逃げてくれと言われても……
キッチンで後片付けをしていたら、マハトから通信具に連絡が来た。
『ユージン、アルプに細かい指示を出したから、今から荷物をまとめて逃げてくれ』
内容を聞く限り、随分と急な話だ。
俺は通信具に質問を記録して送った。
「どういう事だ?何かあったのか?」
逃げなきゃならないようなことをした記憶はないのだが……
『ピッコラの料理を持ち帰った客がいたんだ。その料理が知り合いを経由して、魔王の近くで働く魔族に渡ってしまったんだ』
それは……ちょっとまずいか。
俺は魔王達にはシンプルな虫料理しか出してない。
『セルヴォの奴がめざとく見つけて、シエルボに料理を取り上げるように命令したんだ。その後、料理は魔王の元へ渡った』
ちゃんとした料理があることが、魔王にもバレちゃったようだ。
「バレたとしても、わざわざ逃げなくてもよくないか?」
面倒なことにはなるだろうが、誤魔化せるだろうと俺は考えていたが、
『料理の違いに、魔王はかなりブチ切れてたぞ?「我々に出したものと、全く違う!馬鹿にしてるのか?!」と叫んでたらしい』
マハトはうんざりしたような、面倒だと言いたそうな声をしている。
「あー、そんな時だけ魔王は俺の気持ちを理解してくれちゃうんだな」
もっと、気づかなきゃならないことは沢山あるはずだと思うがな。
『「可愛さ余って憎さ100倍だ!」って……魔王に言いつけていたセルヴォが言っていたらしいぞ?ユージン、何したんだ?』
マハトは聞き返してきた。
セルヴォの言葉が不可解だったのだろう。
「それは……俺からは聞かないでくれ」
俺の口からは、とてもじゃないが言いたくはない。
そもそも、あいつらは料理がある事は知っていたはずだ。
『そうか、ならアルプにでも聞くよ。でだ、魔王が「この私を騙すとは憎たらしい!あんな店、全て潰してやる!」ってさ』
ちょっと待て、そんなの魔王のわがままで、ただの癇癪じゃないか!
「まさか、それで逃げろと?」
魔王、器が小さすぎるだろ……
——正直、勘弁してほしい。
『セルヴォとシエルボは、店を襲うことはどうにも気乗りしなかったみたいだな。だから俺に内情を伝えてきた』
あわよくばまた店に来たいのだろう。
「魔王は弱いようだし、あの2人がやる気ないなら、言いくるめられないのか?」
腹心の2人なんだよな?
『魔王はただ暴れたい魔族達から、恥をかかされたんだと唆されて、やる気になってる』
別陣営から言いくるめられたのか……
シエルボとセルヴォは使えないか。
『俺が動くとさらに被害が拡大する。こちらで2、3日は別の仕事を振って食い止めてみるが、そんなに長くは止められないだろう』
魔王はマハトのことは恐れている。
マハトが大切にしているならなおさら、自分の手は汚さず潰したがるだろう。
「マハトが動くと、時期が早まるんだな?」
マハトが知らないはずだから、魔王は余裕がある。だから今は時間があるのか。
『ああ、一刻も早く今は遠くに逃げてくれ』
マハトはそう言って通信を終わらせた。
「さて、どうしたもんだかな……」
ぐるりと周りを見渡すと、既に見慣れたキッチンやログハウスが目に止まる。
「気に入っていたんだけどな……」
マハトが作ってくれた銀杏の木のカウンターを撫でながら迷っていたら、ログハウスからアルプが走ってきた。
「アルプ、俺はどうすればいい?」
マハトから、アルプに指示を出したと言われている。
店は残念だが、子供達の安全が第一だな。
「ちょっと距離はありますが、遠方にマハト様の別荘がありますから、全てカバンに入れて持って行きます」
アルプは話しながら、既に荷物をカバンに入れている。
——せっかく作ったキッチンなのにな。
ちょっとしんみりしていたら
「ユージン、キッチンを持って行くので、そこを退いてください」
アルプにグイグイと押されて、キッチンから離れさせられた。
「持って行く?!え、どうやって?」
キッチンは建築物だよな?
意味がわからず、俺は口をポカンと開けたままアルプを見ていた。
「どうって、普通に空間収納に分割して入れて行きますよ?」
アルプは当たり前のように屋根をカバンに入れ、その後キッチンもカバンに入れていた。
「……は?」
全くどうなってるのかわからないが、とりあえず俺のキッチンは守られたようだ。
サクサクとカバンに詰めているアルプをぼんやり見ていたら、あっという間にアウトドアキッチン周りは空っぽになった。
「ユージン、自分の部屋の荷物は自分でしまってください!」
ぼーっと突っ立っていたら、アルプから強めの指示が飛んできたので、慌ててログハウスの自室に向かう。
部屋の中の机の上に、メモ書きがついたカバンが置いてある。
『室内の荷物は家具も全て、このカバンに詰めてください』
アルプは流石だ。準備がいい。
俺は準備されたカバンに片っ端から荷物を詰めていく。
「このカバン、本当になんでも入るんだな」
黙々とカバンに詰めて、部屋が空になったのでそのままリビングに向かうと、
「アルプ、移動するとは一体何があった?」
紡糸スパイダーの族長のフィアールが、アルプに尋ねていた。
「魔族が襲撃に来ます。なのでマハト様の別荘に『ピッコラ』共々移動します。付いてくる人は、今すぐ荷物をまとめてください」
フィアール同様、コルージャと共に尋ねに来たピコラとエリソンが、青い顔をしたままお互いを見ている。
「裏の畑、どうしよう……」
そうだ、ピコラの畑はどうするんだ?
「……たまご屋さん」
エリソンは今にも泣きそうだ。
確かカバンには生き物が入らないはずだ。
「それぞれ、置いてある収納箱に納めなさい。鳥達はフリーゲンが運びます。部屋は私がやっておくので、急いで箱に詰めて!」
リビングの荷物をカバンに入れながら、アルプは子供達を急がせた。
ピコラとエリソンは通信具でリコラとガバルに連絡をしながら、慌てて外に走って行った。
「アルプ、私は一旦残っておきますよ」
コルージャは落ち着いた声でアルプに伝えた。
「そんな、ここにいては危険ですから、村に帰るか共に来てください!」
アルプは手を止めて、コルージャに向き合い、逃げるように伝えている。
「だからこそです。誰かがいた方がこのログハウスが守れるはずです。人間の国に行ったとでも言っておきますよ」
コルージャはそう言って、パチンとウインクをして見せた。
「危なくなったら、絶対にすぐ逃げてくださいね」
コルージャは叡智の梟だ。
何か考えがあるのだろう。
「それなら、ワシも残るかな」
じっと話を聞いていたフィアールも、コルージャと共に残ると言う。
「ちょっとぉ、カッコつけないでよ。なら私も残るわよ」
シルク蝶のソワ様も残るのか……
「なんだか寂しいですね……」
みんなでワイワイと過ごしていたから、寂しくなってしまう。
「ほっほっほ、何、魔族を言いくるめたら、すぐにそっちに向かうから大丈夫ですよ」
コルージャは笑い、フィアールとソワはうなづいていた。
「そうよ、だから私達の部屋もちゃんと空けておいてね」
ソワはにっこり笑いながら、自分の部下を呼び寄せ
「あなた達は一度村に戻りなさい。また後日連絡するわ」
と、若い部下には帰宅を命じた。
「ユージン、これを持って行ってくれ」
フィアールは俺に糸で作られたコップを渡してきた。
「これ、もしかして糸電話か?」
部屋やキッチンなどに置いてあった物と一緒だ。
「糸電話が何かは知らんが、襲撃が来たら繋ごう。そうすればこちらの状況もわかろう。何かあったら助けを呼んでくれ」
ある意味生命線だ。とフィアールはニヤリと笑った。
「3人とも心配だ。頼むから助けを呼ぶような危険なことにはしないでくれよ」
ジェリコには話を通しておかなきゃな。
「何、大丈夫だ。それにその糸さえあれば、ワシはユージンの向かう場所の把握も出来る。ちゃんと持っててくれよ」
糸を使ったGPSってことか……
「分かった。ちゃんと持って行くよ」
俺が話をしている間、アルプは戻って来たリコラとガバルを引き連れて、子供部屋を回っているのが見えた。
コルージャ達も話が終わると、各々やることがあるため、自分の部屋に戻って行った。
「ジェリコに連絡するか……」
俺が外に出て通信具を繋ごうとした時、
ダッパーン!!
勢いよく、ジェリコが湖から射出して来た。
「ちょっとぉ!もう、一体、何がどうなってるのよぉ〜」
ジェリコは俺を見るなり突進してガッと掴んできた。
「おい!ジェリコ!!その勢いは……俺が……死ぬ!落ち着け!!」
両手で掴まれガクガクと揺らされるから、俺の頭が今にももげそうだ。
「はっ!!いやだ、ユーちゃん。弱すぎるわよぉ……ごめんなさい」
弱いのは認めるが、ちょっと酷いと思うぞ。
「ジェリコ、マハトから聞いたのか?」
なら話が早いな。
「聞いたわよ。本当にあの糞魔王、どうしてやろうか……」
ジェリコ、雄が出てるぞ?
「とりあえず、コルージャとフィアールとソワが、ログハウスを守るために残るらしいから、もしもの時は……助けてくれ」
俺がジェリコに頭を下げたら
「何よぉ、水臭いわねぇ。アタシを誰だと思ってるの?ユーちゃんが頭を下げなくても、助けるに決まってるでしょう?」
そう言って、ジェリコは俺に軽くデコピンをして来たつもりのようだが、
ゴッっと、俺のデコに鉄球がぶつかったような衝撃がきた。
「ゔぐっ、ジェリコ……俺には触るな……」
ジェリコはデコピンでも簡単に人を殺せるだろう。
俺のデコはあっという間に腫れ上がって赤くなった。
「いやん♡ユーちゃん。そんなつれないこと言わないでぇ」
それを見たジェリコは、誤魔化すためにクネクネしている。
「……そんなことよりも、頼んだぞ」
ジェリコは頼もしいが、とにかく今は早く移動しなければならない。
「任せて♡ちゃんと見ておくわ」
ジェリコは返事をした後、子供達が出てきたログハウスを見ながら
「ガバル!ちょっと来て!!」
と、ガバルを呼びつけた。
「ジェリコ!オイラたち今から逃げなきゃならないんだ」
ガバルはジェリコに報告しながら走り寄って来た。
「知ってるわよ。それより……」
ジェリコはガバルを掴んで、小声で何か話をしている。
「えー?!……うん、わかった」
ガバルはジェリコの話を聞いた後、がっくりと項垂れながら頷いている。
「ユーちゃん、ちょっとガバル借りて行くわね。必ずマハトの別荘には行かせるわ。危ない事はしないから安心してね♡」
ジェリコはそう言って、しょげているガバルを抱えたまま湖に潜って行った。
「……ガバル、大丈夫なのか?」
足元に近寄って来たアルプに尋ねたら、
「ガバルなら大丈夫です。さあ、急いで向かいましょう」
アルプの言葉を信じて振り返ると、いつの間にか荷馬車が準備されていた。
「ユージン!早く乗って!!」
ピコラに呼ばれ、荷馬車に乗ると、アルプの号令で荷物を持ったフリーゲンが勢いよく空に飛び立った。
荷台からログハウスを見ると、フィアールとソワ、コルージャが手を振っていた。
「待ってるからな!必ず無事でいろよ!」
俺は感情が溢れ、思わず大声で叫んだ。




