の濃縮果汁を足したハードキャンディだ。
「なんとかして、食事に繋げたいが……どうするかな」
俺は在庫の飴を見ながら、新しいものはないかと考える。
ちなみに、今ある飴は色ごとに味と魔素の量が違う。
◻︎レモンピール入り【魔素量1】
◻︎オレンジピール入り【魔素量2】
◻︎乾燥いちご入り【魔素量3】
◻︎乾燥ブルーベリー入り【魔素量4】
◻︎フレッシュミント【魔素量5】
計、五種類
——まさに努力の結晶だ。
「これの開発も大変だった。果物の果汁を魔法で濃縮して、何度も配合に失敗。また繰り返すのか……」
失敗の副産物として、果汁シロップが沢山出来た。
「ジュースにしたら子供達は大喜びだったから、まあよしとするか」
忙しいだろうけど、食べる楽しみを少しでも思い出してほしいな。
「今回は、舐めるだけじゃなくて、噛むことを意識するか。ソフトキャンディや、たんきり飴、げんこつ飴もいいな」
いっそ、色々な飴を作ろうか……
「キャンディばかりに意識が向いていたけど、砂糖より、蜂蜜の方が栄養価は高い」
きな粉や生姜、ごまもいい。
「水飴があったら飴の種類も広がるよな……いっそ作るか?」
子供の頃だが、本で見つけて実験してみた記憶がある。
魔法があれば、簡単に作れるはずだ。
「材料は、じゃがいもと、大根、水だ」
俺は棚から必要な材料を取り出していく。
ここには、人間の国の野菜もあるから簡単に作れるぞ。
「確か作り方は、じゃがいもをできるだけ細かくすりおろして、でんぷんを出しやすくするんだが……」
魔法でやればいいよな?
俺はでんぷんだけ取り出すイメージをして魔法を発動した。
「……分かっていたけど、片栗粉だな」
余計な手間だったか? まあ、いいか。
コンロに鍋を置き、でんぷんと水を混ぜて火にかけ、とろみをつけでんぷん糊にした。
「大根の汁に含まれる酵素が、じゃがいもの、でんぷんを糖に変えるんだよな」
魔法を使って大根から汁を抜き、鍋に入れてでんぷん糊としっかり混ぜ合わせた。
「後は50〜60℃を保って1〜2時間置けば、酵素パワーでだんだん甘くなる」
ここが一番大事な工程だ。
「温度が高すぎると、酵素が不機嫌になって働かなくなるよな」
——直火は避けたいか
「大鍋に湯を入れて、状態保存にして保温だな。その中に鍋をつけるか」
不思議なことに、この間に、じゃがいものでんぷんが麦芽糖へと分解されるんだ。
「料理って、ある意味魔法だよなぁ」
待つ間、鍋の様子を見つつ、隣のコンロで砂糖を煮詰め、魔法を使って手早く果汁と混ぜ合わせて、いつもの飴を量産した。
「そろそろいいかな?」
いい具合に時間が過ぎたので、湯につけていた鍋をコンロにかけた。
「後は弱火でゆっくり煮て、水分を飛ばしてとろみがつけば水飴完成だ」
——アルプにミルク飴を作ったら喜ぶか?
そんな事を考えていたら、アルプがちょうど帰ってきた。
「ユージン、戻りました。今回も色々送られてきましたよ」
マハトの部隊からは、変わった食材や薬草、なぜか俺に対する手紙や贈り物まで、次々と送られてくる。
手紙には、
『毎日の食事が楽しみです。生きていてよかった。ありがとう』
『私の村で採れたハーブです。是非、お料理に使ってください』
と、ありがたい言葉が。
「この方は、多分ユージンを女性と勘違いしていますね」
アルプから余計な前置きと共に渡された手紙は、大層立派な箱についていたらしい。
「めちゃくちゃでかい箱だな?」
何が書いてあるんだ? と、手紙を見たら
『料理と貴女に恋をしました。貴女のために、生け捕りの希少な品を捧げます』
と書かれていた。
「反応に困る手紙だな……」
微妙な気持ちになっていたら、アルプが大きな箱の蓋をあけた。
「フォキアですね? 珍しいですが……」
アルプはフォキアという名を呼ぶが、俺の目には、目の前の箱の中身は
……あざらし?
気絶したあざらしにしか見えない。
▪️フォキア(あざらし)
海獣ならではの、濃い赤身と豊かな脂の旨みを持つ珍しい肉材。
味わいは鹿肉や鴨に近い。
野趣がありつつ、ほのかに潮の香り。
◻︎使い方
煮込み・燻製・ロースト・スープに向く
*備考
非常に低姿勢で話しかけてくるため、強い心がなければ食材として扱えない。
……いや、ちょっと待て。
「アルプ、こいつ喋るのか?」
あざらしじゃないのか?
「魔物ですから、魔法も使いますし喋りますよ。とりあえず起こしましょうか」
魔法を使う魔物?!
「魔法を使うなら、危なくないか?」
俺はジリっと後ろに下がった。
「フォキアが使えるのは、回復魔法だけです。人懐っこいので、怪我をした状態で出会うと回復してくれます」
フォキア、いい奴じゃないか……
「魔族はそんな奴を捕まえて食うのか?」
恩を仇で返すみたいな気分だ。
——かなり非道だな
「一部の魔族に人気みたいですね。フォキアは私と同じタイプなので、出来れば私は遠慮したいです」
同じタイプ、獣魔族ってことか……
「安心しろ。俺には無理だ。それを好んで食うなんて、魔族はどんな神経してるんだ」
ちょっとした憤りを感じていたら、アルプがフォキアに目覚めの魔法をかけた。
「はっ! 申し訳ありません。うっかり眠っていたようです。ここはどこですか?」
目覚めた瞬間から、フォキアはぺこぺこ頭を下げながら所在地の確認をしてきた。
——本当に低姿勢だな
「ここは魔族国辺境の海ですよ。あなたは捕まったようですね。ここには、食材として送られてきました」
アルプはあろうことか、フォキアに食材だと知らせている。
「アルプ、さすがにちょっと待て……」
俺が見かねて止めに入ったら、
「……そうですか、自分、捕まってしまったのですね。教えて頂きありがとうございました。出来れば痛みなくお願いします」
と、覚悟をしたような顔をして、ヒレを揃えて頭を下げた。
「いやいやいや、無理!!」
意思の疎通が図れるのに手を下すなんて!
——絶対無理!!
「ごめんなさい。無理でしたか。では、解体はせめて雷魔法で気絶してから……」
いや、頼むから助かる術を考えてくれ!
「これ、乗り越えるやついるのか?」
なんだ? 新手の嫌がらせか?
俺は恐れのあまり、アルプに尋ねた。
「これがフォキアです」
アルプはやれやれと首を振りながら、フォキアの箱を解体している。
「アルプ! 今すぐ海に返すぞ!!」
諦め顔のフォキアに、軽量化の魔法をかけて、俺は担ぎ上げ外に出た。
「ですよね」
アルプは愉快そうにクツクツ笑いながら後をついてきた。
「え? 帰れるのですか? どうして……」
俺に担がれ、フォキアは混乱している。
「喋る魔物は食べません!! おかえりはあちらです」
どしんと砂浜に降ろすと、フォキアは俺を見て目をうるうるしている。
「アルプ! 喋る魔物はうちでは禁止だと、兵士達に通達してくれ!!」
俺は涙目のフォキアを見て、捕まえてきた魔族兵士に怒りを覚えた。
「やっぱりユージンは優しいですね」
ふふふとアルプが笑いながらフォキアに話しかけている。
「俺が優しいわけじゃない。捕まえた奴がどうかしてるんだ」
二度とこんな気持ちになりたくないし、アルプに対して失礼だ!!
「さあ、フォキア、お帰りください。場所は分かりますね?」
アルプに尋ねられ、頷いたフォキアは体を揺らしポテポテと波打ち際まで移動すると
「ユージン様、アルプ様。本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
覚えたばかりの俺達の名前を呼び、深々と頭を下げると海に入り、海中から頭を出すと、ヒレをパタパタ振った。
「気をつけて帰れよ! 悪い奴に捕まるんじゃないぞー! 頑張れよ!」
俺は、沖に向かっていくフォキアに、大きな声でエールを送った。
そして
——フォキア、強く生きてくれ!!
と、願った。




