魔王軍最高幹部の帰還
俺が魔族に進化してからさらに数ヶ月。
一見、何もない日々が続いているように見えているが……
「お疲れ。今日もジェリコは遠征なのか?」
ジェリコの部下に、3日分の食事を渡す。
ジェリコは魔王を抑制するために、度々魔王に謁見するようになっていた。
魔王の暴走は著しく、シエルボとセルヴォですら、どうにかしてくれとジェリコに懇願してきたらしい。
「隊長は、魔王が最近、幹部の身内まで人質に取って無理矢理働かせている、と耳に挟んだようで……」
それでジェリコは慌てて向かったのか……
「最低だな。ジェリコは大丈夫か?」
あいつも全く休んでないよな?
「隊長は全く疲れを見せないのですが、さすがにそろそろ限界かと……」
ジェリコの部下も、気にしているようだ。
「あ、そうだ。コレ、ジェリコが戻ったら渡してくれ」
俺は、魔素の小瓶が大量に入った袋を部下に渡した。
「こんなに沢山……ユージン様、助かります。いつもありがとうございます」
部下は深々と頭を下げてきた。
「俺がやれるのはこれくらいだから、気にしないでくれ」
少しでも、みんなが元気になってくれたらそれだけでいい。
「……本当にありがとうございます。では、失礼します」
ジェリコの部下が、礼儀正しく頭を下げて地下拠点に戻る姿を見送り、キッチンに戻ると、アルプがキョロキョロしている。
「アルプ、どうした? 探し物か?」
手伝おうかと声を掛けてみたら、
「ユージン、フリーゲンを見かけませんでしたか? どこにもいなくて……」
アルプは困りながら尋ねてきた。
「昨日の晩御飯以来、俺は見ていないな。散歩じゃないか?」
フリーゲンも、たまには自由に飛び回りたいのだろうな……
「でも、昨夜から見かけなくて……黙って出ていくなんて……」
アルプ的には心配なのだろう。
確かに、何も言わずに行くのは珍しいな。
「フリーゲンなら、昨日の夜遅くに山沿いを飛んでいったぞ?」
キッチンに現れたガバルがフリーゲンの情報をくれた。
「見たのか?」
遅い時間に出ていくなんて、何かあったのかもしれない。
「うん。夜中に外見てたんだけど、すごいスピードで飛んでったよ」
急いで? どこに向かったんだ?
——まさか、魔王の影響じゃないよな?
「もしかして……」
アルプは思い当たることがあるようだけれど、言葉を濁した。
「アルプ、何かあるのか?」
気になって聞いてみたけど、
「いえ、なんでもありません」
アルプは答える気がないようだ。
途中で言葉を閉ざされたら、むしろ気になるじゃないか……
「まあいい。今日はアルプは子供達と森に行くんだよな?」
アルプに話す気がないなら、これ以上の追求はやめておこう。
「はい。そろそろ冬支度に、暖炉の薪木を増やしておきたくて」
追求を逃れたアルプと、今日の予定を話すことにした。
「そうか。もうそんな季節か」
季節の移り変わりは早いよな……
なんだかあっという間だ。
「オイラはみんなと罠を仕掛けるんだ」
ガバルも今日やることを教えてくれた。
今日はコルージャが、子連れで森へ行ってくれるらしい。
「みんな森なんだな? じゃあ、弁当はアルプに渡すよ」
俺は、弁当とおやつが入った鞄をアルプに託すことにした。
「お弁当?! 今日はなんだ?」
ガバルは、キラキラした目を向けてきた。
「今日の弁当の中身は、おにぎりと、卵焼きと、唐揚げ……」
「やったぁ! 唐揚げ弁当!」
ガバルは俺の言葉を遮り、ピコラ直伝のクネクネした舞を踊っている。
「あ、ガバル、まだ……続きが……」
ガバルは俺の言葉を全く聞かずに、ダッシュで外に飛び出して行った。
今日のメインは、力作の手作りウインナーだったのに……と呆然としていたら、
「では、私も行ってきます」
アルプは鞄を持ち、静かに外に出て行った。
「……今日は、天気がいいな。よし、今日の料理は外でやるか」
俺は外に向かうと、鞄からマハトが作ったアウトドアキッチンを久しぶりに取り出し、外のデッキに設置した。
「なんだか、すでに懐かしいな」
——マハトのアウトドアキッチンだ。
自然と俺の口角が上がった。
森に向かうみんなを見送り、地下拠点用の大鍋で汁物を作っていたら、
ザァッと森が揺れ、手元が暗くなった。
「ん? なんだ?」
見上げると、日差しを遮る大きな何かがいるけれど、逆光でシルエットしか見えない。
「ドラゴン?! あ、フリーゲンか?」
一瞬驚いたが、こちらに向かって降りてきているようだから、間違いないだろう。
「フリーゲンを知らなければ、パニックになっているだろうな」
かつての俺のように……
「フリーゲン、おかえり。お前、どこにいたんだよ? アルプが心配していたぞ」
ぐんぐん近づく影に声を掛けたら、
「俺の心配はしなかったのか?」
聞き覚えのある声と共に、目の前にスタッと人が降り立った。
「えっ……?」
その姿を目にした俺は、しばらく固まった。
知ってるも何も……
「おい、ユージン。まさかお前、俺のことを忘れてないだろうな?」
ニヤリと笑う顔から目が離せなかった。
マハト?
マハトだ!
マハトがいる?!
「マハト!! 生きてる!!」
俺は、とりあえず叫んだ。
「勝手に殺すな。アルプは?」
マハトは変わりなく話しかけてくるが、
「お前、なんで! どこに、どうして!」
マハトが急に湧いて出たから、俺は軽いパニックになった。
「待て待て、ユージン落ち着け。みんなにちゃんと説明はするから」
マハトに突っ込まれ、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。
「連絡ができなかったのは、通信具が壊れたからだ。済まない」
それは……連絡しないのも仕方がないか。
——ハッ?! とりあえずアルプ!
俺は慌ててアルプに通信を送った。
「アルプ! マハトが! マハトが来た!」
俺はハイテンションで通信を送ったのに、
「ユージン? 何を言ってるんです?」
アルプからの返答は冷めていた。
「アルプ。帰ったぞ」
俺の代わりに、マハトが伝言を送ると、
「?! ま?! マ、マハ、マハト様!!」
アルプもパニックになっているので、
「とにかく、今すぐ帰ってこい!!」
余計なことは考えずに、速攻で帰るようにアルプに伝えた。
「アルプ、ムカエニイク」
フリーゲンは、一言残して飛んでいった。
「アルプ、フリーゲンが迎えに行く!!」
アルプからの返答が返ってこない。
——きっと泣いているのだろう。
良かった……と思っていたら、
「……なあ、ユージン」
マハトは、俺をじっと見つめながら、思い詰めたような顔をしている。
——もしかして、魔族だと気づいたか?
「なんだ?」
俺はちょっとドキドキしながら返事した。
「あー、なんて言うか、帰って早々言いにくいんだが……」
マハトは俺をチラチラ見ながら、言葉を選んでいる。
——やっぱり気づいたんだな。
「ああ、構わないよ。なんだ?」
マハトは、どう思うかな?
俺は落ち着かない気持ちのまま、マハトに尋ねたんだが……
「……腹減った」
あろうことか、マハトはぐーっと盛大に腹を鳴らした。
「あ……」
マハトは照れくさそうにお腹を押さえた。
「っ、おい?! なんだよそれ」
マハトの腹の虫がおかしくて笑えるやら、元気なのが嬉しくて涙が出そうだ。
「弁当ならすぐ出せるぞ? 食うか?」
溢れた涙を笑ったせいにして、マハトをカウンター席に促した。
「おう。腹が減って死にそうだ」
長期間行方不明で命の心配をしていたから、その言葉はシャレにならんよ。
俺は変わらないマハトにフッと笑い、弁当を渡してやった。
「ヤバ、やっぱりユージンの飯はうまいな」
アウトドアキッチンに付随したカウンターテーブルで、マハトは一心不乱に俺の弁当を食っている。
「おう、これも食うか?」
あまりの食いっぷりに、楽しくなって、弁当以外にも追加でマハト用に溜め込んでいた料理を次々と出していった。
「なあ、ちょっと気になったんだが、やたらと高魔素な食材じゃないか?」
マハトは、シーサーペントの香草焼きに齧り付きながら、クラーケンの天ぷらを見た。
「あ、さすがだな。気づいたか?」
マハトはかなり食道楽なタイプの魔族なんだなと、改めて感じた。
「まあな。俺の回復にもってこいだから、かなり助かる」
——回復?
「マハト、どこか悪くしたのか?」
やっぱり負傷していたのか……
「ああ……実は……」
マハトが話を始めたら、
「ぁぁぁぁぁぁああああー!」
ドシャン!
アルプが空から砂浜に降ってきた。
「っおい! アルプ、大丈夫か?!」
頭から砂に埋まったアルプを、慌てて引っ張り出してやる。
「マ、マ、マ、マハト様ぁぁぁぁ!!」
アルプは体をぶるんと揺らして砂を振り払い、一目散にマハトの元へ突進していった。
「うわぁ!? アルプ、待て、砂だらけだ! 落ち着け! バカ、飯に砂が入るだろ。泣くな! 分かった、わかったから!」
マハトは、アルプの突進による砂攻撃から料理を必死に守りながら宥めている。
「ユージン、オナカスイタ」
小さくなって俺の肩に乗ってきたフリーゲンも、お腹が空いたらしい。
「フリーゲンも夜通し飛んだんだろ? 朝も食べてないもんな。お疲れ様」
フリーゲンを軽く撫でてから、椅子に座らせ、フリーゲンの前に弁当を置いてやる。
「タベテイイ? マツ?」
フリーゲンが俺を見た後、チラッとアルプを見たので、先に食べろと伝えてアルプの元へ向かった。
——マハトを解放してやるか。
「アルプ、お前もマハトと一緒に弁当を食べないか?」
俺はアルプに洗浄魔法をかけ、マハトの席の隣に弁当を置いてやる。
アルプは涙で目の周りの羊毛をべしょべしょにしたまま椅子に座った。
「うぅっ、美味しい。ユージンずるいです。美味しくてマハト様へ文句が言えないです」
食べ始めたアルプはぐだぐだだ。
「そのまま、言わなくていいと思うぞ?」
マハトは苦笑いしながら、フリーゲンを撫でている。
「アルプの気持ちもわかるけど、マハトも大変だったんだろ? あんまり言ってやるな」
俺たちはみんな、マハトに言いたいこと、伝えたいことが沢山ある。
「そうですね……本当に無事で良かった」
久方ぶりに、お腹が満たされたこともあるだろう。アルプは力が抜けたのか、ようやく落ち着いた。
「ああ、本当に済まなかった」
マハトには今のやり取りで、アルプの心はしっかり伝わったのだろう。
「マハト、アルプもフリーゲンもいなくなった後、心配のあまり食欲をなくして、ヨレヨレだったんだぞ」
俺は、マハトが行方不明の間の、二人の疲弊ぶりを伝えた。
——ちゃんとご主人様に伝えないとな?
「ユージン、それは秘密です!!」
アルプは、プンスカ怒り出したけど、デザートにプリンを出したら許された。
アルプは単純なやつだ。
「通信具が壊れてアルプに連絡ができなかったのは、言い訳でしかないな。ごめん」
マハトは申し訳ないと頭を下げてきた。
「一体、何があったんだ? 今は、身体は大丈夫なのか?」
「どちらに滞在されていたのですか?」
俺とアルプは、ほぼ同時にマハトに対して質問をした。
「そうだな、どこから話せばいいかな……」
ゆっくり話を聞くために、俺はキッチン内にあるスツールに軽く腰を下ろした。




