腹黒で結構
「マハト、ちょっと部屋で話をしないか?」
俺は、マハトに魔族のことを色々と尋ねたくて部屋に誘ってみた。
「ん、ああ、構わないよ」
マハトがカウンターから立ち上がると、
「あらぁ、二人とも、もう行っちゃうのぉ?
アタシを一人にするつもりぃ?」
ジェリコは、不満なのか口を尖らせる。
もしかしたら、頬も膨らませているのかもしれないが、肉のせいでわからない。
「ジェリコ、そういえばお前、負傷者数の報告がまだ上がってきてないようだが、今から報告するか?」
マハトが仕事の話を振ると、ジェリコは珍しく慌てて
「あ、あらぁ、嫌だわ! いけないそろそろ、交代の時間なのを忘れてたわぁ。残念だけど、また今度ゆっくりお茶でもしましょうね♡」
早口で言い訳をすると、スルッと湖に逃げていった。
「マハト……お前、マジ凄いな」
一瞬でジェリコを撃退したぞ?
「ジェリコは数字と書類が、何よりも嫌いだ。慣れれば避けるのは簡単だぞ」
マハトは苦笑いをしながら、ログハウスの部屋に向かった。
「お前の部屋もあるけど、どっちにする?」
確か、アルプはマハトの部屋もしっかり準備していたはず。
「どちらでもいいが、せっかくだし俺の部屋を見てみるかな」
マハトと俺の部屋は、ログハウスで一番大きな部屋だ。
俺の部屋は、小さい部屋のままでいいと言ったのに、マハトの部屋と同じでしっかり大きな部屋に作り変えられていた。
「ここが俺の部屋で、お前の部屋は隣だ」
部屋に案内すると、中から恭しくアルプが出てきた。
「マハト様お帰りなさいませ。お出迎えに出向けなくて申し訳ありませんでした」
アルプは、深々と頭を下げている。
「マハト、オカエリ」
小さくなっているフリーゲンが、マハトの肩に止まった。
「アルプ、頭を上げろ。気にするな。相手がシュピンネとセルヴォなら、出ない方がいい」
マハトは、フリーゲンを撫でながら、アルプを責めずに許した。
アルプの立場を主人として、しっかりと理解しているのだろう。
「ユージンとお話ですか? お茶をお入れしますが、私とフリーゲンは外に出ましょうか?」
執事対応を久しぶりに見たが、主人への配慮を見る限り、アルプは優秀な執事だと思う。
「そうだな、ユージンには俺からも色々と尋ねたい。呼ぶまで人払いをしてくれ」
マハトは、準備されていた立派なソファに深く沈み、難しい顔をしながら腕を組んだ。
「畏まりました。ユージン、焼き菓子とお茶の追加がこちらに入っていますので、よろしくお願いします」
アルプは、手早くお茶を入れ、お代わりの入っている袋をそっと置き、フリーゲンと共に部屋を出ていった。
「マハト、難しい顔だがどうかしたか?」
アルプが出ていったので尋ねると
「まあ、待て」
マハトは、小さな箱を取り出した。
「なんだそれ?」
ただの箱にしか見えない……
「これは、防音結界だ。魔力を流すと、半径3mで発動するんだ」
そう言って、結界を発動した。
「聞かれたらまずい話か?」
俺が誘ったはずだが、マハトにも話があるのだろうか?
「まあ、そうだな。ユージンが聞きたいのはアルプに聞けない魔族の話だろ? 実際、魔族の現状は今、かなり混乱しているんだ」
眉間に皺を寄せたまま、マハトはゆっくりと話し始めた。
「まて、それは俺が聞いてもいい話か?」
俺は、仮にも人間だぞ?
「構わない。むしろ聞いてくれ。俺としては転移者としてのユージンの意見も聞きたい」
確かに、無関係だからこそ、見える話もあるかもしれないな。
「分かった。なら聞かせてもらうよ」
俺は、何となく落ち着かなくて、アルプの入れてくれたお茶を一口飲んだ。
——ちゃんと魔族に向き合おう。
この先もここで生きていくなら、話を聞こうと、俺は覚悟を決めてマハトを見た。
「魔王の力の範囲にいる魔族は、見えない力に拘束されて平静を保てなくなった。思うまま行動できず、ストレスを感じてる」
それは、かなりイライラしそうだな。
「そのため、ちょっとしたことで揉め事が起こる。個人の揉め事ですら、飛び火して周囲を巻き込み諍いになるんだ」
マハトは頭を抱えるようにしながら、下を向いている。
「ああ、みんなとにかくイライラして、ただ誰かに感情をぶつけたくて、常に他人の非難・批判をしてる」
なんだか集団ヒステリーみたいだ……
「みんな、心に余裕がないんだな」
ストレスフルな環境だし、仕方がないかもしれないが、辛いよな。
「余裕は全くないな。我欲を通したいのか、立場を強化したいのか……最近じゃ周りを攻撃したり相手を下げる言動ばかりだ」
なんだかマハトから聞く魔族の行動は、俺には身に覚えがありすぎる。
——耳が痛いな。
「本来、魔族は力は強いが争いを好まない種族だったんだ……みっともないよな」
フッとマハトは寂しそうに笑った。
「でもさ、魔王就任の在り方がそもそも間違っていたんだろ? 統治者がバカだと、いつだって民が被害を被るんだよ」
この話は、魔族に限った話じゃないだろう。
「本当にその通りだ。なんとかしたいけれど、古くからの制約があるために、魔族は魔王に逆らう事さえ難しい」
逆らえない拘束か……
「魔族のことを詳しく知らないけど、拘束やら制約やら、思うままに生きられないなら、ストレスもかかるよ」
さっきから、俺は共感しっぱなしだ。
「魔王に逆らえないって、縛りはどの程度なんだ?」
何かいい抜け道はないのだろうか?
「魔族は、魔王には直接攻撃ができない」
シンプルだな……その分厄介か?
「食事に毒を盛ったり、人間の刺客は送れないのか?」
魔族がダメなら、人間にやらせれば?
「毒は毒味があるからバレる。人間は、魔王に侍る洗脳された魔族にやられるな」
ああ、魔王以外は強いのか……
「俺は、平気だったよな」
なんなら、側近二人には好かれていたぞ?
「最初は魔王から離れていたんだよな? 一緒の時は魔王が受け入れていたからだろう」
魔王の精神状態に左右されるのか?
「……俺が転移者だからじゃないのか?」
別世界の魂だ。人として、認識されないのかもしれない。
「もしかしたら、それもあるかもしれんな」
マハトは、ふむと言って顎に手を添え考え込んでいる。
「魔王に影響されないなら、俺なら、何かやれそうだよな?」
喧嘩は無理だから、何か考えないとな。
「まてユージン。おまえ、やっぱり実は転移勇者だったとかじゃないよな?」
マハトは俺の言葉にギョッとした。
「それはない。俺には正義感も力もないし、能力なんて食材鑑定だぞ?」
魔力量とかを調べたのはマハトだろうが。
「なぁ、まだみんなに転移者だと話しちゃダメなのか?」
隠すのは、ちょっと面倒くさいんだ。
「まだやめておけ。世の中がもう少し安定するまで待ったほうがいい」
まあ、やっぱりそうなるか……
「でも、ピコラは平気だったぞ?」
何も知らず、ペラペラとピコラに話してしまったのは不味かったか……
「ピコラはそうだろうな。ただ、アイツも俺も、ユージンには命を救われているからな」
マハトを救ったのはピコラだ。まあ、マハトから見たら俺もそうなるのか。
「俺達を信じてくれるのはありがたいが、今は余計な摩擦を生まなくていい」
マハトは困ったような、情けない笑顔になっている。
「分かった。今は言わない。でも、魔王の件は、どうにかしないとマハトがヤバいだろ」
——今にも倒れそうな顔色だ。
「……やれるだけやるよ」
大丈夫だとも、休むとも言えないのか。
——困ったやつだな。
「そうじゃない。無理をすることで、必要な時にやれなくなったら困るだろ。もっと自分を大切にしろ」
その無理は、かえって迷惑だ。
「はは、もしかしてユージンは俺の心配してくれるのか?ありがたいな」
そんなことで……当たり前だろ。
「一人で、全てを守るのは無理だ」
真っ先にマハトが崩れる未来しかない。
「まあな。でも、俺しか対抗できないから仕方がないんだ」
そもそも、それが問題なんだよ……
「ジェリコはだめなのか?」
強さで言ったら、並べるんだろ?
「万が一、強権発動されて彼女が意識を飛ばしたら、ジェリコを止めるのは俺でも正直難しいんだ」
だから、僻地で守りをしてるのか……
「それと、万が一俺が倒れたら、彼女くらいしか魔王に抵抗できないだろうから、温存も兼ねてるんだ」
そうか……ジェリコはピンチヒッターの役回りもあるのか。
「なら、無能な上司に邪魔されないために、理解者の振りをしつつ、発言を聞いたフリして別の行動するしかないな」
マハトは『何言ってんだコイツ?』とでも言い出しそうだ。
「無能の命令を聞くのは、時間の無駄だ。表向き聞いたフリで、凄いと感心してみせる。それが一番早く話が終わるだろ」
マハトは嫌そうに俺から目を逸らした。
人の話を聞いて目を逸らすのは、やめてくれないか?
「無能ほど話せば満足する。それに言動をすぐ忘れるから、言われたことをやってるように見せる裏で、自分の考えで仕事するんだ」
俺も、以前はよくやっていた。
「仕上げに『先日の内容を加味して、この結果になりました』とでも言っておけば、いい仕事をさせたと勘違いする」
言われた通りにやって、失敗した場合も俺の責任にされるから、自分の失敗の方がマシだったんだよな。
「それだと、無能の評価が上がるよな?」
何も言わなければ、そうなるだろうな。
「もちろん、さらに上の人を味方につけておくさ。裏から、進捗情報の真実を流すよ」
無能に搾取されたくないからな。
「……腹黒だな?」
マハトの顔が引き攣っているけど、俺は全く気にしない。
「腹黒で結構。馬鹿にかまって仕事が進まないストレスよりはずっと良かったよ」
仕事の邪魔をされずに済むならと、なんだってやったさ。
マハトは、俺の気持ちを理解はできるようで、ゆるく頷いた。
「ユージンが味方で良かった……」
マハト、しみじみしながら言うが……それほどのことではないと思うぞ?
「だろ?だから、無理するなよ」
会話の最中だけど、マハトの通信具が光りはじめた。
「どうした?ああ、そうか。分かった。すぐに行くから、あまり目立たないように」
通信をするマハトの顔が険しくなっている。トラブルが発生したようだ。
「ユージン、すまん、行ってくる」
マハトは立ち上がるなり、俺に謝ると扉を開いた。
「絶対無理はするなよ」
——俺にはそれしか言えない。
「ああ、頑張るよ」
マハトは、廊下で待機していたアルプを掴むと外に向かった。
「……だから頑張っちゃダメなんだって」
マハトの真面目さは、ちょっと心配だ。
俺も、とりあえずマハトが仕事に向かうのを見送るために外に向かった。




