避難は最短距離で!
ログハウスから馬車移動を開始し、道中、野宿をしながら既に2日が過ぎた。
今は、荷台の中では子供達が眠っている。
「アルプ、別荘までどのくらいかかるんだ?」
俺は馬を操るアルプの隣に座り、のんびり話をしながら景色を流し見ていた。
「マハト様の別荘は、地図で見ると今までの拠点の真逆の位置なります」
アルプはそう言って、鞄から地図を取り出し俺に渡してきた。
「さっきまでいたログハウスがここで、マハト様の別荘はこちらですね」
アルプが地図を指差しながら教えてくれた。
「魔王城がここで、魔王の移動先の古城がこっちです。拘束する影響力の範囲から見ると、かなり回り道をしなければなりません」
地図を確認した感じ、魔族の国を横断することになるようだ。
「最短距離で向かうと、魔王の影響を受けてしまうのか……」
——かなりキツいな。
たった2日馬車に揺られただけで、俺の尻と腰が不穏だ。
「影響しない場所を通るとなると、本来なら移動に1月以上かかります」
まじか……回復魔法でやり切るしかないか。
アルプの言葉に、甘ったれた俺の肉体が悲鳴をあげた気がした。
「……フリーゲンは大丈夫なのか?」
フリーゲンは荷物を運んでいるはず。
長距離移動中、魔王の力の影響はないのだろうか?
「フリーゲンは、かなりの高度を高速で移動するので大丈夫ですよ」
アルプは全く心配ないと言うが……
「鳥達はそれで、呼吸できるのか?」
高度が高く速いなんて……
箱詰めされた、エリソンの鳥達が心配だ。
「箱には『空間を安定させる魔法』をかけてあるので大丈夫ですよ」
なんだ、そんな便利な魔法があるのか。
「なら、人間もそれで運べないか?」
可能だったなら、俺の尻が助かるんだが。
「人間を箱に乗せるには、急ぐとフリーゲンの腕力的に無理が出ます。背中にそのまま乗ると、今度は本来のスピードが出せません」
アルプは会話しながら、巧みに手綱を操り馬車を走らせる。
「そうなのか、なら難しいか……」
どうやら俺の尻は救われない運命らしい。
「ちなみに私が乗る時は、魔法で鞍に体を固定しますが、フリーゲンのイタズラに、何度か呼吸が出来ず気を失いました」
気を失うって相当だな……
「イタズラって、フリーゲンが急旋回でもしたのか?」
空中で気を失うのはヤバいだろう。
「それもありますが、フリーゲンの本気の飛翔は、マハト様すら吹き飛びます」
アルプは思い出しているのか、遥か遠くを眺めている。
「それは……無理だな」
マハトですら無理なスピードなら、魔族も人も、誰もが耐えられないだろう。
「フリーゲンが本気を出したなら、一晩で魔族の国を横断できますよ」
一晩って……どんだけ速いんだ。
「もしかして、フリーゲンが魔族で最強なんじゃないか?」
さすが空の覇者だな。
マハトに懐いていなかったら、大変なことになっていたのかもしれない……
「間違いではないですよ。フリーゲンは強いですからね。取り急ぎ今から向かうのは、マハト様の拠点のひとつです」
アルプはフリーゲンの自慢をするように胸を張ると、別荘とは違う場所を地図上で示した。
「マハト様は仕事柄、国の至る所に拠点を設けています。ご自宅もありますが、こちらにはほとんど帰宅しません」
マハトの自宅は、本来の魔王城のすぐそばにあるようだ。
「この地は魔王の影響が少ないので、この拠点から、転移陣で目的地に向かいます」
目的の別荘近くの拠点までは、転移陣で行くらしい。
「転移陣か……なんだかワクワクするな」
俺は痛む腰と尻を気にしながらも、不思議な世界にワクワクした。
「ではユージン、目的地まではゆっくりお休みください」
アルプは不意に杖を取り出し、こちらを見るなりふいっと手を振った。
…………
「ユージン、もう着きますよ」
不意にアルプに声を掛けられて、フッと意識が浮上した。
「ん、あれ? 俺寝てた?」
目の前には、隣に馬小屋のついた小さな小屋が見えている。
「なんだか辛そうだったので、失礼ながら勝手に眠りの魔法をかけさせて頂きました」
アルプは馬車を止め、手早く馬から荷台を外している。
「そうか……済まなかった。ありがとう」
アルプが気を回してくれたおかげで、苦痛の時間を感じずに済んだ。
——気を使わせて申し訳なかったな。
「いえ、お気になさらず。馬を休ませてきますので、荷台の子供達を起こして、中に入っていてください」
小屋の鍵を開けるアルプに言われるまま、子供達を起こし一緒に部屋の中に向かう。
拠点は簡素な小屋で、中に入ると、水回り、寝室、それとは別にもう一部屋あった。
「ここは……転移部屋だね!」
ピコラは扉を開けるなり、はしゃぎながら見回っている。
「あ、転移陣で移動するんだ! 凄いなぁ。ねえ、エリソンは転移陣使ったことある?」
話しかけられたエリソンは、ピコラを見上げながら頷いた。
「逃げる前に、数回。転移後にぐるぐるするから、僕はちょっとだけ苦手です」
エリソンは、きゅっと顔を顰めた。
——ぐるぐる?
まさか、転移陣は酔うのだろうか。
「じゃあみなさん、すぐに向かいますよ」
アルプは戻って来るなり、慌ただしく入口の鍵を閉めた。
鍵束を見る感じ、拠点の管理はアルプの仕事で、普段から見回りしているのだろう。
「少し休憩したいところですが、この辺りはいつ魔王の影響が出てもおかしくないので、早く移動しましょう」
アルプは鍵束を手にしたまま、慌ただしく転移部屋の中に向かった。
「影響って……みんな、なんともないか?」
少し心配になり、ピコラに尋ねてみたら
「んー、平気だけど……言われてみたらなんだかユージン見るとモヤモヤする」
ピコラは眉間に皺を寄せて俺を見ている。
「意識すると、確かにちょっとだけ苛立ちがあるかもしれないわ」
リコラは不安そうにしながら、ピコラの腕に捕まっている。
「ピコラとリコラは、魔力量が我々より少ない分、影響が出やすいのでしょう。とにかく急ぎましょう」
アルプとエリソン、獣魔族の魔力量は、普通の獣人よりも高いようだ。
転移陣の部屋に入ると、アルプは床に刻まれた魔法陣を無視して通り越し、壁に付いている扉を開いた。
「ん?外に出てしまうのか?」
窓から見える景色は屋外だ。
勝手口から出ていくのだろうか?
「この扉は転移扉で、マハト様と私しか開けることができない特別仕様なのです」
足元の転移陣とは違うらしい……
「アルプ、こっちの転移陣は違うの?」
転移陣に乗る気満々だったピコラが、少し不満そうにアルプに尋ねた。
「この扉は、経由なしで直接別の土地に向かうための物です。足元の転移陣は、魔王城と、この地にある他の陣に繋がってます」
話をしながらアルプが開けた扉の先は、今いる小部屋によく似た部屋だった。
「……ここがマハトの別荘か?」
なんだか呆気ないし、殺風景だ。
まあ、避難所だと思えばこんな物か?
「いえ、ここも拠点ではありますが、マハト様の別荘へ行くにはもう少し移動します」
別荘へ直接飛んだわけではないらしい。
外に出ると、目の前には拳大の石がゴロゴロしている砂利道が見えた。
「また馬車か……」
直接行ければいいのに……
俺の尻が、モキュッと引き締まったような気がした。
「ユージン、なぜ直接繋がないのかと考えていますよね?」
外に出て、馬に荷台を繋ぎながらアルプが声を掛けてきた。
「まあ、そうだな」
転移出来るはずなのに、わざわざなんでだ?とは思う。
「今から向かう先は、裏山を越えてすぐが人間の国だからです。プライベートな空間なので軍事利用に使いたくないらしくて」
マハトは、プライベートはキッチリ分ける性格なんだな……
「マハト様は人間が好きなのです。別荘に行く時は度々隣国にも顔を出されるほどに」
だから俺にも良くしてくれているのか。
「仕事から離れるためには、プライベートの別荘は繋ぎたくはなかったんだな」
確かに、有事の際にプライベートスペースを利用されたくはないか。
「仲の良い人が傷つくなんてことは、許しませんから……マハト様はお優しい方なのです」
アルプはうんうんと頷くと、ぴょんと御者台に飛び乗った。
マハトのことを、アルプは心底信頼しているんだなと思いながら、俺も隣に座った。
「みなさん。まだ距離はありますが、森を抜け海に出たら、今夜は海での野宿になりますよ」
アルプは馬車を進めながら、荷台に乗っている子供達に声を掛けた。
「海?! リコラ、海だって!」
「聞こえてるわピコラ。海、初めてだね」
「ボクも、本でしか見たことないや」
子供達は、海を初めて見るらしい。
海で野宿か……
「アルプ、海で釣りはできるか?」
海の魚は何がいるんだろう?
「釣りですか?向かう先は砂浜なので、マハト様の釣り用の小舟を出せばできますよ」
マハトは船まで持っているのか……あいつ、釣り好きなんだな。
「釣り?! ヤッタァ!!」
振り返って荷台の中を見たら、ピコラとリコラは嬉しさのあまり、エリソンを囲みクネクネしながら踊っている。
——魔王の影響は消えたか。
子供達が楽しそうで何よりだ。
「マハトは、小舟も持ってるんだな」
俺の言葉に、アルプは鞄を確認した。
「確か鞄の中に入っていたはず……ああ、ありました。竿もいくつかありますから、みなさんで釣りができますよ」
アルプはニコリと笑い、鼻歌を歌いながら馬を進めていく。
——みんなご機嫌だな。
「なんだか楽しみだな」
小舟に乗って海釣りなんて、俺もいつ以来だろうか?
こんな時に不謹慎だけど、俺も楽しみになってきた。




