生きるなら、とにかく食え!
「まて、みんな揃ってからの方が、マハトは楽じゃないのか?」
俺は、話を始めようとしたマハトの言葉を遮ってしまった。
「確かに、あちこちで何度も同じ話をすることにはなるか」
マハトも一旦話を止めようとしたが……
「コルージャと、シュピンネには私から後で説明致します」
アルプはすぐ状況を把握したいようだ。
——まあ、俺も早く聞きたくはある。
「最近、ジェリコには会ってるか?」
マハトは、当然こちらの状況を知らない。
「ジェリコの拠点は、ここの真下に移動したぞ。でも今日は、遠征に出てるな」
今はジェリコも余裕がないから心配だ。
「はあ? 近隣に移動は聞いていたが、ここの真下だと? 嘘だろ……」
マハトは顔面蒼白で頭を抱えている。
静かなプライベートな空間に、今後ジェリコが現れることに落胆しているのだろう。
「残念だけど、本当だ。でも、ある意味あの時は仕方がなかった。余計な諍いに巻き込んでしまったのは俺だ。申し訳ない」
俺は、誠心誠意マハトに頭を下げた。
「ユージン、いいから頭上げろ。あれから何があった? ジェリコが遠征ってなんでだ?」
マハトは、こちらの話も聞きたいようだ。
「お前がいなくなって、バカが暴走してる。今ジェリコはそれを止めている」
マハトの表情はスッと真顔になった。
アルプは鞄から書類を取り出し、マハトに見せている。
「……やっぱりそうなるか」
マハトは、既にこうなる状況を予測していたのだろう。
「俺もすぐ仕事に戻る。とりあえずお前達に先に話すが、後は頼む」
マハトは、すぐ失踪時のことを話し始めた。
「俺は、遠征中に行き倒れたんだ」
——やっぱり倒れていたか。
相当顔色が悪かったもんな……
「リューグナーのバカに命令された視察の最中に、疲労と魔力不足で意識が飛んだ時、誤って傷を負ったんだ」
魔力不足か……なんでまた……
「ログハウス裏に倒れていたのも、もしかして同じ原因か?」
マハトほどの魔人族が魔力枯渇するなんて、余程のことだろう。
「ああ、あの時もそうだったな。今回は目覚めが遅くて、傷が悪化したんだ。倒れたまま動けなくなった」
——出会った時と全く同じだ。
「その時に、通信具を壊したんだ」
マハトは、コトリとテーブルに壊れた通信具を置いた。
「……修理しておきます」
アルプは、歪んでいる通信具をぎゅっと握り、複雑な表情で鞄にしまった。
「マハト様、代わりの新しい通信具です」
努めて無表情にしているように見えるアルプが、新しい通信具をマハトに渡した。
「……流石に、準備がいいな」
アルプはある意味慣れているのだろう。
ピコラが発見しなければ、マハトはあの時も危なかったんだな。
「俺の意識は何度か戻った。進んでは倒れるを繰り返しながら移動を試みたんだ。ただ、倒れた先で人間の大魔導師に捕まってな」
アルプが人間の大魔導師と聞いて、ブルブルっと震えた。
「捕まっていたのか?!」
よく無事に帰って来れたな……
「ああ、しかも大魔導師の所属は、人間の国を守護するかなり強靭な武力集団だ。まともにやり合ったら……俺でも難しいな」
強靭な武力集団?!
——ヤバそうな奴らじゃないか
「人間に、そんなに強い奴らがいるのか?」
この世界、やっぱり物騒すぎる。
「大魔導師含む上層部だけはかなり特殊だろうな。歴代勇者より多分強いと思うぞ」
マジか、凄いな。
「よく無事だったな。逃げ切れたのか?」
逃げるのに時間がかかったのか?
「いや、俺は捕縛後、名目上は捕虜として捉えられたが……傷の介抱をしてもらった」
え? 敵なのに?
「助けられた……のか?」
良かった。悪い人間じゃなかったか。
「その時のことは覚えてないんだが……過労が祟っていたせいで、目覚めた時の精神状態が、支離滅裂だったらしいんだ」
傷のせいで、もしかしたら高熱が出ていたのかもしれないな。
「しかも寝ている間に、うわごとでうっかり魔王への愚痴を色々喋っていたみたいだしな」
マハトは、話しながら微妙な顔をした。
「まあ、アレが上司じゃ言いたくもなるよ」
俺ですら一瞬で嫌悪感を持ったからな……
「そんな中、色々聞かれたらしいが、俺が人間を襲う気はないと理解したら、その後は回復魔法で、ひたすら丁寧に看病されたよ」
マハトは人間贔屓だもんな。
人間に傷つけられなくて良かった。
「でも、どうやら俺は肉体だけじゃなく、心まで完全に病んでたみたいなんだ」
そうだったのか……
「最後に会った時、お前、明らかに疲弊していたもんな」
何度も限界を超えていたんだな……
「俺はぼろぼろのまま、早く行かなきゃ、自分がいなきゃ周りが困ると暴れたらしい」
大人しく話を聞いていたアルプが、耐えきれなくて静かにポロポロと泣き出した。
「取り押さえても、隙あらば逃亡……でも、弱ってるから、逃げた先でまた倒れて、情けなくも何度も捕まったんだ」
グッジョブ! 人間!よく止めてくれた!
「良かったな。お前、もしその状態で戻ったら、確実に過労死していたぞ」
俺は、アルプにタオルを渡しながら、あったかもしれない未来を口にした。
「かろうしってなんだ?」
あ、マハトは知らない言葉か。
「過労死は、働き過ぎ、疲れ過ぎが原因で起こりえる病による死だよ」
労働組合なんてこっちにはないから、その辺はガバガバだよな。
まあ、役員や、自営業者にはどのみち当てはまらないか……
「言われてみればそうかもな。そんなことを何度も繰り返していたら、呆れた魔導師に、ついに忘却魔法を使われたよ」
忘却? 記憶を消すのか?
「魔法って、そんなこともできるんだな?」
俺が、魔法って凄いと感心していたら、
「いや、多分あの魔導師くらいだろう。他では知らない」
だとしたら、その魔導師強すぎないか?
大魔導師と聞いて、アルプが震えた意味が理解できた気がする。
「忘却の後、今の魔王は頭がおかしいから、今は助ける手から逃げるのではなく、魔王から全力で逃げろと言われたな」
人間にすら、頭がおかしいと言われる魔王ってどうなんだよ。
「それで大人しく休んだのか?」
マハトのことだから怪しいもんだ……
「隊士にも同情された。自分を大切にしろ、体力が回復するまでちゃんと休めと、なぜか何度も懇願されて困ったぞ」
そいつら、マハトの扱いが上手いな……
優しい懇願はマハトに刺さるだろ。
「……傷、かなり深かったのか?」
マハトは治りが早かったはずだ。
「それもあるが、ある程度傷が治ったから平気だと言っても、アイツらは俺を中々解放してくれなかったんだ」
ある程度か……今は平気なのか?
「そいつら、なぜ引き止めていたんだ?」
マハトに情でも湧いたか?
まさか、仲間にしたかったとか……
「魔法で自分のことを忘れている間も、俺はずっと焦りがあった。何もわからないのに、一向に落ち着かなくてな」
それは……キツいな。
「だから、記憶を無くしても、無理に動いて傷が開いて、結局繰り返すから止められたんだ」
マハトが暴れたら、普通の兵士に簡単には止められないか……
「今戻ったら同じことを繰り返すって。報告を受けて来た大魔導師に、結局眠らされたんだ」
大魔導師、案外面倒見がいい人か?
怖いだけじゃないんだ……
「何度も眠らされ、繰り返し忘却魔法を使われるうちに、ようやく落ち着いたらしい」
マハトの責任感の強さが、よくわかるな。
「……らしい?」
マハト、それも覚えてないのか?
「その頃のことは少し曖昧なんだ。全て忘れて時間だけが過ぎて……傷が癒えたら、大魔導師が失った記憶を戻してくれた」
ちゃんと記憶は返してくれたんだな……
「いや、記憶奪うとか、やっぱヤバいって」
大魔導師怖すぎるだろ。
「はは、その人は大丈夫だよ。記憶を戻す時に、自分の身に何があったのか、全て教えて貰ったんだ」
マハトは、大魔導師は信用できる相手だと言うけど、
「記憶……改竄されてないか?」
洗脳とか、されてないだろうな?
「うっすらだけど、忘れていた間の記憶とは一致していたから、騙されてないぞ」
大丈夫だとマハトは笑うが、人間は優しい顔で身内すら騙すぞ?
この先、おかしな言動がないか、ちゃんと見るからな。
「帰る前、大魔導師になんで俺の世話したか聞いたんだ。そうしたら『魔族は本来なら敵ではないだろう』と言われたよ」
全く敵わないよな? とマハトは嬉しそうに笑っている。
「大魔導師は魔族の敵ではないんだな?」
だったら安心できるんだが……
「その人は『今のところ人間側に目立った被害もないし、依頼もないから見て見ぬ振りするけど、目に余るようなら潰すよ』ってさ」
マハトは、敵に回したくないよなって、やっぱり嬉しそうに話すんだ。
「マハト、その大魔導師、気に入ったんだろ? なあ、いっそ、そいつに魔王潰して貰ったほうが良くないか?」
手っ取り早いんじゃないか?
「まあな。考えなくもないが……操られたまま攻め込まれた場合、魔族の被害状況もわからんからな」
マハトは、国内情勢に意識が向くなり、仕事の顔になった。
「情けないことになっていたとはいえ、これ以上、魔族達を傷つけたくないんだ」
マハトは、話を終えたらすぐにでも仕事に行くのだろうな。
「マハト、倒れる主な原因は魔素不足か?」
精神的なものは手出しできないが……
「ああ、遠征に行く時、人間の国境を見て回るんだ。魔獣や魔族と人間の抗争を止めていくうちに魔素不足になる」
やっぱりそうなのか……
「毎回、中央に戻るのも手間だから、一度出ていくと、ギリギリまで帰らないからな」
それって、ただの自己責任じゃねぇ?
既に泣き止んでいるアルプを見ると、呆れてやれやれと頭を振っている。
「当然の成り行きだな。それに対する対策はしてないのか?」
そりゃ、アルプも口うるさくなるよな。
「困ったことに、ポーションは常に飲んでるんだが、大気中の魔素が足りないんだ」
マハトは魔力が多いからこそ、ポーションだけだと追いつかないのだろう。
「……だったら、早くお戻りください」
アルプがボソッと呟いた。その声に俺が目を向けると、
「マハト様は、毎回もう少しだけと、先に進んでは倒れているのです」
アルプはムッとしながら俺に言いつけた。
「仕方がないだろう? つい、いけると思うんだ。まあ、結果は惨敗だけどな」
マハトは、ハハハと笑うが……
——笑い事じゃない。
「あなたはいつも!! 無理をしすぎです!」
ついにアルプが泣きながらブチ切れた。
——まあ、心配していたもんな。
「すまん、これからは気をつける。だからアルプ、そんなに怒るな」
マハトが必死にアルプを宥めている。
今回の一件で、流石に反省したようだ。
「魔力不足なら、これからは、俺の料理をちゃんと食えばよくないか?」
生きるためには、食わなきゃダメだぞ?
しかも高魔素料理だ。
俺の声に、二人はピタッと止まった。
「ん? なんなら液体魔素もいるか?」
追加で伝えてみたら……
主従揃って俺を見る目が光った。




